夢の中でも愛してる
3
「八城係長、この書類はどのファイルに綴じればいいですか?」
高梨がそう言って、押印した書類を持って弘貴のそばに行くのを横目で見ながら、遥香は胃が痛くなる思いを味わっていた。
高梨が派遣されてきて、三日が経った。
彼女が派遣されてきた初日の夕方ごろに、なんだか嫌な予感がしはじめていた遥香だったが、その予感は的中した。
どうやら高梨は、弘貴に一目ぼれしてしまったらしい。
そして高梨は恋愛に関して積極的な性格のようで、何かがあるたびに弘貴に話しかけていた。
「それはグループごとで管理が違うから、内山さんに訊いてくれる?」
弘貴が答えると、「わかりました」と頷いてから、目ざとくデスクの上の紙コップの中身がなくなっているのに気づき「コーヒー淹れてきましょうか?」と訊ねた。
可愛らしく首を傾げる高梨の恋愛スキルの高さに感心しながらも、遥香はもやもやしながらその会話に耳を傾ける。
もうすぐお昼だからいいよ、と弘貴が断ると、高梨はそこで引き下がるのではなく、にっこりと微笑んだ。
「もうそんな時間でしたね。このあたりにランチにおすすめのお店ってあるんですか? まだオフィスの近くのお店の開拓してなくて。知ってたら教えてほしいです」
暗に一緒に行きませんかという誘いに、遥香の気持ちがずんと重くなる。
だが、遥香が聞いているのに気づいているのかいないのか、弘貴は暢気に「うーん」と唸った後にこう言った。
「外で食べたいなら、この裏にあるカフェのナポリタンが美味かったな。でも、このビルのカフェテラスはメニューが充実してるから、そう簡単に飽きないと思うよ」
お店はのんびり開拓すればいいよ、と答えて、弘貴が席を立った。
ノートパソコンを入れた鞄を持って、遥香と中谷のそばに寄ると、「三時には戻るね」と告げてからフロアを出て行く。
そういえば、弘貴は今日、ランチミーティングのあとに客先に直行するんだったなとスケジュールを思い出した。
高梨と一緒にランチに行かれたらどうしようとヤキモキしていた遥香はホッと胸をなでおろす。
そのあとしばらくして、お昼を告げるチャイムが鳴ると、バラバラとフロアから人が出て行った。
「あー、さっきのおっかしかったねぇ」
デスクで一人お弁当を広げていると、コンビニでパスタを買ってきた坂上が、あいている遥香の隣のデスクに腰を下ろした。今日はカフェテラスではなくコンビニの気分らしい。
「さっきの?」
遥香が箸を止めて坂上を見ると、彼女はくすくすと笑いだす。
「八城係長と高梨さんの会話。いやぁ、あれがもしうちの係長だったら、誘われてもないのにランチ一緒に行く? とか言い出しそうだけど、モテ男は違うねぇ。最後に颯爽とフロアを出て行ったときは、ブラボーって叫びたくなったわ」
どうやら、この三日で、高梨は女性社員を敵に回してしまったようだ。あれだけわかりやすく、堂々とフロア一のモテ男である弘貴にアプローチしていれば仕方のないことかもしれないが、これは、もし自分が弘貴とつき合っていることがばれたら針の筵かもしれないと悟り、ゾッとした遥香は曖昧に微笑む。
高橋という素敵な恋人がいる坂上でさえこの様子なのだから、ほかの女性社員はよっぽど腹に据えかねているのだろう。
遥香はまだあいさつ程度しか話したことはないが、仕事は真面目にしているように見えるのだが、いろいろ思うところがあるようだ。
遥香自身も、高梨が弘貴に話しかけるたびに憂鬱になるので、人のことは言えないかもしれないが。
「明後日、高梨さんの歓迎会を兼ねた飲み会あるじゃない? 今から周りの男どもはうきうきしてるわよ。あ、秋月さんは今回の飲み会は行く?」
「今回は参加にしてます」
会社の飲み会は二、三回に一回くらいしか参加しない遥香だったが、高梨が弘貴に近づこうとするのが気になるので参加することにしていた。
「よかった! じゃあ一緒に飲もうね」
坂上が満足そうに笑い、柚子胡椒のシーフードのパスタを口に運ぶ。近くのコンビニに新商品でおいてあったらしい。
(美味しそう。柚子胡椒とシーフード、しょうゆとバターっぽいな。作ってみよう)
最近は毎週のように週末は弘貴のマンションですごしているから、今週末に作ってもいい。つき合いはじめて弘貴は麺類が好きだと知ったので、きっと喜ぶはずだ。
先週の日曜日のお昼は、弘貴が彼の祖父からもらってきた、少しお高そうな信州のそばに、大根おろしをたっぷり載せて、ざるそばにしたらすごく喜んでいた。簡単なのにあんなに喜んでもらえるのなら、作り甲斐もある。
「なぁに、にこにこしちゃって。思い出し笑い?」
「あ……、えっと、そんなところです」
うっかり顔に出ていたらしい。遥香は慌てて表情を引き締めたが、坂上はにんまりと目を三日月の形にして笑った。
「ふぅーん? あれれ、もしかして、いい人ができたのかな?」
坂上の勘のよさに、ぎくりとすると、彼女に「やっぱり」と頷かれる。
「そんな感じがしてたのよねぇ。で、どんな人? 年上?」
「えっと……」
まさか弘貴だとは言えないので、遥香は曖昧に頷く。
「年上の人です。……わたしには、もったいないくらいの人で」
「いいじゃない! 今度詳しいこと知りたいわ」
「はい、今度ゆっくり」
社内では誰にも言えない秘密の恋人だが、坂上にはそのうち話してもいいかもしれない。
遥香はお弁当の唐揚げを咀嚼しながら、坂上と恋愛トークに花を咲かせる。それは、ランチタイムの終了をつげるチャイムが鳴るまで続いたのだった。
高梨がそう言って、押印した書類を持って弘貴のそばに行くのを横目で見ながら、遥香は胃が痛くなる思いを味わっていた。
高梨が派遣されてきて、三日が経った。
彼女が派遣されてきた初日の夕方ごろに、なんだか嫌な予感がしはじめていた遥香だったが、その予感は的中した。
どうやら高梨は、弘貴に一目ぼれしてしまったらしい。
そして高梨は恋愛に関して積極的な性格のようで、何かがあるたびに弘貴に話しかけていた。
「それはグループごとで管理が違うから、内山さんに訊いてくれる?」
弘貴が答えると、「わかりました」と頷いてから、目ざとくデスクの上の紙コップの中身がなくなっているのに気づき「コーヒー淹れてきましょうか?」と訊ねた。
可愛らしく首を傾げる高梨の恋愛スキルの高さに感心しながらも、遥香はもやもやしながらその会話に耳を傾ける。
もうすぐお昼だからいいよ、と弘貴が断ると、高梨はそこで引き下がるのではなく、にっこりと微笑んだ。
「もうそんな時間でしたね。このあたりにランチにおすすめのお店ってあるんですか? まだオフィスの近くのお店の開拓してなくて。知ってたら教えてほしいです」
暗に一緒に行きませんかという誘いに、遥香の気持ちがずんと重くなる。
だが、遥香が聞いているのに気づいているのかいないのか、弘貴は暢気に「うーん」と唸った後にこう言った。
「外で食べたいなら、この裏にあるカフェのナポリタンが美味かったな。でも、このビルのカフェテラスはメニューが充実してるから、そう簡単に飽きないと思うよ」
お店はのんびり開拓すればいいよ、と答えて、弘貴が席を立った。
ノートパソコンを入れた鞄を持って、遥香と中谷のそばに寄ると、「三時には戻るね」と告げてからフロアを出て行く。
そういえば、弘貴は今日、ランチミーティングのあとに客先に直行するんだったなとスケジュールを思い出した。
高梨と一緒にランチに行かれたらどうしようとヤキモキしていた遥香はホッと胸をなでおろす。
そのあとしばらくして、お昼を告げるチャイムが鳴ると、バラバラとフロアから人が出て行った。
「あー、さっきのおっかしかったねぇ」
デスクで一人お弁当を広げていると、コンビニでパスタを買ってきた坂上が、あいている遥香の隣のデスクに腰を下ろした。今日はカフェテラスではなくコンビニの気分らしい。
「さっきの?」
遥香が箸を止めて坂上を見ると、彼女はくすくすと笑いだす。
「八城係長と高梨さんの会話。いやぁ、あれがもしうちの係長だったら、誘われてもないのにランチ一緒に行く? とか言い出しそうだけど、モテ男は違うねぇ。最後に颯爽とフロアを出て行ったときは、ブラボーって叫びたくなったわ」
どうやら、この三日で、高梨は女性社員を敵に回してしまったようだ。あれだけわかりやすく、堂々とフロア一のモテ男である弘貴にアプローチしていれば仕方のないことかもしれないが、これは、もし自分が弘貴とつき合っていることがばれたら針の筵かもしれないと悟り、ゾッとした遥香は曖昧に微笑む。
高橋という素敵な恋人がいる坂上でさえこの様子なのだから、ほかの女性社員はよっぽど腹に据えかねているのだろう。
遥香はまだあいさつ程度しか話したことはないが、仕事は真面目にしているように見えるのだが、いろいろ思うところがあるようだ。
遥香自身も、高梨が弘貴に話しかけるたびに憂鬱になるので、人のことは言えないかもしれないが。
「明後日、高梨さんの歓迎会を兼ねた飲み会あるじゃない? 今から周りの男どもはうきうきしてるわよ。あ、秋月さんは今回の飲み会は行く?」
「今回は参加にしてます」
会社の飲み会は二、三回に一回くらいしか参加しない遥香だったが、高梨が弘貴に近づこうとするのが気になるので参加することにしていた。
「よかった! じゃあ一緒に飲もうね」
坂上が満足そうに笑い、柚子胡椒のシーフードのパスタを口に運ぶ。近くのコンビニに新商品でおいてあったらしい。
(美味しそう。柚子胡椒とシーフード、しょうゆとバターっぽいな。作ってみよう)
最近は毎週のように週末は弘貴のマンションですごしているから、今週末に作ってもいい。つき合いはじめて弘貴は麺類が好きだと知ったので、きっと喜ぶはずだ。
先週の日曜日のお昼は、弘貴が彼の祖父からもらってきた、少しお高そうな信州のそばに、大根おろしをたっぷり載せて、ざるそばにしたらすごく喜んでいた。簡単なのにあんなに喜んでもらえるのなら、作り甲斐もある。
「なぁに、にこにこしちゃって。思い出し笑い?」
「あ……、えっと、そんなところです」
うっかり顔に出ていたらしい。遥香は慌てて表情を引き締めたが、坂上はにんまりと目を三日月の形にして笑った。
「ふぅーん? あれれ、もしかして、いい人ができたのかな?」
坂上の勘のよさに、ぎくりとすると、彼女に「やっぱり」と頷かれる。
「そんな感じがしてたのよねぇ。で、どんな人? 年上?」
「えっと……」
まさか弘貴だとは言えないので、遥香は曖昧に頷く。
「年上の人です。……わたしには、もったいないくらいの人で」
「いいじゃない! 今度詳しいこと知りたいわ」
「はい、今度ゆっくり」
社内では誰にも言えない秘密の恋人だが、坂上にはそのうち話してもいいかもしれない。
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