夢の中でも愛してる

狭山ひびき

好きなのは… 2

 遥香は城の図書室にいた。

 一週間――、ただ悲しくて嘆いてすごしていたが、いつまでも部屋に籠ってふさぎ込んでいるのはよくないと思い、少しずつ部屋から出ることにしたのだ。

 もしもリリーと入れ替わったまま元に戻らなければ、遥香は王女リリーとして生活しなければいけない。

 そうしたときに、いつまでも引きこもっていてはクロードに迷惑がかかるだろう。

 リリーが恋しいはずなのに、遥香に気を遣って優しくしてくれるクロードのことを思えば、少しでも彼の役に立てるようになるべきだった。

 それが、今遥香ができる精いっぱいのことなのだ。

 窓際の机の上に目についた本を何冊かおく。一番上の一冊を取ろうとして、ふと左手の薬指に光る指輪が視界に入り、手を止めた。

 弘貴からもらった、ダイヤモンドのリング。ブリリアントカットの大粒のダイヤモンドの周りには小粒のピンクのダイヤモンドが輝いている。

 ――結婚しようと、言われた。

 すごく嬉しくて、指輪を見るたびに泣きそうなほど幸せを感じた。

 でも――、この指輪も、もう外さないといけないだろう。弘貴は、遥香が好きなのではなかったのだから。

 遥香はそっと指輪に触れる。

 不思議なもので、弘貴がリリーに「俺に君を守らせてほしい」と告げていたあの夢を最後に、遥香は夢を見なくなった。

 理由はわからない。もしかしたら、これ以上あの二人が仲良くしている姿を見たくないと思ったからかもしれない。

(指輪……、はずさなくちゃね)

 夢は見なくなったが、それでも、この指輪がある限り、遥香は弘貴のことを忘れられない。

 すごく悲しくてつらかったのに――、この一週間、弘貴のことを考えない日はなかった。

 遥香は指から指輪を引き抜こうとして、しかし、関節よりも先に引き抜くことができなかった。

 知らないうちに涙が盛り上がってきて、遥香はハンカチを取り出すと目元を覆う。

「また泣いていたのか?」

 どのくらいそうしていたのか――、困ったような声が聞こえて、遥香は顔をあげた。

 クロードがすぐそばに立っていて、声と同じように困ったような表情を浮かべている。

 遥香は慌てて涙をぬぐうと、無理やり笑顔を作った。

「ごめんなさい……、なんでもないの」

 何でもないわけではないのは一目でわかっただろうが、クロードはそれ以上追及してこなかった。

 かわりに、遥香の向かいに腰を下ろしたクロードは、遥香が机の上に積んでいた本の中から一冊の本を手に取る。

 紺色の分厚い本だった。

「リリーもよく、本を読んでいた」

 そう言いながら、クロードはぱらぱらとページをめくっていく。

 遥香も本を一冊手に取った。

「夢の中で、リリーがよく読んでいたものを集めてきたの」

「そうなのか。……よく本を読んでいるのは知っていたが、何を読んでいたのかは知らなかったな」

 本を通してリリーを思っているのだろうか、クロードの双眸が優しく和む。

「夢について書かれた本が多かった気がするわ」

「そうなのか?」

「うん。……きっと、わたしと同じように夢を見ていたからかも。夢の中のことが気になっていたのかな?」

「なるほどな。――俺も昔はよく夢を見ていたが、それほど気には留めなかったな。たいして面白い夢でもなかったし。俺とよく似た男が、勉学に励んだり、仕事をしたりと、かわり映えのない夢だった。まあ、夢の中にお前が出はじめたころから面白くなったが……、よくて一週間に一度見るか見ないかだったし、それほど気にならなかったな」

 夢を通して見られていたんだ――、と遥香は今更ながらに恥ずかしくなって小さく俯く。

「今思えば不思議なものだ。リリーとの婚約が決まったころから、夢の中にお前があらわれた。まるで、時期を合わせたように。それも何か原因があるのかもな」

 クロードはそう言いながら、ページをめくっていく。そして、ふと手を止めて――、目を見開いた。

「遥香」

 短く呼ばれて、遥香は顔をあげる。クロードの顔が強張っていた。

「どうかしたの?」

 クロードは黙って読んでいた本を遥香に差し出した。

 遥香は本の内容に視線を走らせて、目を丸くした。

「これ……」

「まさか、リリーが読んでいた本の中にヒントがあったなんてな」

 遥香はごくんとつばを飲み込んでクロードを見つめた。

 ――開かれた本のページには、遥香と同じように、夢の中の人物と入れ替わったという体験が書かれていた。

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