殿下、あなたが捨てた女が本物の聖女です

狭山ひびき

人生は単純ではないというけれど 2

「やあアイリーン。おはよう。いい朝だね」

 キラキラ笑顔ですがすがしく言われても騙されません。

 艶やかな黒髪に濃紺色の瞳。黙っていればとんでもないイケメンさんだけども中身がとっても残念なわたしの元婚約者メイナード王子。

 王家って無駄にイケメンが多いんだけど、この人は特に整った顔立ちをしている。剣術や馬術をたしなんでいるからか、すらりと高い肢体は引き締まっているし、男のくせに肌もつるつる。

 王妃様に似たのか、優しそうな双眸で見つめられば、ぽーっとなってしまう女性の多いこと。

 婚約していたときはあちこちの夜会に一緒に出席していたから、わたしはこの「歩く天然たらし魔」の色気にやられてぶっ倒れた女性を何度も目撃した。

 かくいうわたしも「こんなイケメンの婚約者なんてラッキー!」とはしゃいでいたお馬鹿さんなんだけど、ふん、今のわたしはもう騙されませんからね!

 昨日わたしが追い返したから、そのまますごすご王都に帰ったと思っていたのに、どうしてこのアホ王子がここにいるんだろう。

 わたしは後ろに控えているセルマを振り返った。

 あ、セルマ、目ぇそらしたわね。知ってたのね。どうして教えてくれなかったの! 教えてくれたら意地でも部屋から出なかったのに! ……ああ、だから黙っていたのね。

 わたしはメイナードから一番遠い席に腰を下ろした。

 するとちょっと傷ついたような顔をして、メイナードは席を立ちあがって、あろうことかわたしの隣に移動してきた。

「アイリーン、私たちは少し話し合うべきだと思う」

 なんでだよ。

 話し合うことなんてありません。

 ふん、とわたしが顔を背けると、メイナードは顔を覗き込んでくる。

「アイリーン、君は勘違いをしているかもしれないが、聖女を王家に迎えるため、私は泣く泣く君と婚約破棄をしたんだよ」

 んなわけないでしょ! あんたにこにこ笑ってたじゃないの!

 どんな厚顔王子だと睨みつけるが、頭のネジの緩いメイナードには通用しない。

「でも聖女は君だった。だから私たちは誰にも引き裂かれることはないんだ」

 誰が誰と誰を引き裂いた?

 むかむかしてきたわたしは部屋の隅にいるセルマに視線を投げた。

 なんでこいつを追い返さなかったのセルマー!

 セルマもメイナードにはいい感情を持っていない。彼女のその表情からそれはありありとわかるんだけど、やはり第一王位継承権を持つ王子様を追い返すなんてそう簡単にできやしないのだろう。視線が絡むと、申し訳なさそうに伏せられた。

「アイリーン。聖女は王家に嫁ぐべきだ。もう何代もそうだったし、聖女は他国からも狙われるから、王家にいるのが一番安全なんだよ。しっかり警護できるからね」

 わたしははーっと息を吐きだした。

「殿下、リーナはどうなりましたか」

 あんた、もうリーナと婚約しているのよ。わけのわかんない理屈をこねていないで、ショックを受けて寝込んでいるらしい婚約者のそばにいてあげるべきではないの?

 リーナの名前を出すと、さすがにメイナードは気まずそうに瞳を揺らす。

 ほら、何にも考えずにここに来たんでしょ。

 昔からメイナードは後先考えずに行動するきらいがある。

 次期国王になるんなら、その性格は矯正すべきだと思うよ?

 メイナードには腹を立てているけれど、生まれてから十八年も婚約者として一緒にすごしたわたしは、ちょっぴり心配になる。もうさー、わたしは助けてあげられないんだから、しっかりしてくれないと困るよ、国民が。

「り、リーナのことは関係ない。私は君と私のことについて話し合いたいんだ」

 関係あるに決まってるだろ!

 わたしは頭を抱えたくなる。

 婚約者がありながら元婚約者を口説いているというカオスに、どうして気が付かないの?

 もう、この鳥頭に道理を説くにはどうしたらいいの。

 こんなのが十八年間も婚約者だったという事実にわたしが泣きそうになったとき、メインダイニングにファーマンがやってきて、わたしとメイナードを見て固まった。

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