旦那様は魔王様

狭山ひびき

12

アスヴィルが去った後にやってきたミリーによって、沙良はなぜか、ミリアムが用意したというエプロンドレスに着替えさせられた。

紺色のスカートに白いフリフリしたエプロンの、メイドが着ていそうなエプロンドレスである。

もっと謎なことに、頭にカチューシャをつけられて、髪をツインテールにされた。

(……メイドさん?)

なぜ、ティータイムに行くのに、メイドの格好なのだろうか。

沙良は以前、シヴァの愛人にメイドに間違えられたことはあったが、こうしてメイドの格好をするのははじめてだった。

だが、何事もスローテンポの沙良が、なぜメイドの格好なのかと問いただす前に、「行ってらっしゃい~」とミリーによってポンッと庭の迷路に飛ばされる。

沙良は、一瞬後に迷路の中にある四阿あずまやの前に立っていた。

目の前の四阿は、白い柱が何本も立っていて、大きな鳥かごのように見える。

四阿の中にはベンチと、真ん中に丸いテーブルがあった。

ミリアムの手紙にもあった通り、四阿の周りを取り囲んでいる蔓薔薇つるばらは、白やピンクの花を咲かせていて、とても幻想的な光景だ。

ミリアムはまだ来ていないようである。

沙良はテーブルの上にバスケットをおくと、ミリアムを待っているあいだ、薔薇の花を見て楽しむことにした。

写真や絵では見たことがあるが、実は、本物の薔薇の花を見るのはこれがはじめてなのだ。

「いい匂い……」

たくさんの薔薇が咲いているからか、あたり一帯、沙良の大好きな香りがする。

一輪手折って帰ったら怒られるかな、と沙良が白薔薇の前で真剣に悩んでいると、背後から足音が聞こえてきた。

ミリアムが来たのだろうか、と振り返った沙良は、そこにいた人物に目を丸くした。

「シヴァ様……?」

いつの間にか、沙良の背後にシヴァがいた。

シヴァと会うのは、ミリーに嵌められて同じベッドで眠ることになった日以来で――、シヴァの顔を見て、その時のことを思い出した沙良は、ボンッと顔を染めた。

抱きしめられた時のシヴァの体温までまざまざと思い出してしまった。

(ミリーのばかぁ……)

恥ずかしくて、シヴァの顔がまともに見れない。

「どうしてお前がここにいる?」

シヴァに訊ねられて、沙良は反射的にシヴァの顔を見上げてから、ぱっと視線を落とした。

「み、ミリアム様に、お茶に誘われたんです……」

四阿のテーブルの上のバスケットを指さすと、シヴァは怪訝な顔をした。

「俺はアスヴィルに話があるからと呼び出されたんだが……、ああ、なるほど」

はぁー、とシヴァは長く息を吐いた。

「つくづく、あの馬鹿どもはろくなことをしないな……」

独りちて嘆息するシヴァに、沙良は首をひねる。

シヴァは苦笑して「また嵌められたんだ」と答えると、四阿のベンチに腰を下ろした。

ぼーっと立っているのもおかしな気がして、沙良もシヴァの隣にちょこんと座る。

「あのー、嵌められたって……?」

「ああ、あの馬鹿二人は、俺とお前が鉢合わせするように仕向けたんだろうよ。次から次へと、あの手この手でご苦労なことだ……」

「つまり、ミリアム様は、こないんですか?」

「そうだ」

シヴァに即答され、沙良はバスケットに視線を投げた。

シヴァも沙良の視線の動きに気がついてバスケットを見やる。

「それは?」

「お菓子です。お茶会用の」

沙良は少し考えてバスケットを開けた。クッキーやケーキをシヴァに見せる。

「またずいぶんと持ってきたな」

「はい。……せっかくだから、シヴァ様、食べませんか?」

シヴァはバスケットの中身を見た。そこにはシヴァの好きなチョコチップクッキーも入っている。

シヴァは無言でパチンと指を鳴らした。

次の瞬間には四阿のテーブルの上に二人分のティーセットがあらわれた。

シヴァは何も言わなかったが、沙良はティーセットが登場したことにホッとした。これはシヴァの同意だ。

沙良はバスケットの中をのぞいて、一番気になっていたフルーツケーキを手に取った。

シヴァも当然のようにチョコチップクッキーを手にする。

「シヴァ様はよくここにくるんですか?」

甘いお菓子と紅茶でリラックスした沙良は、にこにことシヴァに訊ねた。

「たまにな」

「すてきなところですよね。わたし、本物の薔薇を見たの、はじめてなんです! きれいだし、いい匂いだし、ここ、大好きになりました」

「そうか」

「また、来てもいいですか?」

シヴァは、ふっと小さく笑った。

「好きな時に来ればいい。ただし、来るときは誰かと一緒にしろ。周りの迷路で迷うぞ」

「はいっ」

シヴァは黙っていたら相変わらず冷たい雰囲気で少し怖いが、こうして微かにでも笑ったときの顔はとても優しい。

沙良は嬉しくなり、幸せな気持ちでフルーツケーキにかぶりついた。

バターがたっぷり使ってあるフルーツケーキは、フワフワだけどしっとりしていて、甘くて、中に入っているドライフルーツの酸味も絶妙だ。

思わず沙良の顔がにやける。

いつも思うが、アスヴィルの作るお菓子は絶品だ。

お菓子を作るアスヴィルの姿は、正直まだ違和感が強い。背が高くて筋肉質で厳つい顔をした彼が、どうしてこんな繊細な味のお菓子を作り出せるのか、沙良はいまだに不思議で仕方がない。

しかし、こんなにおいしいお菓子を毎回差し入れてくれるアスヴィルに、沙良はとても感謝していた。

アスヴィルは、見かけによらず繊細で、ミリーの言葉を借りるなら「オトメン」で、とても優しいのだ。

幸せそうな顔をしてケーキを頬張る沙良を見て、シヴァは微苦笑を浮かべた。

「うまいか?」

「はい!」

「よかったな」

そう言いながら、シヴァもチョコチップクッキーを口に入れる。――ややして、シヴァは眉間に深く皺を刻んだ。

「沙良、もう食べるな」

そう言ったがすでに遅く、沙良は一つ目のフルーツケーキを食べ終えたあとだった。

「どうかしたんですか?」

沙良は首をかしげながら、少しだけ頭がふわふわするなと思った。

酒は飲んだことはないが、酒を飲んで酔ったときはこんな感じなのだろうか――そんな、酩酊したような感覚だ。

どうしたのかな、と思っているうちに酩酊に似た感覚はひどくなって、徐々に目が回りはじめる。

「チッ」

シヴァは舌打ちして、体がぐらぐら揺れはじめた沙良を膝の上に抱きかかえるようにして支えた。

頭の中が靄がかったようにぼんやりしている沙良の耳に、忌々し気なシヴァの声が届いた。

「あの馬鹿どもが―――、まったく、ろくなことをしない……!」

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