爵位目当ての求婚はお断りします!~庶民育ち令嬢と俺様求婚者のどたばた事件~

狭山ひびき

求婚者は猫かぶり4

エリザベスの作戦は、結果失敗に終わった。

いや、失敗以前の問題だった。

いかにしてレオナードに嫌われようかと立てた計画は、何一つとして実行に移すころができなかったからである。

それは、レオナードに会った三日後のことだった。

エリザベスは父親に頼まれて、近所にバターを買いに出かけていた。

狭い町のため、たいていの住民とは顔見知りで、エリザベスはバターを買うついでに見知ったご婦人方と立ち話をしていた。

時間は測っていなかったが、おそらく一時間以上は話し込んでいただろう。

するとそこへ、町の人間ではまず着ないだろう、高級そうなスーツに身を包んだ男があらわれた。

彼はエリザベスと見つけると、少し緊迫したような表情で、こう言った。

「お父様がお倒れになられました」

エリザベスは耳を疑った。

アダムは今朝もとても元気で、鼻歌を歌いながらパン生地をこねていた。エリザベスが買い出しに行く前も不調があるようには見えなかったのだ。

しかし、レオナードの執事と名乗るこの男は、レオナードが訪れたときにアダムが倒れていて、馬車で急いで病院に運んだという。

案内するから急いでついてきてくれと言われて、混乱と父が倒れたということへの恐怖からまともな判断ができなかったエリザベスは、言われるまま急いでついて行った。

そして、馬車に揺られること二時間弱。なぜこんなところまでと思わなくもなかったが、王都の大きな病院に案内されたエリザベスは、ベッドの上で横になっているアダムを見つけた。

「お父さん!」

慌ててベッドに駆け寄ると、思ったよりも元気そうな父の姿があった。

「リジー、驚かせて悪かったな」

「まったくよ! どこが悪いの? どうせ食べすぎとかじゃないの?」

元気そうな父の姿にホッとすると、いつものように憎まれ口が出てくる。

しかし、それに答えたのは、父のベッドの横に立っていたレオナードだった。そう言えば父をここまで運んでくれたのに礼の一つも言っていなかった。

「内臓のあたりが悪いようで、入院する必要があるそうです」

レオナードの発言に、エリザベスは愕然とした。

「なんですって? 入院? そんなに悪いの?」

そんなに悪そうには見えないけど――、と父を見れば、彼は少々バツの悪そうな表情を浮かべている。

「そ、そうなんだ……、だが、医療費が……」

「医療費……」

確かにそうだ。ここは王都にある、おそらく貴族たちも利用しているだろう一等病院のはずだ。治療費のみならず入院ともなれば、とてもではないがファージ家では払えない。

父には悪いが、入院はさすがに無理だろう。何とかして町の医者で見てもらうことはできないものか。そう思っていると、レオナードが助け舟を出した。

「大丈夫です。医療費は私が出しますよ」

「なんですって?」

赤の他人に医療費を出してもらうわけにもいかない。

申し出は嬉しいが、それは受けられないと断ろうとしたとき、なぜか弾んだような父の声が聞こえた。

「本当ですか!」

「ええ。もちろんです」

「それは助かります!」

父はこんなにも図々しい人間だっただろうか。

エリザベスは茫然として二人のやり取りを聞いた。

「しかし、私が入院するとなると、娘が家に一人になってしまいます。幼い子供ではないとはいえ、まだ若い娘ですから、心配で……」

「ええ、お察ししますよ」

「なかなかおてんばなもので、一人にすると何をしでかすかもわかりませんし」

「ええ、そうでしょうとも」

エリザベスはムッとした。父も父だが、何故この男が同調するように頷いているのだ。まだ会って二回目なのに、何がわかるという。失礼な!

「では、どうでしょう。治療が終わるまで、お嬢さんはうちでお預かりさせていただくと言うのは」

「おお! そうしていただけると助かります!」

「なんですって!?」

レオナードの申し出に、父はパッと顔を輝かせて、エリザベスは反対にひどく顔をしかめた。

だが、この話し合いにはエリザベスの存在は無視されるらしい。二人は続けた。

「一緒にすごしていただき、私のことを知ってもらえればこちらとしても願ったりですし」

「そうですな! リジー、そうしなさい!」

「………」

エリザベスに拒否権はなさそうだった。

エリザベスは非常に納得がいかなかったが、アダムの医療費と天秤にかけて、少しの間自分が我慢すれば丸く収まると思うことにした。

そのことをあとから多大に後悔したことは、言わずもがなである。

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