殿下、あなたが捨てた女が本物の聖女です

狭山ひびき

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 わが国には聖女にだけ反応する宝珠がある。

 聖女は常に一人だけ。聖女が死ねば、次の聖女が現れる。それはもう、何百年前からの理だ。

 聖女は宝珠が選び、聖女に選ばれた者には癒しの力が宿るという。

 聖女を娶れば国が安定すると言われて、聖女は代々王家の誰かに嫁いでいた。もちろん、強制ではない。選択肢は聖女にあると言われているが――、まあ、リッチなイケメンぞろいの王家の皆さまに求婚されて、断るような女は少ない。

 一週間前に亡くなられた聖女も、前王弟に嫁がれた。

 夫に深く愛されて、幸せな人生だったようだ。

 ま、わたしには関係のないことだけど。



 わたし、アイリーン・コンラード十八歳は、今まさに行われている聖女選定の儀式に白けた視線を向けていた。

 わたしの目の前で、わたしの元婚約者で第一王子のメイナードが大切そうに腰に腕を回しているのは、今回の聖女選定の最有力候補と言われる伯爵令嬢リーナである。

 楚々としたという言葉が似あう愛らしい少女は、頬をピンク色に染めて潤んだ瞳でメイナードを見上げていた。

 けっ!

 わたしはそう言ってやりたい。

 聖女がなくなった翌日、わたしはこの女のせいでメイナードの婚約者の座から転がり落ちたのだから。



 わたしは侯爵家の令嬢だ。

 生まれたときから四つ年上のメイナードとの結婚が決まっていた。

 決まっていた、と過去形なのは皆様もご存知のとおり、メイナードとの婚約が白紙になったから。理由は簡単。聖女が亡くなって、次期聖女の選定が執り行われることになったから。聖女がほしいメイナードはあっさりわたしを捨てて、聖女の最有力候補であるリーナに乗り換えた。

 ――君とはもともと政略的な意味合いの婚約で愛など存在しないのだから、別にいいよね?

 メイナードはわたしを呼びつけてそうおっしゃった。

 そうですね!

 殿下はいいかもしれませんね!

 でも、そのせいで「王子に捨てられた女」という嫌なレッテルがわたしには一生ついて回るということを、あなたは少しでも考えてくださったのでしょうか?

 今思い出しても忌々しい。

 わたしのあとにメイナードの婚約者となったリーナの、わたしを憐れむような目も腹立たしいったらない!

 どうして格下の伯爵家の令嬢に、憐憫の視線を向けられたあとに「わたくしが聖女だったばっかりに」と言われないといけないの?

 つーか、まだあんた聖女じゃないよね! どうして決定事項のように言えるのよ?

 一応、聖女選定の儀式にわたしが呼ばれているのは、わたしも一応候補者の一人だから。

 もちろん、ここに呼ばれている誰も聖女に選ばれない可能性もある。その場合は再度人選して選定を行う。聖女が現れるまで何度も。

 まあ、聖女になるのは、もともと癒しの力を持っている女性がほとんどだ。

 わたしも多少の癒しの力を持っていて――言わずもがな、その力の一番強い女がリーナなのである。

 リーナは先ほどからもうほとんど聖女のような扱いを受けていて、王子はもとより、神官たちにもかしずかれて、聖女認定されたあとの儀式の手順などを、それはそれは懇切丁寧に説明されている。

 もうさー、先にさっさと儀式を終わらせてくれないかな?

 わたし含め、待たされてる女の視線の冷たいことったら。気がついていないの? 超鈍感だね。

 待ってる間、ずーっと立たされてて足もだるいし、王子に捨てられた女への憐みの視線がびしばしと伝わってきていたたまれない。

 この聖女選定の儀式が終わったら、わたし、女子修道院にでも入ろうかなー。王子に捨てられた可哀そうな女に、いい縁談なんて期待できそうもないし、変なところに嫁ぐくらいなら修道女になった方がいいよね。

 メイナードの隣で微笑むリーナをこれ以上見なくてもすむしさ。



 悲しいかな、王子に捨てられたあとで、どうやらわたしは、ほんのりとした恋心のようなものをメイナードに持っていたということに気づかされた。

 もちろん、あんなふざけた理由で婚約者を捨てる男には愛想つきましたけどね! でもまたちょっぴり傷心なのは仕方がない。

 だから、メイナードとリーナのラブラブ結婚生活なんて見たくない。どこか貴族に嫁いだら、否が応でも社交の場で顔を合わせることになりそうだし、それなら修道院で静かに暮らす方が心に優しいでしょ?

 お父様はわたしに激甘だから、今回のメイナードの所業にブチ切れてるし、ほとぼりが冷める前に泣き落としで修道院に行きたいと言ったら押し通せそうな雰囲気。

 うん、我ながら名案ね。

 この儀式が終わったら女子修道院行き、決定!



 てな感じで、わたしがぐるぐるくだらないことを考えている間に、儀式は少し進んだみたい。

 恭しく王子に手を引かれて宝珠の前に立ったリーナが、そっと宝珠に手をかざして――

 あれ?

 わたしは首をひねった。

 宝珠が何の反応もしない。

 リーナも驚いているらしくて、宝珠を持ち上げたり撫でまわしたり必死になっている。

 その隣で、メイナードが茫然としたように宝珠を見つめていた。

 あれれ?

 もしかしなくても、リーナ――、聖女に選ばれなかった?

 ざーまあー! 

 わたしは心の中で喝采をあげて、今にも泣きだしそうなリーナと、魂が口から抜け出しそうな様子のメイナードに向かって、周りに気がつかれないようにこっそりと舌を出した。べーっだ。

 二人のあーんな顔を見れただけでも、今日ここに来た価値があるってものよ。

 ざわざわと途端に喧騒に包まれた神殿内が、まるでわたしの高笑いのよう。

 おーほほほほほ!

 いい気味だわ!

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