旦那様は魔王様

狭山ひびき

13

 沙良の悲鳴を聞きつけたシヴァが、慌てて空間移動で駆けつけたとき、沙良の悲鳴を聞いた少女は身を翻して逃げるところだった。

 シヴァの視界を白いワンピースの少女が横切って行ったが、シヴァにとって怯える沙良に駆け寄ることが優先事項だったので、少女のことはそのまま捨ておいた。興味がないからだ。

 だが、その髪色だけはしっかりと目に焼き付けて、なるほど、エルザと言われればそうかもしれないと一人納得した。

「大丈夫か」

 シヴァが問いかけると、沙良は勢いよく抱きついててきた。

「シヴァ様! 出た! 出ました! お化けぇ!!」

 シヴァにしがみついてプルプル震えている沙良の背を、シヴァが落ち着かせるように撫でる。

「沙良、落ち着け、あれはおそらくお化けではない」

「でも……!」

 シヴァは沙良を抱き上げ、ソファに腰を下ろした。

 ゼノがエルザらしき人影が走り去った廊下の方を見に行って、やがて首を振りながら戻ってくる。

「もう、どこかに行かれたようですね」

 シヴァは嘆息して、ゼノに訊いた。

「顔を見たか?」

「はい」

「……エルザ、か?」

 ゼノは困ったような表情を浮かべた。

「そのようですね……」

「いったいどうなっている?」

 シヴァには何が起こっているのか全く分からなかった。

 ゼノはこほんと一つ咳払いをして、言いにくそうに口を開いた。

「それが……」

「シヴァ様、どうされました?」

 しかし、ゼノが事情を説明しようとした矢先、廊下から一人の男が入ってくる。

 沙良はその男の顔を見て、ひっと小さな悲鳴を上げた。

 黒髪に、真っ赤な目をした男だった。顔立ちは繊細な作りで、彫刻のように整っているのだが、血の気のない真っ白な肌が蝋人形のように見えて、お化けだと思っている少女を見たばかりで動揺している沙良には、彼もお化けのように見えたのだ。

 ますますしがみついてきた沙良に、シヴァは苦笑した。

「沙良、あれもお化けではない。俺の遠縁だ」

「遠縁?」

「親戚だ」

 沙良はシヴァの親戚と聞いて、ようやく肩の力を抜いた。言われてみると、目鼻立ちがどことなく似ているような――気が、しなくもない。

「こいつはなぜか、この離宮が気に入っていて、ほとんど年中ここに住んでいるんだ」

 沙良は首を傾げた。住んでいると言うが、今まで会わなかった。

 その疑問を口にすると、シヴァがあきれ半分で答えてくれた。

「この馬鹿は、大体いつも地下の部屋に閉じこもっていて滅多に出てこないからな」

「地下は涼しくて静かですごしやすいんですよ。シヴァ様も一度暮らしてみればいいのに」

「断る」

 シヴァはにべもなく即否定した。

 男は沙良に微笑みかけた。

「はじめまして、沙良ちゃんだっけ? ジェイルです。様付けで呼ばれるのは苦手だから、ジェイルって呼んでね」

「ジェイル……さん?」

「うん、まあそれでもいいや」

 ところで――と、ジェイルは沙良の細い首筋に視線をやって、キラリと目を光らせた。

「君の血、飲んでいいかな?」

 ジェイルが薄く開いた口からは、鋭い犬歯が二本覗いている。

 シヴァがあきれたように額を抑えてため息をついた。

 沙良は時間が止まったかのように沈黙したのち――

「いやあああああああ!」

 沙良は顔を真っ青にして泣き叫んだのだった。

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