約束の大空

佳川鈴奈

10.再会の悲しみ- 花桜 -


芹沢さんたちが暴れたあの日、
土方さんたちは隊士を慌てて屯所を駆け出して行った。


壬生浪士組の面汚し。


近藤さんたちは会津藩邸に呼び出されたり、
局中法度っと呼ばれる組の決め事などを決めるのに
慌ただしく動いてた。



私は相変わらず小姓として、
朝から晩までクタクタになるまで
働き続ける毎日。



何処をほっつき歩いてるのか、
滅多にしか返ってこない山崎さんは、
時折帰ってきては、私を怒らせることしかしない。



一人……振り回されて
馬鹿みたいじゃん。




だけど……ギスギスした
この場所で山崎さんと、山南さんといる時間が
少しほっとしてるのも事実なんだ。



だけど……
あれから少し進化したこともあるんだ。


仕事の合間にだけど道場の空き時間に
私も使わせて貰えるようになった。


そして時折、その稽古に山南さんをはじめ、
斎藤さんや藤堂さんが付き合ってくれるようになった。


誰かと手合せ出来るのはやっぱり楽しくて。


今までやってきたみたいに、防具も面もつけてないけど
木刀を降りあげて、気合と気合でぶつけ合うのは
凄く気持ちがすっきりとした。



「山波くん。
 少し宜しいですか?」


斎藤さんと藤堂さんに稽古をつけて貰っていた道場に、
姿を見せてくれたのは山南さん。



三人の師に指導されながら
練習する時間は凄く楽しくて、
今の私の心を満たしてくれた。



今、この世界で何が起きてるかなんて、
私にはわからない。



何も話してくれないから。



それを話してもらうには、
私はまだまだ信用がなさすぎるから。




ちゃんと信用して貰わないと。

私にも……この場所で起きてることを
噂で知るんじゃなくて、
ちゃんと仲間として話してもらえるように。





「有難うございました」





訓練を終えて指導してくれた三人に一礼をした後、
騒々しい足音が近づいてきた。




「花桜っ!!」




大声で私を呼ぶその声に
慌てて、背後に見つめる。




肩で息をして……整えながら、
声を出そうとしてる瑠花。




「瑠花、
 どうしたの?」




ゆっくりと瑠花の方に出掛ける。




離れていた時間、どんな生活をしていたかなんて
私にはわからないけど数か月ぶりに再会した瑠花が目の前にいる。



「花桜っ。
 
 ちょっと来て」




瑠花は、私の腕を強く引っ張ると
また走っていく。




連れて行かれる先は、
私が行くなと言われている前川邸。




あまりの出来事についてきてくれた
さっきまでの先生たちの方を振り返る。





「山南さん……。

 すいません、
 瑠花について行ってきます」




そうやって声だけかけると、
その場所へと踏み込んだ。




「ほらっ。
 花桜、舞っ。

 舞、見つけたんだよ」




瑠花が凄く嬉しそうに声を弾ませて
私を振りかえる。



部屋の一室に正座して外を見つめる
舞の姿を見つけて、私も慌てて舞の方へと駆け寄った。




「良かったぁー」




そう言いながら、
舞の体を思いっきり抱きしめる。




舞……、痩せた気がする。





「ねぇ、舞……。
 今までどうしてたの?」



抱きしめながら問いかける。





「舞?

 どうして……。
 二人は、どうして私を知ってるの?」






えっ?



小さく紡がれた舞の言葉に
私は……抱きしめた腕を解いた。






「舞?

 ……瑠花……、
 もしかして舞……記憶喪失なの?」




恐る恐る思いついた言葉を口にした。





私のその言葉に瑠花は……うんと、
ゆっくりと頷いた。






「貴女、名前は?」




顔も名前も全て知ってるのに、

舞の中に……私の記憶はない。



「ねぇ、舞。

 嘘だって言ってよ。

 なんで……なんで覚えてないの?

 私たち、友達同士じゃない?

 小さい時から、お祖父ちゃんの道場で
 剣道一緒にやってきたでしょ。

 花桜だよ。

 花桜のこと覚えてないの?」





舞の体を両手で掴みながら、
ゆさゆさとゆさぶって思いのままに叫んでいく。
 



「芹沢先生、失礼いたします。
 山波くん。落ち着きなさい」



舞に縋り付く私を、
舞から力強く引き離していく。



それと同時に……背後から、
衝撃が入って私の意識はまた落ちて行った。






……舞……。







なんで覚えてないの?














ぐっしょりとかいた汗と共に目を覚ます。



真っ暗な部屋。






灯り一つない、その暗さが今も私の時代に
戻れてないことを教えてくれる。





「なんや、目が覚めたんか?」



えっ?





一人だけだと思ってた
その部屋から聞きなれた声がした。



「山崎さん?」

「あぁ」

「帰ってきたんだ……」

「副長に報告事があってな。

 帰って来てみたら、
 アンタ意識失うて寝てるし。

 ほんま、心臓止まるかおもたで」





意識失ったって……だってあれは……



「ちょっと、失ったんじゃなくて
 気絶させられたんだって。

 もう、背後から不意打ちなんて卑怯だよ」


怒鳴りながら慌てて飛び起きようとした体は
関節の節々が痛くて頭痛に響いて……思わず、
布団の上で体を起こしたまま固まる。



「花桜、お前さー。
 ちょっとは病人らしくできねぇわけ?」




えっ?


病人らしくってどう言う……。



戸惑う私の額にすーっと伸びてくる
山崎さんの手。



冷たい手の感触が心地いい。



「言っとくけど、お前、熱あるよ」



えっ?



熱?




そう言われたら……
なんか、体もだるい気もする。



そのまま……へなへなと、
布団へと体を戻す。




「バカっ。

 アンタが熱があるなんて言うから
 なんか、しんどくなっちゃったじゃん。

 明日も仕事あるのに動けなかったら
 どうしてくれんのよ」

「あぁ、なら平気だ。
 お前、 明日も絶対安静な。

 友達がお前のこと覚えてなかった
 精神的なもんもあるんだろうけどな、
 おまえの一番の原因過労な」


額を弾くデコピン一発。




「あぁ、山崎さんが病人に暴力振るう」

「ほらっ、とっとと休みな。
 希望ならオレが暖めてやろうか?」




冗談めかして言う
その言葉がなんだか……嬉しくて。



「ねぇ……山崎さん。

 舞……私のこと、
 思い出してくれるかな?」



思わず呟くその言葉。



舞が覚えていなくても
私と瑠花と舞は親友同士。



それは変わりないよ。
だけど……やっぱり悲しいよ。




「そうやなー。

 友達が記憶失う(うしのー)てしもたら悲しいな。

 戻ってきたらええな。
 舞ちゃんの記憶。

 泣きたいなら、おもっきり泣いたらええよ。

 オレが全部受けとめたる。
 だから……今日はゆっくり休みな」


呼吸に合わせるかのように
ゆっくりと紡がれた子守唄みたいなその声が
とても優しくて……その日……この場所に来て、
はじめて……大声で泣いた。



一度、決壊した涙はなかなか止まることを知らなくて
流れ続ける。



嗚咽しながら声をあげて泣く
私を……優しく抱きながら背中をさすりつづけてくれた。







……舞……。






舞が思い出してくれるのを信じてる。


だから朝が来て元気になったら零から始めるよ。


今の……舞とも仲良くなれるように。

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