旦那様は魔王様

狭山ひびき

16

 エルザは離宮を見上げて、きゅっと唇をかんだ。

 遠くで梟の鳴く声が響いている。

 ジェイルの心臓に杭を突き刺すため、再び離宮に忍び込もうと思ったのだが、離宮全体に結界が張られていて、どこからも忍び込むことができなかった。

 おそらく、魔王シヴァの力だろう。エルザがどうこうできるようなものではない。

(陛下が来るなんて、聞いてないわ……)

 シヴァは自ら率先して厄介ごとに首を突っ込むような性格ではない。だが、目の前で起こっている面倒ごとを見て見ぬふりをするような人でもなかった。エルザが派手に動けば、重たい腰を上げるのは目に見えている。

 だからと言って、エルザはあきらめるわけにはいかないのだが。

 エルザは手に持った木の杭をぎゅっと握りしめる。

 ――エルザ。

 優しく甘いジェイルの声を思い出して、ぐっと奥歯をかみしめた。

 ジェイルは、エルザが物心つくときには、すでにそばにいた。

 年がとても離れているので、兄のような存在だった彼は、いつも優しかった。

 小さい頃はいつもそばにいて、おままごとにもつきあってくれたし、本も読んでくれた。

 エルザはジェイルの家の使用人の娘だったのに、彼はいつもエルザをそばにおいてくれて、妹のように甘やかしてくれた。

 ――大好きだよ。

 はじめて、女の子としてではなく、女性としてそう言われたのは、エルザが十八のときだった。

 そのころには、ジェイルは邸から離宮の方へ移り住んでおり、エルザも彼の身の回りの世話をするという名目でついてきていた。

 ジェイルは地下の棺桶の中で寝起きするという変な趣味を持っているが、それ以外は地下から上がってきてエルザの相手をしてくれたし、食事も一緒に取ってくれていた。

 そして、十八の誕生日の日、ジェイルに好きだと言われたのだ。ジェイルの目の色ように、血のように赤いバラの花束と一緒に。

 好きだと、言ったくせに――

(許さない)

 エルザは離宮を見据えると、くるりと踵を返した。

 今は結界が邪魔で入れない。作戦を練るしかない。

(絶対、心臓に杭を突き立ててやる―――)

 森の奥に駆けていきながら、エルザは強く心に誓った。


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