夢の中でも愛してる

狭山ひびき

10

アリスは、部屋の窓から、沈んでいく夕日をぼんやりと眺めていた。

カーネリア侯爵家の屋敷で、こうして窓の外を眺めて暮らすようになって二日がすぎた。

快活なアリスが何も言わずに部屋にこもりっきりなので、祖父をはじめ、屋敷の使用人も心配してくれているようだが、今は何もする気になれない。

思い出すのは、コスモス畑でのことだった。

リリックが姉を誘ってコスモス畑に行ったと聞いたアリスは「リリーお姉様だけずるい」と慌ててあとを追いかけた。アリスの気持ちを知っているくせに、どうしてリリックと二人きりで出かけるのだと責めてやろうとも思っていた。だが、コスモス畑で、リリックが真剣な顔をして、リリーに向かって告白している姿を見て、その気概は霧散した。

「……リリックが、リリーお姉様を好きなのは知ってたけど……」

姉は気づいていないようだが、リリックがあれだけあからさまにリリーばかりを気にしているのを見れば、誰だってリリックがリリーを好きなのはわかる。

アリスだって知っていてリリックを好きになった。

しかし、事実として認識していても、好きな男が別の女に「好きだ」と告白している光景を目にするのとは、ショックの大きさが違うのだ。

それでなくとも、アリスの恋はうまくいっていないのである。

どれだけアピールしても、甘えても――いきすぎて我儘もさんざん言ったが――、リリックは一向に振り向かない。

「そろそろ……、諦めないとだめなのかしら」

アリスの辞書に今まで「諦める」と言う単語は存在しなかった。だが、さすがにアリスも馬鹿ではない。あの手この手で気を引こうとしてきたが、どうやったって一途にリリーばかり見つめ続けるリリックの心を、振り向かせる方法がないことくらい薄々気づいていた。

今でも、「どうして?」と思う。

アリスは三姉妹の中で一番かわいいと言われるし、スタイルだっていいし、事実とてもモテるし、確かに我儘だとは言われるけど、それを差し引いても、リリーに劣ってはいないはずだ。

もちろん、リリーはとても優しいし、美人ではないが愛らしい顔立ちはしている。でも、絶対、総合評価はアリスの方が上のはずなのに。

「どうして、お姉様なのよ……」

アリスはリリーになれない。リリーのように何でも寛容に許せるおっとりした性格にはなれないし、目鼻立ちがはっきりしているアリスがリリーと同じような顔を作ることは、どれだけ化粧でごまかしても不可能だ。

いくら女としての総合評価が上だとしても「リリー」がいいのだと言われれば、アリスにはどうすることもできないのである。

(婚約が嫌だと我儘を言った、ばちが当たったのかしら……)

クロード王子との婚約の話は、当初はアリスに来ていた話だった。だが、父王から打診された時、「いやだ」と断ったのだ。好きな人がいるからクロードとは婚約できないと泣きつけば、娘に甘い父王はあっさりと許してくれた。

そのあと、コレットに話が行きかけたそうだが、どうやらそれはコレットの生母の王妃が却下したとのことだ。

事情はよくわからないが、結果的に拒否権がほぼない状況でリリーに持っていかれ、先方であるクロードも乗り気だったために話がまとまったとのことだった。

もしも、アリスが最初にクロード王子との婚約を断らなければ、リリックはリリーと結婚することもできていたかもしれないのである。

「リリックは……、わたしを恨んでいるのかしら?」

クロードとの婚約を断ったとリリックに知れたときに、「我儘ばかり言うんじゃない」と言われたことがある。君の我儘でどれだけの人が巻き込まれるのか自覚しろ、と。

アリスはただ、リリックがほしかっただけなのに、結局みんなを巻き込むだけ巻き込んで、肝心のリリックが手に入らないなんて、我ながら情けなくて泣けてくる。

アリスは炎のような夕日から視線を逸らすと、机に向かって羽ペンを取った。

「……せめて、あなたの夢はかなえてあげるわ」

羊皮紙にペンを走らせながら、アリスはぽろりと涙をこぼした。

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