【コミカライズ】恋に恋する侯爵令嬢のこじらせ恋愛
王太子の恋わずらい5
それから五日後。
カトリーナは隣町にやってきていた。
今日はクリストファーと待ち合わせしているのではない。
(レオンにはどんな色が似あうかしら?)
今日の目的は、毛糸を物色することにあった。
いつも親身になって恋愛相談にのってくれるレオンハルトへのお礼に、ブランケットを編もうと思ったのだ。
まだこれから夏の盛りに向かうという時期であるが、カトリーナは編み物があまり得意ではなく、仕上がるまで時間がかかるため、早くから取り掛からないと冬に間に合わなくなる。
(白? うーん、淡いブラウンも捨てがたいわ。あら、このモスグリーンも素敵)
何色か取り合わせて、模様も入れるつもりだが、何がいいだろう?
悩んでいると楽しくなって、カトリーナは毛糸が並ぶ店内をきょろきょろと見渡す。
(そういえばレオン、ひまわりが好きって言っていたわ。冬の花じゃないけれど、ひまわりの柄にしようかしら?)
ふと思いついたことだったが、カトリーナは自分の思いつきにいたく満足した。朗らかに笑う太陽のようなレオンハルトに、ひまわりはよく似合いそうだ。
カトリーナはベースを淡いブラウンに、花びら用の黄色と、葉の部分用には落ち着いたモスグリーンの毛糸を買って、紙袋を大切そうに抱えて店を出た。
「レオン、喜んでくれるかしら?」
荷物を持つと言ってくれるアリッサに首を横に振って、カトリーナは嬉しそうに訊ねる。
「それはお喜びでしょう。……婚約破棄までしておいてまったく意味がわかりませんが、殿下はお嬢様にご執心のようですし」
「え? 何か言った?」
アリッサが最後に小声で何かぼそぼそと言ったようだが、カトリーナにははっきりと聞き取れず首をひねる。
「いいえ何も」
アリッサはそらっとぼけた。
「それはそうと、お嬢様はクリス様がお好きなんですか、それとも殿下でしょうか」
「あら、突然何を言うの? もちろんクリス様よ!」
「そうですか?」
アリッサはカトリーナが大切に抱えている毛糸の入った紙袋を見やる。レオンハルトにブランケットを編むと言ったが、クリス用の毛糸は購入していない。彼に何かを編もうという考えはカトリーナの中にはないようだった。
もちろん、それを指摘すれば、ハッとしたカトリーナが慌てて毛糸屋に引き返すのは目に見えているので、アリッサは黙っておく。
「お嬢様は殿下とお話しされているとき、とても楽しそうですので」
「それはそうよ! レオンったら面白いんですもの。あんなに面白い人だなんて知らなかったわ。そうそう、昨日はね、庭のひまわりがもうすぐ咲きそうだから見に行ったら、そこに毛虫を見つけて悲鳴を上げたのよ。男性なのに毛虫とか芋虫が嫌いなんですって。うにょうにょした動きを見ていると鳥肌が立つんだーって言うの。もうおかしくって!」
もちろんカトリーナも毛虫が嫌いなので、二人そろって毛虫を見つめてどうすることもできずにいたら、エドガーが涼しい顔でそれを地面に落とし、靴の底でつぶしてしまったのだ。
レオンハルトとカトリーナが二人そろってエドガーに尊敬のまなざしを向ければ、彼はあきれたような、それでいて少し照れたような表情を浮かべていた。
そのときのことを思い出してクスクスと笑っていると、アリッサにため息をつかれてしまった。
「……仲がよろしいようで」
「ええ、大親友なのよ!」
「大親友まで昇格したんですか……、いえ、むしろ殿下にとってそれは降格でしょうね」
はあ、とアリッサはまたため息をつく。
カトリーナは意味がわからないようにキョトンとしていたが、気を取り直したように、馬車を止めているところまで歩きながら、レオンハルトとの面白いエピソードをアリッサに語る。
「あとね、レオンに上手なブランコの漕ぎ方を教えてもらったのよ」
「お嬢様、淑女がブランコに乗らないでください」
「あら、いいじゃない。レオンしか見ていないもの」
「……あの方は一応、この国で国王様の次に偉い方なんですけどね」
「まあ、確かにそうね! でもレオンったらちっとも偉ぶらないんですもの。とっても気さくなのよ。きっと将来は国民に愛される素敵な国王様になれるわね!」
「多少変わった方であるのは否定しません」
「変わっているのではなくて、気さくなのよ、アリッサ」
カトリーナは銀色の髪をふわふわと風になびかせながら歩いていく。鍔の大きな帽子をかぶっていてカトリーナの顔は周囲の人にはっきりと見えないだろうが、見事な銀髪は注目を集めるらしく、先ほどからちらほらと――特に男性の――視線を集めていた。
アリッサは大切なお嬢様が妙な男に声をかけられないよう、周りを睨みながら歩くのだが、カトリーナ自身は非常に疎いため、まったく気づいていない。
さすがに堂々とあとをつけてくるような男はいなかったが、カトリーナが馬車に乗り込むまで彼らの不躾な視線は続いた。
アリッサはカトリーナとともに馬車に乗り込むと、馬車の帳をしっかりと下ろす。
馬車が動き出すと、カトリーナは買ったばかりの毛糸を袋から取り出して、出来上がりを想像しては楽しそうにニコニコしていた。
(編み物なんて久しぶりね。うまくできるかしら?)
教養の一つとして編み物や縫物、刺繍などは一通り学んだのだが、カトリーナにはそちらの才能はまったくなく、一つ仕上げるのに人の何倍の時間がかかってしまう。そのぶん丁寧に作業を進めていくため、仕上がりはとてもきれいだと教師に褒められたが、手袋を編んだ時は、晩秋に編みはじめたというのに、出来上がったのは冬の終わりで、ほとんど使うことなく時期が終わってしまった。
しかし今回は自分で使うのではなく、レオンハルトにプレゼントするのだから、何が何でも冬がはじまる前までには仕上げたい。
(恋愛小説も、しばらくお休みかしらね)
それは少しつまらないが、ブランケットをあげたときのレオンハルトが喜ぶ顔を想像すると我慢できる気がした。
「ねえアリッサ、あなた編み物得意だったわよね? 久しぶりだから教えて―――」
うきうきとカトリーナはアリッサに話しかけたが、馬の高い嘶きの声とともに馬車が大きく揺れて、馬車の座席へ横に転がってしまった。
「お嬢様! ―――何事ですか!?」
アリッサがカトリーナを助けおこしながら、御者に向かって声を張り上げる。
しかし御者からの返答は何もなく、馬車はしばらくして完全に停止した。
アリッサは御者に文句を言おうと御者台側の窓の帳を開けて、そこに座っているべき男の姿がないことに気がつくと、さっと表情を強張らせる。
帳を下ろして、アリッサはカトリーナを抱きしめた。
「お嬢様、何かが変です」
カトリーナも異変には気づいていて、小さく頷くと、帳が下ろされている薄暗い馬車の中で息をひそめる。
やがて、がたがたという音がしたと思えば、馬車の扉が乱暴に開けられた。
「カトリーナ・アッシュレインだな? おとなしくしていれば危害は加えない。こちらに来てもらおうか」
カトリーナは全身黒ずくめの男の顔を見て、息を呑んだ。
カトリーナは隣町にやってきていた。
今日はクリストファーと待ち合わせしているのではない。
(レオンにはどんな色が似あうかしら?)
今日の目的は、毛糸を物色することにあった。
いつも親身になって恋愛相談にのってくれるレオンハルトへのお礼に、ブランケットを編もうと思ったのだ。
まだこれから夏の盛りに向かうという時期であるが、カトリーナは編み物があまり得意ではなく、仕上がるまで時間がかかるため、早くから取り掛からないと冬に間に合わなくなる。
(白? うーん、淡いブラウンも捨てがたいわ。あら、このモスグリーンも素敵)
何色か取り合わせて、模様も入れるつもりだが、何がいいだろう?
悩んでいると楽しくなって、カトリーナは毛糸が並ぶ店内をきょろきょろと見渡す。
(そういえばレオン、ひまわりが好きって言っていたわ。冬の花じゃないけれど、ひまわりの柄にしようかしら?)
ふと思いついたことだったが、カトリーナは自分の思いつきにいたく満足した。朗らかに笑う太陽のようなレオンハルトに、ひまわりはよく似合いそうだ。
カトリーナはベースを淡いブラウンに、花びら用の黄色と、葉の部分用には落ち着いたモスグリーンの毛糸を買って、紙袋を大切そうに抱えて店を出た。
「レオン、喜んでくれるかしら?」
荷物を持つと言ってくれるアリッサに首を横に振って、カトリーナは嬉しそうに訊ねる。
「それはお喜びでしょう。……婚約破棄までしておいてまったく意味がわかりませんが、殿下はお嬢様にご執心のようですし」
「え? 何か言った?」
アリッサが最後に小声で何かぼそぼそと言ったようだが、カトリーナにははっきりと聞き取れず首をひねる。
「いいえ何も」
アリッサはそらっとぼけた。
「それはそうと、お嬢様はクリス様がお好きなんですか、それとも殿下でしょうか」
「あら、突然何を言うの? もちろんクリス様よ!」
「そうですか?」
アリッサはカトリーナが大切に抱えている毛糸の入った紙袋を見やる。レオンハルトにブランケットを編むと言ったが、クリス用の毛糸は購入していない。彼に何かを編もうという考えはカトリーナの中にはないようだった。
もちろん、それを指摘すれば、ハッとしたカトリーナが慌てて毛糸屋に引き返すのは目に見えているので、アリッサは黙っておく。
「お嬢様は殿下とお話しされているとき、とても楽しそうですので」
「それはそうよ! レオンったら面白いんですもの。あんなに面白い人だなんて知らなかったわ。そうそう、昨日はね、庭のひまわりがもうすぐ咲きそうだから見に行ったら、そこに毛虫を見つけて悲鳴を上げたのよ。男性なのに毛虫とか芋虫が嫌いなんですって。うにょうにょした動きを見ていると鳥肌が立つんだーって言うの。もうおかしくって!」
もちろんカトリーナも毛虫が嫌いなので、二人そろって毛虫を見つめてどうすることもできずにいたら、エドガーが涼しい顔でそれを地面に落とし、靴の底でつぶしてしまったのだ。
レオンハルトとカトリーナが二人そろってエドガーに尊敬のまなざしを向ければ、彼はあきれたような、それでいて少し照れたような表情を浮かべていた。
そのときのことを思い出してクスクスと笑っていると、アリッサにため息をつかれてしまった。
「……仲がよろしいようで」
「ええ、大親友なのよ!」
「大親友まで昇格したんですか……、いえ、むしろ殿下にとってそれは降格でしょうね」
はあ、とアリッサはまたため息をつく。
カトリーナは意味がわからないようにキョトンとしていたが、気を取り直したように、馬車を止めているところまで歩きながら、レオンハルトとの面白いエピソードをアリッサに語る。
「あとね、レオンに上手なブランコの漕ぎ方を教えてもらったのよ」
「お嬢様、淑女がブランコに乗らないでください」
「あら、いいじゃない。レオンしか見ていないもの」
「……あの方は一応、この国で国王様の次に偉い方なんですけどね」
「まあ、確かにそうね! でもレオンったらちっとも偉ぶらないんですもの。とっても気さくなのよ。きっと将来は国民に愛される素敵な国王様になれるわね!」
「多少変わった方であるのは否定しません」
「変わっているのではなくて、気さくなのよ、アリッサ」
カトリーナは銀色の髪をふわふわと風になびかせながら歩いていく。鍔の大きな帽子をかぶっていてカトリーナの顔は周囲の人にはっきりと見えないだろうが、見事な銀髪は注目を集めるらしく、先ほどからちらほらと――特に男性の――視線を集めていた。
アリッサは大切なお嬢様が妙な男に声をかけられないよう、周りを睨みながら歩くのだが、カトリーナ自身は非常に疎いため、まったく気づいていない。
さすがに堂々とあとをつけてくるような男はいなかったが、カトリーナが馬車に乗り込むまで彼らの不躾な視線は続いた。
アリッサはカトリーナとともに馬車に乗り込むと、馬車の帳をしっかりと下ろす。
馬車が動き出すと、カトリーナは買ったばかりの毛糸を袋から取り出して、出来上がりを想像しては楽しそうにニコニコしていた。
(編み物なんて久しぶりね。うまくできるかしら?)
教養の一つとして編み物や縫物、刺繍などは一通り学んだのだが、カトリーナにはそちらの才能はまったくなく、一つ仕上げるのに人の何倍の時間がかかってしまう。そのぶん丁寧に作業を進めていくため、仕上がりはとてもきれいだと教師に褒められたが、手袋を編んだ時は、晩秋に編みはじめたというのに、出来上がったのは冬の終わりで、ほとんど使うことなく時期が終わってしまった。
しかし今回は自分で使うのではなく、レオンハルトにプレゼントするのだから、何が何でも冬がはじまる前までには仕上げたい。
(恋愛小説も、しばらくお休みかしらね)
それは少しつまらないが、ブランケットをあげたときのレオンハルトが喜ぶ顔を想像すると我慢できる気がした。
「ねえアリッサ、あなた編み物得意だったわよね? 久しぶりだから教えて―――」
うきうきとカトリーナはアリッサに話しかけたが、馬の高い嘶きの声とともに馬車が大きく揺れて、馬車の座席へ横に転がってしまった。
「お嬢様! ―――何事ですか!?」
アリッサがカトリーナを助けおこしながら、御者に向かって声を張り上げる。
しかし御者からの返答は何もなく、馬車はしばらくして完全に停止した。
アリッサは御者に文句を言おうと御者台側の窓の帳を開けて、そこに座っているべき男の姿がないことに気がつくと、さっと表情を強張らせる。
帳を下ろして、アリッサはカトリーナを抱きしめた。
「お嬢様、何かが変です」
カトリーナも異変には気づいていて、小さく頷くと、帳が下ろされている薄暗い馬車の中で息をひそめる。
やがて、がたがたという音がしたと思えば、馬車の扉が乱暴に開けられた。
「カトリーナ・アッシュレインだな? おとなしくしていれば危害は加えない。こちらに来てもらおうか」
カトリーナは全身黒ずくめの男の顔を見て、息を呑んだ。
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