旦那様は魔王様

狭山ひびき

19

――お前は俺の、花嫁だよ。

聞き間違いでなかったのならば、シヴァは確かにそう言った。

(花嫁……)

驚きすぎて、涙は引っ込んでしまった。

沙良はぽかんとシヴァを見上げる。

(生贄じゃなくて、花嫁……。妻……、奥さん?)

信じられないことだが、沙良はいつの間にか人妻になっていたらしい。

その相手は、目の前にいる恐ろしく綺麗だが冷たい顔をした魔王様のようだ。

シヴァは沙良が泣き止んだと知ると、沙良を抱えたままゆっくりと立ち上がり、再び階段を上りはじめた。

シヴァに横抱きで運ばれながら、沙良は混乱する頭の中を整理しようと試みた。

つまり、あれだ。

沙良は十七歳にして、魔王様のお嫁さんになってしまったようだ。

(そんな、ばかな……)

悲しい話だが、まだ生贄と言われた方がしっくりくる。

初対面の時にも言われたが、こんな「貧相」な自分を嫁にしなくても、魔王様の周りには綺麗な女性がたくさんいるはずだ。

たとえば、沙良を地下牢に閉じ込めた金髪のゴージャスな美女とか。

あまりに混乱しすぎて、沙良は部屋に到着するまで気がつかなかった。

「沙良様ぁああああ!」

部屋に到着すると、シヴァがそっと沙良を下におろすと同時に、ミリーが闘牛のように突進してきて沙良に抱きついた。

ぎゅうぅっと抱きしめられて、沙良は後ろに転びそうになる。

それを背後からシヴァが支えてくれ、どうにか転ばずにすんだ沙良は、ほっとしてミリーを見下ろした。

「よかったですぅ。もし沙良様に何かあったら、あの女八つ裂きにして、ミンチにして、ハンバーグにして、北の山のドラゴンの餌に……」

「やめておけ。これ以上はさすがに哀れだ」

忌々し気にミリーが言えば、ミリーの背後でため息まじりのアスヴィルがそれを遮った。

シヴァがアスヴィルに視線をやる。

「……何をしたんだ?」

「聞かない方がいいと思いますよ」

少なくとも、もうこの城には戻ってこない、とアスヴィルが告げると、沙良はびっくりした。

ミリーは沙良から少し離れると、勝ち誇ったようににんまりと笑った。

「沙良様を傷つけるものは、誰であろうと容赦しません!」

「………」

昼も少し思ったが、ミリーはもしかしたら凄い人なのではないだろうか。

沙良はミリーを見て、次にアスヴィルに視線を向け、最後にシヴァを振りかえった。

生贄と呼ばれたり、突然花嫁になったり、まだ頭の中はぐるぐるしているが、昨日の朝まで暮らしていた部屋と比べると、全然違う。

シヴァが、冷たいけれど、ちょっとだけ優しさが混じっている双眸で沙良を見つめ返した。

沙良は、ふわっと笑った。

――わたしは、十七歳の誕生日、魔王様の奥さんになっていました。

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