夢の中でも愛してる
7
おそらくクロードが手を打っている、という王妃の読みは正しかった。
王妃が部屋を訪れた二日後、遥香はクロードに一人の女性を引き合わされた。
クロードの亡き母の遠縁にあたるという伯爵令嬢で、セリーヌという遥香と同じ年の十八歳の令嬢だった。
「セリーヌを侍女にすることにした」
セリーヌを紹介されたあと、あっけらかんというクロードに遥香はびっくりした。
セリーヌは赤みがかったブラウンの髪に、うっすらとそばかすの浮かぶ愛らしい女性だった。部屋の中でおとなしくしているより、領地で馬にまたがって駆け回る方が好きらしい。父親である伯爵がおてんばすぎて頭を抱えているらしく、クロードが未来の王太子妃の侍女によこせと言ったところ、二つ返事で了承したそうだ。これで少しはおとなしくなるかもしれないと思ったらしいと、セリーヌは自分のことなのに他人事のように笑って言った。
このあと仕事のあるクロードは、セリーヌを紹介すると足早に部屋から出て行ってしまい、遥香はセリーヌとアンヌと三人でティータイムをすごすことにした。
「クロード王子ったら、もともといた侍女たちを全員解雇したらしいですわ。事情も聞きましたけど、まったく、リリー様はお優しくていらしゃいますね。わたしだったら、こっぴどく仕返しをするんですけど」
セリーヌがそう言えば、アンヌが勢いよく頷いた。
「そうなんです! リリー様はいつも、『仕方ないわね』で許してしまう癖があるんです。もしここがセザーヌ国だったら、わたしがかわりに仕返しするんですが、ここではそうもいかなくて、悔しくて悔しくて……!」
「あら、じゃあ、今度同じようなことがあったら、わたしと一緒に仕返しに行けばいいわね。アンヌさんは気が合いそうで嬉しいわ」
「わたしもエリーゼさんとは仲良くなれそうです」
目の前で繰り広げられる侍女たちの物騒な会話に、遥香は苦笑いを浮かべる。
口を挟まずに黙って紅茶を飲んでいると、セリーヌがきらりと楽しそうに目を光らせた。
「リリー様、知ってます? クロード王子ったら、侍女たちを解雇するときにすごい剣幕だったらしいですわ」
「え……?」
遥香はティーカップを口元から離して、目を丸くした。
「俺の妃になる女にどういうつもりだって、怒鳴ったらしいです。わたしは直接見ていませんけど、王妃様が見ていたらしくて。普段、あんまり怒鳴ることがない方だから、驚いたそうですわ。わたしも、その話を聞いて驚きました」
セリーヌは笑いながら、少し遠い目をした。
「先ほど、リリー様に接するときのクロード王子の態度を見て気づきましたけど、クロード王子はリリー様には素の自分を見せているのでしょう?」
「おそらくは……」
はっきりとはわからないが、おそらく、クロードの態度を見ていると、遥香に対して猫はかぶっていないようだから、セリーヌが言うところの「素」なのだろうと思う。
セリーヌは茶請けのクッキーを口に運びながら、言った。
「前王妃様がなくなって、少ししたころだったかしら。クロード王子が一時期笑わなくなったことがあったんです。たぶん、国王陛下が今の王妃様を王妃様にしたときだったと思います。前王妃様が亡くなって、すぐに今の王妃様を据えたことで、反発があったのかもしれませんが……。あ、もちろん、今の王妃様とクロード王子が不仲だってことじゃないんですよ。ただ、しばらく暗い顔をしていて……、そのあと気づいたときは、今みたいに、表面上だけ笑うようになっていました」
まるで心を殺しているように見えたと言うセリーヌに、遥香は言葉を失う。
セリーヌは一転して暗い表情を浮かべた遥香の口に、クッキーを押し当てた。
「そんな顔をなさらないで。わたし、嬉しかったんですよ?」
口を開けてクッキーを頬張った遥香は、咀嚼しながら首を傾げる。
「クロード王子は、ちゃんと、自分を見せることのできる人と結婚できるんだって、安心しましたの。クロード王子が誰かのためにあんなに怒るのははじめて見ました。それだけリリー様のことが大切なんでしょう。だから、嬉しかったんですよ」
遥香はクッキーを噛み砕きながら、同じようにセリーヌの言葉を噛み砕いて考えた。
クロードとはじめて会ったとき、意地悪で怖い人だと思った。でもあれは、遥香を結婚相手として、素を見せてくれていたからなのだろう。遥香は怖くて逃げてばかりいたが、今ならわかる。クロードはクロードなりに、嘘の自分ではなく、本当の自分を見せることで、誠実に接しようとしてくれていたのだ。
(わたしはちゃんと、向き合えているかしら……?)
クロードのことはもう怖くない。けれど、遥香はクロードにきちんと向き合えているだろうか。
今、この国にいる間に、もっとクロードのことを知りたいと、遥香は思った。
王妃が部屋を訪れた二日後、遥香はクロードに一人の女性を引き合わされた。
クロードの亡き母の遠縁にあたるという伯爵令嬢で、セリーヌという遥香と同じ年の十八歳の令嬢だった。
「セリーヌを侍女にすることにした」
セリーヌを紹介されたあと、あっけらかんというクロードに遥香はびっくりした。
セリーヌは赤みがかったブラウンの髪に、うっすらとそばかすの浮かぶ愛らしい女性だった。部屋の中でおとなしくしているより、領地で馬にまたがって駆け回る方が好きらしい。父親である伯爵がおてんばすぎて頭を抱えているらしく、クロードが未来の王太子妃の侍女によこせと言ったところ、二つ返事で了承したそうだ。これで少しはおとなしくなるかもしれないと思ったらしいと、セリーヌは自分のことなのに他人事のように笑って言った。
このあと仕事のあるクロードは、セリーヌを紹介すると足早に部屋から出て行ってしまい、遥香はセリーヌとアンヌと三人でティータイムをすごすことにした。
「クロード王子ったら、もともといた侍女たちを全員解雇したらしいですわ。事情も聞きましたけど、まったく、リリー様はお優しくていらしゃいますね。わたしだったら、こっぴどく仕返しをするんですけど」
セリーヌがそう言えば、アンヌが勢いよく頷いた。
「そうなんです! リリー様はいつも、『仕方ないわね』で許してしまう癖があるんです。もしここがセザーヌ国だったら、わたしがかわりに仕返しするんですが、ここではそうもいかなくて、悔しくて悔しくて……!」
「あら、じゃあ、今度同じようなことがあったら、わたしと一緒に仕返しに行けばいいわね。アンヌさんは気が合いそうで嬉しいわ」
「わたしもエリーゼさんとは仲良くなれそうです」
目の前で繰り広げられる侍女たちの物騒な会話に、遥香は苦笑いを浮かべる。
口を挟まずに黙って紅茶を飲んでいると、セリーヌがきらりと楽しそうに目を光らせた。
「リリー様、知ってます? クロード王子ったら、侍女たちを解雇するときにすごい剣幕だったらしいですわ」
「え……?」
遥香はティーカップを口元から離して、目を丸くした。
「俺の妃になる女にどういうつもりだって、怒鳴ったらしいです。わたしは直接見ていませんけど、王妃様が見ていたらしくて。普段、あんまり怒鳴ることがない方だから、驚いたそうですわ。わたしも、その話を聞いて驚きました」
セリーヌは笑いながら、少し遠い目をした。
「先ほど、リリー様に接するときのクロード王子の態度を見て気づきましたけど、クロード王子はリリー様には素の自分を見せているのでしょう?」
「おそらくは……」
はっきりとはわからないが、おそらく、クロードの態度を見ていると、遥香に対して猫はかぶっていないようだから、セリーヌが言うところの「素」なのだろうと思う。
セリーヌは茶請けのクッキーを口に運びながら、言った。
「前王妃様がなくなって、少ししたころだったかしら。クロード王子が一時期笑わなくなったことがあったんです。たぶん、国王陛下が今の王妃様を王妃様にしたときだったと思います。前王妃様が亡くなって、すぐに今の王妃様を据えたことで、反発があったのかもしれませんが……。あ、もちろん、今の王妃様とクロード王子が不仲だってことじゃないんですよ。ただ、しばらく暗い顔をしていて……、そのあと気づいたときは、今みたいに、表面上だけ笑うようになっていました」
まるで心を殺しているように見えたと言うセリーヌに、遥香は言葉を失う。
セリーヌは一転して暗い表情を浮かべた遥香の口に、クッキーを押し当てた。
「そんな顔をなさらないで。わたし、嬉しかったんですよ?」
口を開けてクッキーを頬張った遥香は、咀嚼しながら首を傾げる。
「クロード王子は、ちゃんと、自分を見せることのできる人と結婚できるんだって、安心しましたの。クロード王子が誰かのためにあんなに怒るのははじめて見ました。それだけリリー様のことが大切なんでしょう。だから、嬉しかったんですよ」
遥香はクッキーを噛み砕きながら、同じようにセリーヌの言葉を噛み砕いて考えた。
クロードとはじめて会ったとき、意地悪で怖い人だと思った。でもあれは、遥香を結婚相手として、素を見せてくれていたからなのだろう。遥香は怖くて逃げてばかりいたが、今ならわかる。クロードはクロードなりに、嘘の自分ではなく、本当の自分を見せることで、誠実に接しようとしてくれていたのだ。
(わたしはちゃんと、向き合えているかしら……?)
クロードのことはもう怖くない。けれど、遥香はクロードにきちんと向き合えているだろうか。
今、この国にいる間に、もっとクロードのことを知りたいと、遥香は思った。
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