殿下、あなたが捨てた女が本物の聖女です

狭山ひびき

人生は単純ではないと言うけれど 5

 朝食のあと、わたしは予想通りセルマからお小言を頂戴した。

 昨日のことを説明すると、セルマはこめかみをおさえながら「安易だ」とか「考えて行動しろ」とか言うけれど、だって仕方ないじゃない! もともとファーマンいいなーって思っていたところに向けて、弱っていた時によしよしされたら、ころっといっちゃうよ! わたしだって十八歳の年頃の女の子なんです!

 それにねセルマ、ゆっくりお互いを知ってからーとか言うけど、わたし、恋の駆け引きなんて知らないもの。

 だって生まれたすぐにメイナードの婚約者にされて、ずっと彼と一緒にいた。誰かに恋をしたことなんてなかったし、タイミングとか、駆け引きとか、とにかく恋の順序なんてわからないの! 

 いいじゃない別に、ファーマンとっても素敵だもの。包容力があって優しそうだし。メイナードと比べたら雲泥の差よ。だから大丈夫。

「お嬢様の判断基準がメイナード殿下と言うのもどうかと思われますが……」

 そんなこと言ったって、わたしの異性のモノサシはメイナードしかいない。メイナードより誠実そうだから別にいいじゃーんって思っちゃう。そこが安易だって言いたいんだろうけど、もしもここでぐずぐず悩んでファーマンを失うことになるなら、いけいけゴーゴーで衝動のまま突き進んだ方がマシ。

「まあ、お嬢様がいいならもうそれでいいです。ただし、あの騎士に泣かされるようなことがあればすぐにおっしゃってください」

 切れ長の目をキランと光らせたセルマに、わたしは思わずびくっとしてしまう。

 セルマはわたしよりも六歳年上のお姉さんで、わたしが十二歳の時からそばにいる信頼できる侍女だ。

 そんな彼女は、成人女性の平均身長よりも少し低いわたしと違って、すらりと背の高いなかなかの美人さん。そして、結構腕っぷしが強い。いつぞや、わたしが夜会で酔っ払いに絡まれたときなんて、彼女は酔っ払いの腹に容赦ない蹴りをお見舞いして昏倒させた。

 良家の侍女や使用人は、主人が狙われる危険性もあるため、多少の武術の心得は必要なんだけど、たぶん、コンラード家の中でも相当強い方だと思う。

「旦那様にはお手紙を書かれますか?」

「ううん、家に帰ったときに紹介するわ。手紙なんて書いたらそれこそ駆けつけてきそうだもの」

「あり得ますね」

「お父様ったらわたしがいくつになったと思っているのかしらね」

「旦那様にとっては、いつまでも可愛い娘なのですから仕方がございませんわ」

 わたしは肩をすくめてセルマの煎れてくれた紅茶に口をつけた。

 教育に関しては、わたしがメイナードの妃になる予定だったからか、かなり厳しくしつけられたと思う。だから、普段は「はしたない!」って怒られるようなことを平気でしちゃうわたしだけど、公の場ではきちんと対応できるのよ。血を吐きそうなほど勉強させられたし、音楽とかの教養も、わたしはこのままピアノや刺繍で生計を立てるのかしらー、あははははーと白目をむきたくなるほど叩き込まれたし。でも、それ以外はものすごく甘やかされて育ったと思う。

 生まれたての娘を王子の婚約者にしてしまった負い目なのか、お父様はそれはそれはわたしを溺愛して、お母様が「十二歳の娘を膝に乗せてでれでれしてるんじゃありません!」てブチ切れるまでわたしの膝の上にのせていい子いい子していたお父様。

 だからきっと、ファーマンという恋人ができたと手紙で報告をした日には、早馬で駆けつけてくるくらいはしそうなのだ。

「そう言えば、ファーマン様はどうされたのですか?」

「ファーマンなら、教会に用があるって出かけちゃったわ」

 我がコンラード家の領地の中にはそこそこ大きな教会があるの。その教会を管理しているのは、いずれ枢機卿の一人に――とも言われているロバート様。国の三大公爵家の一つ、リヒテンベルグ公爵家の現当主の弟の息子で、わたしの上のお兄様と同じ二十四歳。十九歳の時に教会に籍をおかれて、この地にある教会へやってこられたんだけど、リヒテンベルグ公爵家とコンラード家は懇意にしているから、ロバート様とも昔から面識があって、幼いころはよく遊んでもらっていた。

 セルマは眉をひそめた。

「護衛のくせにお嬢様を残してふらふら出かけるのは感心いたしませんね」

「それは……、でも、ほら、聖騎士だから、教会のお仕事が最優先でしょ?」

 ファーマン以外にも、王家の騎士が十何人もいるのだから、それほど目くじらを立てなくてもいいんじゃないかなぁー。

「お嬢様は聖女になられたんですよ? もっと危険意識を持っていただかなくては困ります」

「うぅ」

 そんな怖い顔しないでよー。聖女が狙われるのは、聖女に選ばれたその日に髭を生やした神官のおじいちゃんにくどいくらい言われたからわかってるってばー。

 そうはいっても、今まで一度も身の危険を感じてないし、お父様も「今は王都にいるよりも領地の方が安全かもな」なんて言っていたから多分大丈夫のはず。

「変な男に攫われて既成事実を作られたあとでは遅いんですからね!」

 ソウデスネ。

 国内外問わず、聖女を手に入れたい殿方はたくさんいらっしゃる。正規ルートで求婚してくるような男性ならまだいいけれども、拉致されて閉じ込められる――なんてことにもなりかねないのだとセルマは言うけれども、だから領地の方が安全なんでしょ? うちのカントリーハウスはど田舎にあるから、周りに人も少なくって、不審な動きをする人がいたらすぐにわかっちゃう。だから人の多い王都で警護するよりもやりやすいんだってさー。

 山のようなプレゼントとか手紙とかの返事が面倒くさいからって理由で領地に逃げることにしたけど、むしろ名案だってお父様に褒められたもの。まあ、すすめたのはお兄様だけどね。

「ファーマン様がお戻りになったら言ってやらないといけませんわね」

 セルマったら、ファーマンが出かけたことについてまだぷりぷり怒っている。

 わたしはこっそりため息をついて、アーモンドの入ったクッキーに手を伸ばした。

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