殿下、あなたが捨てた女が本物の聖女です

狭山ひびき

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 聖女様は領地に行くんだもーん。

 ということで、わたしは翌日にはさっさと王都を出立して、馬車で五日ほどかかる場所にある侯爵家の領地に向かった。

 出立前に届いたお友達からのお手紙によれば、リーナはショックで寝込んでしまったらしい。

 うーん、ちょっとかわいそうだけど、ごめん、同情はしない。婚約破棄されたわたしにあんたが向けた視線は覚えているからね。

 いいじゃない、聖女にはなれなかったけどあんたにはメイナードがいるんだから。未来の王太子妃として幸せになりなよ。

 ちなみに、聖女であるわたしが領地に向かうと言えば、ものすごい数の護衛が城から送り込まれた。

 聖女って、他国から狙われるらしい。

 強力な癒しの力を持った聖女は、この国であれば国の安寧なんだけど、他国にしてみれば国の繁栄なんだって。だから、あわよくば――、と考える輩がいるんだとかいないんだとか。

 でもさ、強力な癒し手って言うけど、まだそんな兆候全然ないんだけどな。昔からちょっとした怪我とかなら治す力があったけど、驚くほど強い力なんてどこにもない。ほんと、あのガラス玉――もとい、宝珠、間違ったんじゃないの?

 まあ、おつきの騎士様たちに大切に守られるのは嫌な気はしない。

「アイリーン様、近くの川で一休みいたしましょうか」

 馬車が止まって、扉を開けた騎士がうやうやしくわたしの手を取りながらそう言った。彼の名前はファーマン。長身の体にはイイ感じに筋肉がついていて、短めのブラウンの髪をさわやかにかき上げる姿が麗しい。

「お嬢様、よだれが」

「あら」

 一緒についてきてくれた侍女のセルマに言われて、わたしは手の甲で口元をぬぐう。だって仕方ないじゃーん! ファーマンってばイケメンなんだもん! 眼福なんだもん。あの長身で壁ドンとかされてみたいんだもーん!

 セルマに可哀そうな子を見るような目で見られて、さすがに落ち込みながら、ファーマンに支えられて馬車を降りる。

 ファーマンってば本当に背が高くて、わたしが成人女性の平均身長よりちょっと低いんだけど、それでもわたしの頭が彼の胸の下あたりってどうよ。あの分厚い胸筋にぎゅーっとされてみたい。傷心のわたしはイケメンによしよしされたくて仕方がない!

 聞けばファーマンって二十八歳なんだって。そして独身! 十歳差かー。年上の旦那様にめちゃめちゃ甘やかされてみたいよなー。

 一人妄想の世界に走りそうになったわたしの肩を、セルマがぽんぽんと叩く。おっと、わかっていますとも。よだれはたらしませんよ。

「あと一日でご領地です。もう少しの辛抱ですよ」

 ファーマンに優しく励まされるともう! ころっといってしまいたい! ファーマンー、聖女な奥さんいかがですか? お買い得ですよ? なんて言ってしまいたい!

 わたしのなかでファーマンはお婿さん候補にすっかりノミネートされている。

 聞けば、わたしが領地にいる間、護衛としてそばにいてくれるって言うし、その間に愛をはぐくめれば嬉しいな、なんて――、きゃぁ!



 だがしかし、世の中はそんなに甘くなかった。

 カントリーハウスに到着したわたしを待っていたのは予想外の人物で。

「……なんでここにいるんですか、殿下」

 わたしよりも先に到着して優雅に紅茶を飲んでいたメイナードを見た瞬間、わたしはあんぐりと口をあけてしまったのだった。

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