旦那様は魔王様

狭山ひびき

10

沙良さらは無言で背の高い男性を見上げていた。

顔立ちは整っているが、男の顔はかなりいかつい。

身長はシヴァと同じくらいだろうか?

だが、シヴァよりも筋肉質だ。

短めのツンツンしたシルバーグレーの髪に、青灰色の瞳。

見た目の年齢は二十代半ばくらいだろう。

お菓子作りの適任、とミリーに紹介された男は、どこからどう見ても甘いお菓子とかけ離れていた。

だが、これだけ厳つい顔立ちの男なのに怖くないのは、彼が片腕にミリーを抱き上げているからだろう。

「この人はぁ、七侯ななこうの一人の、アスヴィル様ですぅ」

聞きなれない単語が出てきて、沙良はミリーに視線を移した。

「七侯?」

「七侯っていうのはですねぇ、この世界には、七つの領地があって、そこにそれぞれ王様みたいな人がいるんですぅ。その王様たちを、魔王様とは区別して、七侯と呼びます。あ、一番偉いのは魔王様ですけど、一応この人たちも偉いんですよぉ」

偉いという割には全然敬ってはいない様子で、ミリーはアスヴィルのツンツンした頭をぺしぺしと叩いた。

叩かれでもアスヴィルは表情一つ変えない。

ここは、城の中にある一室である。

ミリー曰く、アスヴィルがシヴァにもらっている一室らしいのだが、その部屋は二つの部屋が続きになっていて、そのうちの寝室ではない方の部屋に沙良たちはいた。

なんというか、部屋の中は、ちょっと異様である。

深緑のカーテン、同じ色のソファと焦げ茶色のテーブル。このあたりは別段おかしなところは何もない。

問題は、このシックな部屋の中に、ピカピカに磨き上げられたキッチンが存在していることだ。

大理石だろうか。真っ白なキッチンは、どでん、と部屋のほぼ中央に鎮座していて、このキッチンのためだけの部屋ではないだろうかと思わせるほど自己主張している。

いろいろ言いたいことがあるが、何を言っていいのかわからずに、沙良の眉は八の字になった。

ミリーとアスヴィルは旧知の仲なのか、仲がよさそう――ほぼ無表情なアスヴィルには少しばかり疑問は残るが――に見える。

ぺしぺしと頭を叩かれ続けて嫌になったのか、アスヴィルは無言でミリーを下におろした。

「菓子作りをしたい……と?」

「は、はいっ」

ずっと無言だったアスヴィルが言葉を発して、沙良は無意識に姿勢を正した。

沙良の隣に来たミリーが「そんなかしこまる必要なんてないんですよぉ」と茶化しているが、どうしたって、この厳つい顔には緊張せざるを得ない。

アスヴィルはミリーに一瞥を投げたあとで、何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わずに口を閉ざした。

かわりに、アスヴィルは沙良に視線をやると、ふぅと嘆息した。

「そんな無駄に布面積の多い服で、菓子を作る、と?」

これには、ミリーが頬を膨らませて反論した。

「文句あるんですかぁ? 可愛いじゃないですか! なんですかぁ? わたしの趣味にケチをつけると?」

「……そういうことを言っているんじゃないんだが」

「じゃあなんですか!」

噛みつかんばかりの勢いでミリーが言えば、アスヴィルは少し困ったのか、眉間にしわを寄せた。

「お前はまったく料理をしないからわからないだろうが……」

「はあああ? 喧嘩ですかぁ? 喧嘩売ってるんですかぁ?」

アスヴィルに対して、ミリーはずいぶんと強気だ。

アスヴィルのことを七侯の一人で、偉いと言っていたが、ミリーの方が偉そうである。

「そうじゃない」

アスヴィルは、ゆっくりとした動作で沙良の袖を指した。

「これでは料理がしづらいと言ったんだ。この服を着せたいなら、あとにしろ。動きやすい服はほかにないのか? できれば、袖が邪魔にならないような」

「お菓子作りって袖関係あるんですかぁ」

めんどくさいなぁという言葉が聞こえてきそうなほどの声で言って、ミリーは渋々頷いた。

「仕方ありませんねぇ。ちょっと待っててくださいよぉ。服とってきますから。あ、わたしがいないうちに沙良様に変なことしたら、――殺しますよ」

「くだらない心配をしていないで、さっさと行け」

ふんっ、とミリーは鼻を鳴らして「待っててくださいねぇ、沙良様」と言い残し、ぽんっと消えた。

文字通り、その場から消えたのだ。

「……え?」

沙良は目を丸くした。

思わずきょろきょろと部屋の中に視線を彷徨わせると、アスヴィルが、

「空間を移動しただけだ。すぐ戻る」

何でもないことのようにそう告げる。

(これも魔法!?)

沙良が茫然としているうちに、再びぽんっとミリーが戻ってくる。

その手には、沙良が朝待ち望んでいたようなシンプルな白いワンピースがあった。

「はいはーい。仕方ないから、沙良様、着替えますよぉ。アスヴィル様ぁ、隣の部屋借りますからねぇ。覗かないでくださいねぇ」

「覗くか」

「ならいいんですぅ。さ、行きましょぅ」

沙良はミリーに背中を押されて、続きの部屋に入って行く。

ライムミントのドレスを脱がされて、膝丈の白のワンピースに着替えた沙良は、キッチンのある部屋に戻る前にミリーに訊いてみた。

「あの、ミリー。アスヴィル様って、本当に、お菓子作り教えてくれるんでしょうか……?」

アスヴィルは、お菓子作りではなく、人の殺し方を教えます、と言われた方がしっくりくるような外見である。

ミリーはカラカラと笑った。

「大丈夫ですよぉ。ああ見えて、かなりのオトメンですよ、あれはぁ」

オトメン。

再び出てきた聞いたことのない単語に、沙良は小さく首をかしげたのだった。

「旦那様は魔王様」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く