【電子書籍化、コミカライズ】悪徳令嬢に転生したのに、まさかの求婚!?~手のひら返しの求婚はお断りします!~
背水の陣の計画 7
ジーンからフリーデリックのことを聞いた翌日。
朝食を取り終えたあと、アリシアはフリーデリックとジョシュアとともに、城の執務室にいた。
昨夜、ジーンから聞かされた内容が頭を離れない。
フリーデリックが突然求婚してきた理由――、ユミリーナを守ろうとするからだと勝手に決めつけていたけれど、本当は、アリシア自身を見てくれていたのだと聞かされ、アリシアはどうしていいのかわからない。
昨日から心臓は動揺しっぱなしで、おかげで昨夜はあまり眠れず、今日は寝不足だった。
フリーデリックの顔を見るたびに鼓動が早くなるのは、妙に意識をしてしまうから。
好きだと言われた言葉に裏はなく、真実なのかもしれないと思ったら、彼の顔を、目を、直視することができなくなった。
「わたし、考えたのですけれど……」
昨夜ちっとも寝付けなかったせいで、ゆっくりと考える時間が取れた。アリシアは、目の前のテーブルにおかれた、しわくちゃになった国王の手紙に視線を落とす。
「このまま陛下の命令を無視し続けるわけにもいきませんわ。だから――」
「処刑は絶対になしだぞ。自殺もだ」
フリーデリックが硬い声でアリシアを遮る。
アリシアは小さく笑って、頷いた。わかっている。フリーデリックがそれを認めないことは、昨日の剣幕で充分に理解できた。そしてアリシアも――、ジーンの話を聞いたあとだからであろうか、頑なに自殺だとか処刑だとかを訴えるつもりはない。けれども、フリーデリックを反逆人にするつもりもなかった。
「わかっていますわ。だから――、わたし、一度城に行こうと思いますの」
「は?」
「君は、何を寝ぼけたことを言っているんだ?」
アリシアが言えば、フリーデリックとジョシュアが目を丸くする。
「寝ぼけてなどおりませんわ。ジョシュア、ユミリーナ王女は紅茶に毒を盛られたのでしょう?」
ユミリーナが毒を盛られた時のことは、昨日、ジョシュアから聞きだしていた。
ユミリーナが毒を盛られて、嘔吐して倒れたのは、午後、侍女たちと自室でティータイムをすごしているときだった。
侍女三人と、ユミリーナ、その場にいた四人が飲む紅茶にすべて毒が盛られており、四人が四人とも同じ症状――嘔吐して倒れたのち、高熱を出して寝込んだという。
幸い侍女の三人はすぐに回復したが、ユミリーナだけは、いまだに発熱が続き、起き上がることもままならない。
侍医がつきっきりで治療に当たっているが、今のところ回復の兆しが見えないとのことだった。
「紅茶に毒を盛れるなんて、城の内部の人間しか考えられませんわ」
「だから?」
ジョシュアが怪訝そうな表情を浮かべたまま、銀縁の眼鏡を押し上げる。
アリシアは目の前の紅茶を見つめて、銀のスプーンでかき混ぜた。
――毒殺によく用いられるヒ素は、硫砒鉄鉱から取り出す。そのため、硫黄成分が残るため銀のスプーンが黒く変色する。
王女の身の回りは銀食器が使われていたはずだ。この城のスプーンやフォークも銀が使われている。アリシアが今紅茶を混ぜているスプーンも、銀。
その銀が反応しなかったのならば、硫黄の含まれない別の毒。
何の毒かはわからないが、紅茶を変色させず、また銀も変色させないもの。犯人はおそらく、ユミリーナが普段から銀のスプーンを使っていることを知っていて、なおかつ、午後にティータイムの時間を取っていることをわかっている人物だ。
城で働く使用人の中でも、食器やユミリーナの行動まで知っている人物は、限られる。
「ジョシュア、あなたが言ったんですのよ。――ユミリーナ王女が、いったい誰に狙われているのか、と」
アリシアはスプーンをおき、紅茶を口に運ぶ。
「ユミリーナ王女に毒を盛った人物が特定されない限り、わたしは延々と疑われ続けるのですわ」
「だが……、だからといって、城になんて行けば、捕まりに行くようなものだ」
フリーデリックが眉を寄せる。
「城へ行くなら俺が行く。君が行く必要はない。もしも君に何かあったら――」
「あなた一人で行ってどうしますの。それこそ反逆者扱いで捕らえられるのがオチですわ」
「それについては俺もアリシア嬢に同意見だ。フリーデリックが一人で城に向かったところで、お前には何もできやしない」
ジョシュアが辛辣にアリシアに同調した。
フリーデリックはじろりとジョシュアを睨みつける。
「ではお前も来ればいいだろう」
「冗談じゃないよ。俺は勝機のないことはしない主義なんだ」
逆を言えば、勝機があれば手を貸してくれるということだ。
アリシアはジョシュアの何を考えているのかわからない榛色の瞳を見つめた。
「確かに、ただ城に向かっただけでは、わたしの言い分など聞き入れられず、犯人探しをする前に投獄され、処刑されるかもしれません」
「その言い方だと、『ただ』城へ向かうだけじゃないように聞こえるけど?」
「ええ――、もちろんです」
アリシアはゆっくりと目を閉ざす。
ユミリーナと三人の侍女――、同じ毒を盛られたのに、侍女三人は回復し、いまだに苦しんでいるのはユミリーナだけ。
何か理由があるはずだった。
例えば――、いまだにユミリーナは、何か微量の毒を盛られ続けている、など。
ジョシュアが昨日、ユミリーナを狙う犯人がいると言ったあと、今までのことを考えたアリシアは、もう一つ気になることができた。
なぜ――、ユミリーナは何度も毒を盛られているのに、後遺症もなく、死ぬこともなく、回復しているのだろうか、と。
毒を盛るというのならば、普通に考えて毒殺が目的だろう。
だが、もう何度も毒を盛られているのに、ユミリーナは死んでいない。
それはまるで――、殺さない程度に、毒の種類や量を調節しているかのようだった。
(理由がわからない……、でも、もしもわたしが誰かを毒殺するなら、きっと、必ず死ぬ量を与えるわ)
何度も毒を盛るなど、捕まるリスクが高すぎる。
アリシアが犯人だと思われているから今まで露見しなかったのだろうが――、ここまで繰り返していれば、何か証拠が見つかるはず。
ましてや、アリシアの推測通り、今もなおユミリーナに微量の毒が盛られ続けているというのならばなおさらだ。
ジョシュアに考えを話せば、彼は榛色の目を見張った。
「へえ……、なるほどね」
声には感心したような響きがある。
「でも、だからと言って君が行く理由がわからない」
「そうだ。そういう理由ならば、俺が陛下に伝えればいいだけの話だ!」
「ですから、それを伝えたところで陛下は信用しないでしょう?」
フリーデリックを見つめて、アリシアは苦笑する。アリシアのことを心配してくれていることは痛いほど伝わってくる。でも、こればかりはアリシアも譲れないのだ。
(わたしのせいで、あなたが捕まえられるのは……、どうしてかしら、とても嫌なの)
処刑が決まったとき、アリシアはあきらめた。どうやっても運命には逆らえないと。でも、少しは抗ってみようと思えたのは、きっと、フリーデリックが必死に守ろうとしてくれたから。
「もう一つ。……こちらの方が賭けかもしれません」
アリシアは声を落としてある作戦を口にする。
すべてを聞き終えたジョシュアは、眼鏡をはずすと、天を仰いで嘆息した。
「うわ、なにそれ。背水の陣もいいところだよ……」
「でも、これしかもう、方法がありませんわ」
アリシアは微笑む。それは、諦めの微笑みではなかったから、ジョシュアも最後には渋々了承した。
単身で敵陣に突っ込まんばかりだったフリーデリックも、低く唸ったのちに、アリシアにひく気がないとわかると、わかったと頷く。
アリシアは窓外に視線を向けると、青く澄み渡る空を睨んだ。
(さあ――、最後の勝負よ、王様)
今までは全戦全敗。でも、今度ばかりは負けられない。
アリシアは、不安で張り裂けそうな心臓の上をそっとおさえる。
きっと、大丈夫。
アリシアは今、一人ではないのだから――
朝食を取り終えたあと、アリシアはフリーデリックとジョシュアとともに、城の執務室にいた。
昨夜、ジーンから聞かされた内容が頭を離れない。
フリーデリックが突然求婚してきた理由――、ユミリーナを守ろうとするからだと勝手に決めつけていたけれど、本当は、アリシア自身を見てくれていたのだと聞かされ、アリシアはどうしていいのかわからない。
昨日から心臓は動揺しっぱなしで、おかげで昨夜はあまり眠れず、今日は寝不足だった。
フリーデリックの顔を見るたびに鼓動が早くなるのは、妙に意識をしてしまうから。
好きだと言われた言葉に裏はなく、真実なのかもしれないと思ったら、彼の顔を、目を、直視することができなくなった。
「わたし、考えたのですけれど……」
昨夜ちっとも寝付けなかったせいで、ゆっくりと考える時間が取れた。アリシアは、目の前のテーブルにおかれた、しわくちゃになった国王の手紙に視線を落とす。
「このまま陛下の命令を無視し続けるわけにもいきませんわ。だから――」
「処刑は絶対になしだぞ。自殺もだ」
フリーデリックが硬い声でアリシアを遮る。
アリシアは小さく笑って、頷いた。わかっている。フリーデリックがそれを認めないことは、昨日の剣幕で充分に理解できた。そしてアリシアも――、ジーンの話を聞いたあとだからであろうか、頑なに自殺だとか処刑だとかを訴えるつもりはない。けれども、フリーデリックを反逆人にするつもりもなかった。
「わかっていますわ。だから――、わたし、一度城に行こうと思いますの」
「は?」
「君は、何を寝ぼけたことを言っているんだ?」
アリシアが言えば、フリーデリックとジョシュアが目を丸くする。
「寝ぼけてなどおりませんわ。ジョシュア、ユミリーナ王女は紅茶に毒を盛られたのでしょう?」
ユミリーナが毒を盛られた時のことは、昨日、ジョシュアから聞きだしていた。
ユミリーナが毒を盛られて、嘔吐して倒れたのは、午後、侍女たちと自室でティータイムをすごしているときだった。
侍女三人と、ユミリーナ、その場にいた四人が飲む紅茶にすべて毒が盛られており、四人が四人とも同じ症状――嘔吐して倒れたのち、高熱を出して寝込んだという。
幸い侍女の三人はすぐに回復したが、ユミリーナだけは、いまだに発熱が続き、起き上がることもままならない。
侍医がつきっきりで治療に当たっているが、今のところ回復の兆しが見えないとのことだった。
「紅茶に毒を盛れるなんて、城の内部の人間しか考えられませんわ」
「だから?」
ジョシュアが怪訝そうな表情を浮かべたまま、銀縁の眼鏡を押し上げる。
アリシアは目の前の紅茶を見つめて、銀のスプーンでかき混ぜた。
――毒殺によく用いられるヒ素は、硫砒鉄鉱から取り出す。そのため、硫黄成分が残るため銀のスプーンが黒く変色する。
王女の身の回りは銀食器が使われていたはずだ。この城のスプーンやフォークも銀が使われている。アリシアが今紅茶を混ぜているスプーンも、銀。
その銀が反応しなかったのならば、硫黄の含まれない別の毒。
何の毒かはわからないが、紅茶を変色させず、また銀も変色させないもの。犯人はおそらく、ユミリーナが普段から銀のスプーンを使っていることを知っていて、なおかつ、午後にティータイムの時間を取っていることをわかっている人物だ。
城で働く使用人の中でも、食器やユミリーナの行動まで知っている人物は、限られる。
「ジョシュア、あなたが言ったんですのよ。――ユミリーナ王女が、いったい誰に狙われているのか、と」
アリシアはスプーンをおき、紅茶を口に運ぶ。
「ユミリーナ王女に毒を盛った人物が特定されない限り、わたしは延々と疑われ続けるのですわ」
「だが……、だからといって、城になんて行けば、捕まりに行くようなものだ」
フリーデリックが眉を寄せる。
「城へ行くなら俺が行く。君が行く必要はない。もしも君に何かあったら――」
「あなた一人で行ってどうしますの。それこそ反逆者扱いで捕らえられるのがオチですわ」
「それについては俺もアリシア嬢に同意見だ。フリーデリックが一人で城に向かったところで、お前には何もできやしない」
ジョシュアが辛辣にアリシアに同調した。
フリーデリックはじろりとジョシュアを睨みつける。
「ではお前も来ればいいだろう」
「冗談じゃないよ。俺は勝機のないことはしない主義なんだ」
逆を言えば、勝機があれば手を貸してくれるということだ。
アリシアはジョシュアの何を考えているのかわからない榛色の瞳を見つめた。
「確かに、ただ城に向かっただけでは、わたしの言い分など聞き入れられず、犯人探しをする前に投獄され、処刑されるかもしれません」
「その言い方だと、『ただ』城へ向かうだけじゃないように聞こえるけど?」
「ええ――、もちろんです」
アリシアはゆっくりと目を閉ざす。
ユミリーナと三人の侍女――、同じ毒を盛られたのに、侍女三人は回復し、いまだに苦しんでいるのはユミリーナだけ。
何か理由があるはずだった。
例えば――、いまだにユミリーナは、何か微量の毒を盛られ続けている、など。
ジョシュアが昨日、ユミリーナを狙う犯人がいると言ったあと、今までのことを考えたアリシアは、もう一つ気になることができた。
なぜ――、ユミリーナは何度も毒を盛られているのに、後遺症もなく、死ぬこともなく、回復しているのだろうか、と。
毒を盛るというのならば、普通に考えて毒殺が目的だろう。
だが、もう何度も毒を盛られているのに、ユミリーナは死んでいない。
それはまるで――、殺さない程度に、毒の種類や量を調節しているかのようだった。
(理由がわからない……、でも、もしもわたしが誰かを毒殺するなら、きっと、必ず死ぬ量を与えるわ)
何度も毒を盛るなど、捕まるリスクが高すぎる。
アリシアが犯人だと思われているから今まで露見しなかったのだろうが――、ここまで繰り返していれば、何か証拠が見つかるはず。
ましてや、アリシアの推測通り、今もなおユミリーナに微量の毒が盛られ続けているというのならばなおさらだ。
ジョシュアに考えを話せば、彼は榛色の目を見張った。
「へえ……、なるほどね」
声には感心したような響きがある。
「でも、だからと言って君が行く理由がわからない」
「そうだ。そういう理由ならば、俺が陛下に伝えればいいだけの話だ!」
「ですから、それを伝えたところで陛下は信用しないでしょう?」
フリーデリックを見つめて、アリシアは苦笑する。アリシアのことを心配してくれていることは痛いほど伝わってくる。でも、こればかりはアリシアも譲れないのだ。
(わたしのせいで、あなたが捕まえられるのは……、どうしてかしら、とても嫌なの)
処刑が決まったとき、アリシアはあきらめた。どうやっても運命には逆らえないと。でも、少しは抗ってみようと思えたのは、きっと、フリーデリックが必死に守ろうとしてくれたから。
「もう一つ。……こちらの方が賭けかもしれません」
アリシアは声を落としてある作戦を口にする。
すべてを聞き終えたジョシュアは、眼鏡をはずすと、天を仰いで嘆息した。
「うわ、なにそれ。背水の陣もいいところだよ……」
「でも、これしかもう、方法がありませんわ」
アリシアは微笑む。それは、諦めの微笑みではなかったから、ジョシュアも最後には渋々了承した。
単身で敵陣に突っ込まんばかりだったフリーデリックも、低く唸ったのちに、アリシアにひく気がないとわかると、わかったと頷く。
アリシアは窓外に視線を向けると、青く澄み渡る空を睨んだ。
(さあ――、最後の勝負よ、王様)
今までは全戦全敗。でも、今度ばかりは負けられない。
アリシアは、不安で張り裂けそうな心臓の上をそっとおさえる。
きっと、大丈夫。
アリシアは今、一人ではないのだから――
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