霊能者、異世界を征く!
おかしな幽霊
日本を飛び立ち、既に数時間が経過した。
飛行機は安定飛行に入り、食事や飲み物が前の座席から順に配られていた。離陸時の、ちょっとだけ緊張した空気はすっかり過ぎ去り、にわかに機内が落ち着かない雰囲気になった。
三人掛けのエコノミーの座席の窓際、そこが俺に与えられた座席だった。
有栖川真人、年齢は十八歳。少しくせ毛の黒髪に、長めの前髪、小さな顔に合ってない大きい黒縁メガネという、自分で言うのもなんだが、はた目にはモサッとした印象を与える容姿である。
海外に行ったら、思いっきり前髪を切るのもいいかもしれない。
俺の容姿は、どこか日本人離れしていた。通常の東洋人よりもずっと肌の色素が薄く、瞳も一見すると黒だが、実は深い群青色である。陽の下に出ると顕著で、完全にブルーだ。
これまで幾度か不登校になり、フランス人とのハーフの父親の勧めで海外への留学を勧められ、こうして機上の人になっている。
不登校になった原因の一つは、まずこの容姿。
日本人の母と、フランス人と日本人のハーフの父を持つ、いわゆるクォーターというやつだ。その影響で、日本人よりも彫が深く、辛うじて髪だけは黒かったが、それが却って青い瞳を目立たせた。
それだけでも十分に浮いていたが、それ以上に俺は、周りにとっておかしな存在だった。
母親に言わせると、とても神経質で過敏な子供だったそうだ。
ちょっとしたことでびくびくしたり、暗闇を異様に怖がったり、ある時は、壁に向かって喋っていたりしたという。今ではずいぶん落ち着いたと昔話のように話すが、実のところ、現状は幼い頃と何も変わっていない。
単に、見て見ぬふりをしているだけなのだ。
ありていに言えば、俺は、霊やそれに似た存在を視る。
もっとも、俺がそう思っているだけで脳や精神に異常があって、視えている気になっているだけかもしれないけどな。
「まあ、留学はいい機会だ。場所が変われば状況が変わるかもしれないし」
配られている飲み物を貰って、俺は窓の外を眺めた。雲が下にあり、機体の翼がすぐ横にある。何時間も変わらない景色を見ているうちにぼんやりしていたのか、いつの間にか機内はすっかり様変わりしていた。どうやらお休みタイムに入ったらしく、照明は薄暗くほとんどの客はアイマスクなどをして横になっていた。
「……仕方がない、俺も寝るか」
どのくらい目を瞑っていただろうか、ヒソヒソとした小さな声が耳元で囁いていた。
なんだよ、うるさい。寝たばかりなんだよ、起こすな。
俺は、ひざ掛けを頭まで引き上げて無視しようとした。
『……きろ、これ起きんか。このまま死んでもよいのか?』
すると、その声は物騒なことを言い出した。
さすがに黙っていられなくなり、その傍迷惑な輩の顔を拝んでやろうと思って起き上がった。リクライニングの椅子から身体を起こし、辺りを見渡した。隣はビジネスマン風の男だが、アイマスクをして熟睡している。さらに向こう側に座る若い男も寝入っているように見える。
「あれ……なんだよ、寝ぼけたのは俺か?」
あくびをしながら頭をかいて「やれやれ」とため息をつき、背もたれに身体を倒した。
『だから、寝るなと言うとるじゃろう。上を見よ、上じゃ』
「……あ? 上?」
いささか寝ぼけ眼のまま真上に視線をやると、天井があるはずのその場所に人が浮いていた。
ぎゃっと叫びかけて、慌てて口を押えて何とか堪えた。ここで大騒ぎしてはいけないということは、これまでの苦い経験で嫌というほど学習している。
宙に浮いている時点で普通の人間では有りえない。
「ゆ、幽霊……か?」
ここ数年は見ても見ぬふり、極力関わらないようにして躱してきた。大人になると、こういった現象はなくなるというし、もう遭遇することもなくなるだろうと期待もしていた。
小さな頃には、親に精神科に連れていかれて「子供にはよくあること」などと、かまってちゃん扱いをされたこともある。両親が信じたかどうかは知らないが、それ以来、俺はそれらの現象を隠すことにしたのだ。
こちらからアクションを起こさなければ、ほとんどの不可思議なモノは知らないうちに見えなくなる。それなのに、この幽霊(?)ときたらガッツリとコンタクトを取ってくるのだ。
『儂を幽霊扱いとは、無礼な奴じゃ。この姿を見てわからんか、愚か者め』
とにかく、はっきりとした言葉で意識に飛び込んできた。声のようで、声ではない。響くような、滲みわたるような、何とも言えない信号のようなものが、頭の中に直接入ってくるのだ。
そして、なにより!
頭部がピッカピカに光っていて(後光なのかもしれないが)とにかく眩しくて顔がよく見えない。
辛うじて見える口元には、白く長い髭がたくわえられている。つなぎ目がよくわからない白い長衣。髭を弄るような仕草をしているので、痩せた骨ばった手がなんとか確認できた。
周囲の人、コレ眩しくないの?!
俺、いまスゴイ目がシバシバしてるんだけど。
『よく聞くのじゃ。儂は何を隠そう、神じゃ』
ああ、なんだよ夢か……。
一瞬で白けた俺にはお構いなしで、声は続いた。
『この飛行機は間もなく不時着する。その際、シートベルトの不具合でおぬしだけが#運悪く__・__#死ぬ予定だ』
自称神とやらに、なんだかスゴイ理不尽な事を言われている気がするが、とにかく辺りが眩しくて目が開いていられなくなってきた。それと同時に、だんだん意識まで混濁していくようだった。
さっきまで言葉として聞こえてきた声が、なんだか飛び飛びのレコードのように雑音混じりになっていく。
『……世界の整合性が……つじつま……引き合って……だが、儂が手……、儂が助け……、儂が、儂の』
ダメだ、まともに頭に入ってこない……。
ともかく、爺さんが自分スゴイ、エライって自画自賛しているのはよくわかった。
もうすでに視界は真っ白に塗りつぶされて、息さえもまともに出来ない状況になってきた。
そして、次の瞬間――、激しく身体を揺さぶられ、宙に浮いたと思ったら耳をつんざく轟音が響き渡り、俺の意識はあっけなく暗転したのだった。
飛行機は安定飛行に入り、食事や飲み物が前の座席から順に配られていた。離陸時の、ちょっとだけ緊張した空気はすっかり過ぎ去り、にわかに機内が落ち着かない雰囲気になった。
三人掛けのエコノミーの座席の窓際、そこが俺に与えられた座席だった。
有栖川真人、年齢は十八歳。少しくせ毛の黒髪に、長めの前髪、小さな顔に合ってない大きい黒縁メガネという、自分で言うのもなんだが、はた目にはモサッとした印象を与える容姿である。
海外に行ったら、思いっきり前髪を切るのもいいかもしれない。
俺の容姿は、どこか日本人離れしていた。通常の東洋人よりもずっと肌の色素が薄く、瞳も一見すると黒だが、実は深い群青色である。陽の下に出ると顕著で、完全にブルーだ。
これまで幾度か不登校になり、フランス人とのハーフの父親の勧めで海外への留学を勧められ、こうして機上の人になっている。
不登校になった原因の一つは、まずこの容姿。
日本人の母と、フランス人と日本人のハーフの父を持つ、いわゆるクォーターというやつだ。その影響で、日本人よりも彫が深く、辛うじて髪だけは黒かったが、それが却って青い瞳を目立たせた。
それだけでも十分に浮いていたが、それ以上に俺は、周りにとっておかしな存在だった。
母親に言わせると、とても神経質で過敏な子供だったそうだ。
ちょっとしたことでびくびくしたり、暗闇を異様に怖がったり、ある時は、壁に向かって喋っていたりしたという。今ではずいぶん落ち着いたと昔話のように話すが、実のところ、現状は幼い頃と何も変わっていない。
単に、見て見ぬふりをしているだけなのだ。
ありていに言えば、俺は、霊やそれに似た存在を視る。
もっとも、俺がそう思っているだけで脳や精神に異常があって、視えている気になっているだけかもしれないけどな。
「まあ、留学はいい機会だ。場所が変われば状況が変わるかもしれないし」
配られている飲み物を貰って、俺は窓の外を眺めた。雲が下にあり、機体の翼がすぐ横にある。何時間も変わらない景色を見ているうちにぼんやりしていたのか、いつの間にか機内はすっかり様変わりしていた。どうやらお休みタイムに入ったらしく、照明は薄暗くほとんどの客はアイマスクなどをして横になっていた。
「……仕方がない、俺も寝るか」
どのくらい目を瞑っていただろうか、ヒソヒソとした小さな声が耳元で囁いていた。
なんだよ、うるさい。寝たばかりなんだよ、起こすな。
俺は、ひざ掛けを頭まで引き上げて無視しようとした。
『……きろ、これ起きんか。このまま死んでもよいのか?』
すると、その声は物騒なことを言い出した。
さすがに黙っていられなくなり、その傍迷惑な輩の顔を拝んでやろうと思って起き上がった。リクライニングの椅子から身体を起こし、辺りを見渡した。隣はビジネスマン風の男だが、アイマスクをして熟睡している。さらに向こう側に座る若い男も寝入っているように見える。
「あれ……なんだよ、寝ぼけたのは俺か?」
あくびをしながら頭をかいて「やれやれ」とため息をつき、背もたれに身体を倒した。
『だから、寝るなと言うとるじゃろう。上を見よ、上じゃ』
「……あ? 上?」
いささか寝ぼけ眼のまま真上に視線をやると、天井があるはずのその場所に人が浮いていた。
ぎゃっと叫びかけて、慌てて口を押えて何とか堪えた。ここで大騒ぎしてはいけないということは、これまでの苦い経験で嫌というほど学習している。
宙に浮いている時点で普通の人間では有りえない。
「ゆ、幽霊……か?」
ここ数年は見ても見ぬふり、極力関わらないようにして躱してきた。大人になると、こういった現象はなくなるというし、もう遭遇することもなくなるだろうと期待もしていた。
小さな頃には、親に精神科に連れていかれて「子供にはよくあること」などと、かまってちゃん扱いをされたこともある。両親が信じたかどうかは知らないが、それ以来、俺はそれらの現象を隠すことにしたのだ。
こちらからアクションを起こさなければ、ほとんどの不可思議なモノは知らないうちに見えなくなる。それなのに、この幽霊(?)ときたらガッツリとコンタクトを取ってくるのだ。
『儂を幽霊扱いとは、無礼な奴じゃ。この姿を見てわからんか、愚か者め』
とにかく、はっきりとした言葉で意識に飛び込んできた。声のようで、声ではない。響くような、滲みわたるような、何とも言えない信号のようなものが、頭の中に直接入ってくるのだ。
そして、なにより!
頭部がピッカピカに光っていて(後光なのかもしれないが)とにかく眩しくて顔がよく見えない。
辛うじて見える口元には、白く長い髭がたくわえられている。つなぎ目がよくわからない白い長衣。髭を弄るような仕草をしているので、痩せた骨ばった手がなんとか確認できた。
周囲の人、コレ眩しくないの?!
俺、いまスゴイ目がシバシバしてるんだけど。
『よく聞くのじゃ。儂は何を隠そう、神じゃ』
ああ、なんだよ夢か……。
一瞬で白けた俺にはお構いなしで、声は続いた。
『この飛行機は間もなく不時着する。その際、シートベルトの不具合でおぬしだけが#運悪く__・__#死ぬ予定だ』
自称神とやらに、なんだかスゴイ理不尽な事を言われている気がするが、とにかく辺りが眩しくて目が開いていられなくなってきた。それと同時に、だんだん意識まで混濁していくようだった。
さっきまで言葉として聞こえてきた声が、なんだか飛び飛びのレコードのように雑音混じりになっていく。
『……世界の整合性が……つじつま……引き合って……だが、儂が手……、儂が助け……、儂が、儂の』
ダメだ、まともに頭に入ってこない……。
ともかく、爺さんが自分スゴイ、エライって自画自賛しているのはよくわかった。
もうすでに視界は真っ白に塗りつぶされて、息さえもまともに出来ない状況になってきた。
そして、次の瞬間――、激しく身体を揺さぶられ、宙に浮いたと思ったら耳をつんざく轟音が響き渡り、俺の意識はあっけなく暗転したのだった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
58
-
-
34
-
-
55
-
-
140
-
-
20
-
-
238
-
-
314
-
-
127
-
-
4
コメント