約束の大空

佳川鈴奈

5.二人の約束 - 瑠花 -



翌朝、鳥の囀りと共に目が覚めた。

真っ暗な夜。

豆電球一つない部屋で硬い布団に寝かされて
過ごした一夜。



寝れるわけないじゃない。





私の隣、器が大きいのか、
現実を知らないのか、
花桜はぐっすりと爆睡中。




目を閉じると、
思い返すのは銀色に輝く閃光。





眠れるわけないよ。





ゆっくりと体を起こして、
顔を寝顔を見つめる。




一組の布団を一緒に使って寝た昨晩。




この場所は、何年かわからないけど、
幕末の京。


そして昨日、私が出会った人が
TVや本の中だけの人物だと思ってた
沖田総司。


あの沖田総司が同姓同名の別人だったら
どんなに良かった?



幕末の物語の中で
ずっと大好きだった総司。






『殺すよ』





私に向かって冷やかに放った
沖田さんの声を思い返す。




あんなの……総司じゃないよ。




私の隣ゴソゴソと動いた花桜が、
むっくりと起き上って立ち上がると、
真っ直ぐに障子の方へ歩いて勢いよく開け放った。




朝の光が部屋の中に差し込んでくる。




「何をしてる?」




低い声で花桜に問いかける人。


「花桜っ」


慌てて花桜のところに駆け寄ると
花桜はにっこりと笑いかけた。



「瑠花、大丈夫。
 
 私の後ろに居たらいいから。

 何をしてるって太陽の光を浴びたかったの。

 朝一番に、窓を開け放って
 新鮮な空気を体の中に取り込むのは私の日課なの。

 逃げることも隠れることもしないわよ。

 だから、外の空気を吸うくらい、
 許しなさいよ」



花桜は、その人に言い放つ。



「……好きにしろ」


短く返事した、その人に背中を見せて、
庭の方までスタスタと歩いていくと、
両手を広げて楽しそうに伸びをしてた。





って、花桜。



アンタ、
どんだけ楽天的なのよ。



伸びの後は、そのまま土の上に
両手をついて腕立て伏せを始める。




親指だけを地面につけて、
人差し指から、小指までを
地面から浮かせてする独特の腕立て伏せ。




「一、二……」




マイペースに、
声なんて発しながら。





そんな花桜を見つけたのか、
部屋に近づいてくる足音。




「斎藤さんがこんなに甘い人だったなんて
 知りませんでした」



クスリと不敵な笑みを浮かべて、
近づいてくると、
そのまま……腰の刀に手を添える。




「花桜っ!!
 
 逃げて」





大声で叫んだ私と、
沖田さんの刀が鞘から
解き放たれたのは同じ頃。



間一髪の身のこなしで
受け身をとりながらその一撃を
交わした花桜。



次の一手が繰り出されたときに
沖田さんの剣を受け止めたのは、
昨日……穏やかな微笑みを携えた山南さん。




「騒々しいと尋ねてみればこの始末。

 沖田くん、剣をおさめなさい。
 そして貴女も、あてがわれた部屋に戻りなさい」



反論を言わせない口調で
ゆったりと告げると、
自らの刀も鞘へと片づける。



「沖田くん、
 そこに座りなさい。

 そして……貴女も……」



促された場所に沖田さんと花桜が座ると、
私も花桜の隣に正座する。



「斎藤くん。
 
 交代の時間まで二人の監視は
 貴方の務めでしたね。

 何故、とらわれの女の子を庭に出して
 騒ぎを起こさせましたか?」





穏やかで、優しい口調ながら
的確に相手を突いていく話し方。




「申し訳ありません」



ただ一言だけ、
謝罪の言葉を告げた斎藤さんは
その後、一礼してその場から立ち去った。



斎藤って呼ばれてた。



だから……名前は多分、

斎藤 一。




次々と出逢っていく物語中の人たち。




「おいっ。

 朝っぱらから、
 騒々しいな」



突如、大きな声が響いて
風を切って歩いてくるつわもの。



その後ろには……
腰ぎんちゃくらしき存在が数人。





「これは……芹沢先生」





その人をまた穏やかな口調で迎える山南さん。




芹沢って言うことは、芹沢鴨。



そしたら、あの腰ぎんちゃくのどこかにいるのが 
新見さんとかなのかな。



怖いの半分、
興味があるの半分。





次から次へと幕末の登場人物たちに
出逢える興奮が私の感覚を狂わせていく。




山南さんと芹沢さんが、
腹を探り合いながら互いに言葉を
交わしていくさまもを見つめながら、
今の時代を分析していく。





芹沢鴨が生きてたってことは、
まだ……新選組には改名されてない。



壬生浪士組と、
誠忠浪士組だっけ。




なんか、それもドラマの情報で
どうかはわかんないけど。




やばいなー。



物語で見る分には凄いなーって思うけど、
わが身が身を持って体験なんてお金つまれても
ご遠慮したいよ。




「芹沢先生、山南さん
 ちょっといいか?
 
 話し合いの刻限だ」



そう言って話を折って割って入る存在。



「土方くん。
 もう約束の刻限でしたか?

 お待たせしてはいけませんね」

「あぁ」

「それでは芹沢先生もあちらへ」



穏やかな仕草であっと言う間に
転がすように二人を誘導すると、
その人たちは消えていった。




残されたのは……私と花桜。


……沖田さん。




そして土方と呼ばれていたから
あの人が土方歳三。



新選組の鬼の副長。








って、私……今、やばくない?



こんな二人に囲まれて。






「あんたらには悪いが、
 今から来てもらうところがある。

 総司と山崎、山南さんから二人のことは聞いた。

 だが、間者でないという証はねぇよな。

 間者でないと言うなら、
 俺たちを納得させれるように話せ。

 山崎、いるんだろ」





土方さんは私たちにそう言い放つ、
空に向かって、山崎さんの名を紡いだ。



何処からともなく、足音もなく姿を見せた
昨日の人は、昨日とは別人のように
土方さんの前で一礼して控えた。




山崎……。


山崎 烝。







あっちゃー。




なんか、逃げられないところまで
幕末どっぷりじゃん。





「瑠花、大丈夫。

 私がついてるから」



ちょっと今の現状に尻込みする私を、
叱咤するように励ますように、
花桜が指先を絡めて私の手を繋いでくる。



「連れて行ってください。
 その話し合いの場所へ」




一言も喋らない山崎さんによって、
暴れられないように、両手を縛りあげられると、
そのまま紐で縛られたままに目的の部屋まで、
連れられていく。





「山崎です」




部屋の外で、声をかけると、
中から襖がゆっくりと開いた。
 




そこには……
芹沢さん、山南さん、そして土方さん。


新見さん?らしき存在が座っていて、
芹沢さんの向かい側には、
もう一人、見慣れない人が座ってた。





多分……
あの人が、近藤 勇。





「女を中に入れろ」



言われるままに部屋の中にいれられた、
私と花桜は五人に囲まれた真ん中に正座させられる。




集団リンチじゃないんだから。




私たちの後ろには紐を持ったままの、
山崎さんが静かに控える。





「早速だが、
 名前を教えてくれるか?」



近藤さんっぽい男の人が口を開く。



「かっちゃん、

 名前なんか聞いてる場合じゃないだろ」

「歳、そんなに怒鳴るなって。

 名前を語りあわねば腹を割って話し合うことは
 できんだろうが。

 俺は、近藤勇。
 
 そして、この方が芹沢先生。
 その隣が新見さん。

 俺の隣、コイツは、歳。
 いやっ、土方。

 こっちが……山南さん。

 君たちの縄を持っているのが、
 山崎くん。

 君たちの名前は?」



近藤さんの言葉と共に、
視線が二人に集まる。




「私の名前は山波 花桜。

 皆は、花桜って呼ぶ。

 で、こっちが私の親友」

「岩倉 瑠花です」



花桜につられて私も名前を告げた。



「後、もう一人…… 加賀 舞って子も
 いるはずんだけど今は行方が知れなくて」

「やまなみっていやぁ、
 山南さんのもう一つの呼び名もそうだな」



土方さんが、しみじみと
考え込むように呟いて山南さんを見つめる。



「土方くん。

 生憎、私の身内に花桜と言う娘がいる情報は
 とれていませんよ。

 まず、岩倉さん。

 昨夜、沖田くんに会うまでの
 出来事を話していただけますか?」




花桜が話そうとするのを制して、
ゆっくりと、その時のことを振り返る。




「気が付いたら、
 見知らぬ場所に居ました。

 どこをどうやってきたのか
 わかりません。

 ただはぐれた、
 花桜と舞を探したくて
 歩き回ってました。

 そこで出会ったんです。
 沖田さんに……」


「そうでしたかっ。

 それで山波さん……貴女は?」




次に視線は、
花桜の方へと向けられる。



「私も気が付いたら、
 どこかの狭い場所に居たんです」

「山崎、山波拾ってきたのお前だったな。

 『副長、子猫連れ帰りました』って。

 お前が憶えてること、説明してくれないか?」


「はいっ。
 
 長州の動きを探りに忍び込んでおりました
 長州藩の屋敷内の屋根裏に突然、
 山波が姿を見せました。

 その後、敵方に忍び込んだことが見つかり暫く戦いました」




淡々と話し終わると、
山崎さんは一礼してまた後ろに控える。




花桜はと言えば、後ろの山崎さんの方に
首だけをひねってアカンベーっと舌だけを突き出してた。



ったく。
バカ花桜。



そんな花桜を見て、
思わずクスクスと頬が緩む。



「貴様、
 何がおかしい?」 



土方さんの鋭い声が空間に轟いた後、

扇子を開いたり閉じたりして
弄んでいた、
芹沢さんが音を立てて扇子を閉じた。 




「芹沢先生」



近藤さんがその人の方をまっすぐに見つめると、
目の前の酒を掴み取って一気に流し込む。



「この二人は、月から来たんだよな。
 月から来たならわかるわけねぇな。

 よし、おいっ、お前」




そう言って、芹沢さんは私を引き寄せると


「コイツは俺の小姓にする。

 近藤、そいつはお前らが小姓にでも
 しやがれ。

 それでいいだろ。

 今日は解散」





芹沢さんがそう言うと、
私は……その人に連れられて、
その部屋を後にした。





「瑠花、私は此処に居るから。

 一緒に頑張ろう。

 舞を見つけるまで。

 約束だよ、
 瑠花っ!!」





背後で私の名前を叫ぶ
花桜の声を聞きながら。











約束……だよ。






花桜っ。




舞を見つけて三人で、
私たちの世界に帰るんだから。


私は、私にしか出来ない方法で
花桜と舞を守るから。



大好きな歴史を詰め込んだ
膨大な情報で。


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