蔵書一万冊を多分超えるであろう元書店員のお勧めマンガ

彦猫

その三十一 ドラフトキング  クロマツテツロウ 集英社

 グランドジャンプという雑誌がある。連載陣を見るに、おっさんの懐古趣味があふれたような陣容となっている。
 ちょいと前まではキャプテン翼をやっていたし、プレイボール2なんてやってる。
 王様の仕立て屋の第4シーズンも連載してるし、一昔前にそこそこ当てた人が、そこそこ面白い作品を連載していることが多い。だがどうにも、枯れた作家の隠居場という印象が拭えない。


 私が最初これをコンビニで手にしたのは、プレイボール2がどんなものか読むつもりであったからだ。
 マンガ喫茶では2巻までしか棚になく、続きを見ようと思ったからだ。
 実のところ、そこそこ読める作品はあった。ラジエーションハウスは中でも特に面白い。ドラマ化したので見た人もいるだろうが、モリタイシの絵柄が進化して、女の子が可愛い作品である。いや、真面目な医療マンガだが。


 古びた雰囲気の中で、もう一つ光る作品がある。それがドラフトキングである。
 超人野球から水島がドカベンなどでかなりリアルに寄せた野球マンガは、既にドカベンなどははるかに超えて現実的な、根性論や才能論を廃した、現実的で心技体をクローズアップした作品へとなっている。
 おそらくだが、契機となった作品はクロカンあたりだろうか。ラストイニングもその後にあったし、同じ三田作品では砂の栄冠、またおおきく振りかぶってが大ヒットしたこともその要因となっているだろう。


 もはや野球マンガは、水島でさえも手が届かない、野球頭脳が必要なものとなっている。
 あのあだち充でさえ、二番手投手をチームメイトに必要とする時代なのだ。






 そんな中で野球マンガでありながら、これまでになかった分野を切り拓いているのが、この作品である。


 主人公は、プロ野球球団の関係者であるが、ピッチャーでもキャッチャーでもない。そもそも選手でもないし、監督やコーチでもない。
 しかし彼に必要なのは、選手を見抜く目である。つまりスカウトが主人公であるのだ。


 実質的にこのマンガの主人公は、二人のスカウトの視線から語られる。
 片や業界屈指の野球理論と眼力を持ち、さらに直感にまで優れる敏腕ベテランスカウト郷原と、元プロ野球選手ながら目が出ることなく解雇され、球団職員となってスカウトとなった神木である。
 神木は元プロ野球選手、ドラフト3位の指名で入団しながらも、郷原には「プロでは通用しない」と言われ、事実実績を残せずにスカウトをしている。
 そんな未熟な神木と、能力と素質を見抜く郷原の、二人の視点から物語は語られる。


 この作品はプロのスカウトの話でありながら、実際は中学生の中から既に才能ある選手を見出したり、その選手の持つ真の素質について語られる。
 裏工作などもあり、業界の世知辛い現実なども描写されるが、これまでなかった分野だけに、郷原などのごく一部のスカウトの鑑定スキルとまで思われる眼力を別にしては、かなりのリアル寄りである。
 何よりいいのは、スカウトを主人公に置くことによって、次々と魅力的な選手を描写していくところだろう。今までの野球マンガでは、どうしても同じ選手にばかり当てられるスポットライトが、次々に変化していくのだ。
 最初のエピソードでは、高校レベルならばともかくプロでは通用しないと思われていた、強豪校の二番手投手がクローズアップされる。
 次は社会人野球の即戦力、その切ない現実が描かれる。
 スポットライトの当てられる選手はどんどん変わっていくが、既に登場した人物がそれと関わっていくことで、物語に奥行きが出てくる。
 個人的に一番好きなエピソードは、不良債権化しつつあったドラ1投手を、神木が郷原から得られた薫陶を考え、再生するエピソードである。


 作品の中で語られる、プロとして最も必要なものは、一つでもいいから突出した能力と、ブレないメンタルである。
 フィジカルやテクニックというのは、ある程度はあって当たり前のものとして語られる。
 そして成功する選手と失敗する選手の描写で、それに説得力を与えているのだ。






 単純な根性論が通用しない世界に、日本もようやく変化してきた。
 しかしそれは、精神力がスポーツに必要ないという意味ではない。
 メンタルを鍛えるという面で一番描写がある野球マンガは、おおきく振りかぶってだと思う。


 逆にメンタルの描写が薄いというか、古臭いものこそが、冒頭で挙げたプレイボール2ではないだろうか。
 かの作品はノックやバッティングなどは、とにかく前に出ろという根性論から発生している。
 より近い場所からノックすることによって守備を鍛え、ピッチャーを近くから投げさせることによって、バッティングを鍛えている。
 これがどれだけ非現実的な練習かは、全ての野球指導者が分かっていなければいけないものだ。


 野球というスポーツを題材に作品を作るのであれば、もはやそれは単純な、試合だけを描写するのでは足りないのだ。
 周辺エピソードをこそ重視するあだち作品などは実際には野球をギミックとしたラブコメだと思うが、いまだに野球マンガにおいては、古い知識だけで語ろうという作者がいる。
 それに対してドラフトという、金銭と結果がはっきりと分かる部分を重視し、そのためのスカウトの活動をこの作品は、大変に面白いものである。


 あと、ヤキュガミが打ち切られたこと、私はいまだに許していない。

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