夢の中でも愛してる
6
それからというもの、エリーゼは暇を見つけては遥香の部屋に入り浸るようになった。
一昨日などは、クロードが遥香の部屋に来た時にもエリーゼがいて、驚いた彼が妹をつまみだそうとしたのだが、「いやだ」と暴れたエリーゼが遥香の背後に回って隠れてしまい、クロードとエリーゼの兄妹喧嘩の間に挟まれて困ってしまった。
どうやら遥香をいたく気に入ったらしい妹を、部屋からつまみ出すのはあきらめたらしいクロードが、帰り際に「悪いな」と申し訳なさそうな顔をしていたのが少し面白かった。あのクロードでも、妹には手を焼くらしい。
そんなある日、相変わらず遥香の部屋に入り浸って、お菓子を食べながらおしゃべりを続けるエリーゼの相手をしていると、部屋に王妃がやってきた。
少しつり上がり気味の勝気そうな目元はエリーゼとよく似ている。プラチナブロンドの髪は編み込まれて一つにまとめられていた。王妃は遥香の部屋の中をぐるりと見渡すと、微かに眉を顰め、エリーゼの隣に腰を下ろした。
遥香が「はじめまして」と挨拶が遅れたことを詫びつつ自己紹介をすると、王妃は鷹揚に頷いた。
「クロード殿下が挨拶に行かなくていいと言ったのでしょう? 気にしなくてもいいわ。どうやら、わたくしやエリーゼを近づけるのは、あなたに悪影響だと思っているみたいね」
優雅な所作で紅茶を口元に運びつつ、王妃は何でもないように言った。
「殿下はおとなしい女性が好きみたいだから、わたくしやエリーゼのように、ずけずけものを言う女は好まないのでしょう」
「お母様! でもエリーゼはお兄様が大好きよ!」
「そうね、お母様も殿下のことは実の息子のように大好きよ? でもクロード殿下が、リリー王女が、もしもわたくしたちみたいな性格になったら嫌だと思っているのだから、仕方がないわね」
なるほど、エリーゼのずけずけものを言う性格は、母譲りらしい。
しかし、あっけらかんと、まったく悪意を感じさせない口調で言うので、遥香は微苦笑を浮かべるしかない。アンヌもどうしたらいいのかと困った顔をしていた。
「ただ、ね……」
王妃はアンヌを見上げたあと、遥香に視線を戻した。
「この子から話を聞いてまさかとは思って見に来たけど……、この状況は、いただけないわね」
どうして侍女たちが仕事をしていないのかと、王妃は不愉快そうな顔をする。
「わたくしが口を出してもいいけれど、そうしたところで、きっとうまくはいかないわね」
「……わたしが、みなさんを不愉快にさせたのが悪いんです」
「違うわ、そこが悪いのよ。そうやって、何をされても耐えているのが一番悪いの。やられたらやり返すくらいしてみなさいな。といっても……、なかなか難しそうね」
はあ、と王妃がため息をついた。
「クロード殿下は侍女たちに人気があるから、婚約の話が出たときにショックを受けた子たちがたくさんいたとは聞いていたから、そのせいもあるのでしょうけど。どうしたものかしらね」
「申し訳ありません」
遥香が頭を下げると、そばで聞いていたアンヌが、慌てて口を挟んだ。
「恐れながら、リリー様の身の回りのことは、わたし一人でなんとかいたします! ご無理を言われない方なので、わたし一人でも……」
「今は、でしょう。王太子妃になったあと、同じようにあなた一人で何ができるの。それに、このままではどんどんお城で孤立しちゃうでしょう。今のうちに何とかした方がいいのよ。でも、もともとつけていた侍女の子たちはきっとダメね」
王妃にたしなめられて、アンヌは閉口した。彼女も、遥香が城で孤立しつつあることには気がついていたらしい。
王妃は立ち上がると、エリーゼの手を引いて立ち上がらせた。
「エリーゼ、あなたはもうじきお勉強の時間でしょう」
途端に不満そうな顔をする娘をなだめて部屋から追い出すと、王妃は遥香に向きなおって小さく微笑んだ。
「わたくしが何かしなくても、おそらくもう殿下が手を打っているかもしれないけれど、あなたのそのおとなしすぎる性格は、美点でもあるけれど、欠点にもなるかもしれないわね。でも、嫌いじゃないわ。まるで……、前王妃様を見ているみたい」
懐かしいわね、と昔を思い出すような目をしながら、王妃はエリーゼを追って部屋を出て行った。
一昨日などは、クロードが遥香の部屋に来た時にもエリーゼがいて、驚いた彼が妹をつまみだそうとしたのだが、「いやだ」と暴れたエリーゼが遥香の背後に回って隠れてしまい、クロードとエリーゼの兄妹喧嘩の間に挟まれて困ってしまった。
どうやら遥香をいたく気に入ったらしい妹を、部屋からつまみ出すのはあきらめたらしいクロードが、帰り際に「悪いな」と申し訳なさそうな顔をしていたのが少し面白かった。あのクロードでも、妹には手を焼くらしい。
そんなある日、相変わらず遥香の部屋に入り浸って、お菓子を食べながらおしゃべりを続けるエリーゼの相手をしていると、部屋に王妃がやってきた。
少しつり上がり気味の勝気そうな目元はエリーゼとよく似ている。プラチナブロンドの髪は編み込まれて一つにまとめられていた。王妃は遥香の部屋の中をぐるりと見渡すと、微かに眉を顰め、エリーゼの隣に腰を下ろした。
遥香が「はじめまして」と挨拶が遅れたことを詫びつつ自己紹介をすると、王妃は鷹揚に頷いた。
「クロード殿下が挨拶に行かなくていいと言ったのでしょう? 気にしなくてもいいわ。どうやら、わたくしやエリーゼを近づけるのは、あなたに悪影響だと思っているみたいね」
優雅な所作で紅茶を口元に運びつつ、王妃は何でもないように言った。
「殿下はおとなしい女性が好きみたいだから、わたくしやエリーゼのように、ずけずけものを言う女は好まないのでしょう」
「お母様! でもエリーゼはお兄様が大好きよ!」
「そうね、お母様も殿下のことは実の息子のように大好きよ? でもクロード殿下が、リリー王女が、もしもわたくしたちみたいな性格になったら嫌だと思っているのだから、仕方がないわね」
なるほど、エリーゼのずけずけものを言う性格は、母譲りらしい。
しかし、あっけらかんと、まったく悪意を感じさせない口調で言うので、遥香は微苦笑を浮かべるしかない。アンヌもどうしたらいいのかと困った顔をしていた。
「ただ、ね……」
王妃はアンヌを見上げたあと、遥香に視線を戻した。
「この子から話を聞いてまさかとは思って見に来たけど……、この状況は、いただけないわね」
どうして侍女たちが仕事をしていないのかと、王妃は不愉快そうな顔をする。
「わたくしが口を出してもいいけれど、そうしたところで、きっとうまくはいかないわね」
「……わたしが、みなさんを不愉快にさせたのが悪いんです」
「違うわ、そこが悪いのよ。そうやって、何をされても耐えているのが一番悪いの。やられたらやり返すくらいしてみなさいな。といっても……、なかなか難しそうね」
はあ、と王妃がため息をついた。
「クロード殿下は侍女たちに人気があるから、婚約の話が出たときにショックを受けた子たちがたくさんいたとは聞いていたから、そのせいもあるのでしょうけど。どうしたものかしらね」
「申し訳ありません」
遥香が頭を下げると、そばで聞いていたアンヌが、慌てて口を挟んだ。
「恐れながら、リリー様の身の回りのことは、わたし一人でなんとかいたします! ご無理を言われない方なので、わたし一人でも……」
「今は、でしょう。王太子妃になったあと、同じようにあなた一人で何ができるの。それに、このままではどんどんお城で孤立しちゃうでしょう。今のうちに何とかした方がいいのよ。でも、もともとつけていた侍女の子たちはきっとダメね」
王妃にたしなめられて、アンヌは閉口した。彼女も、遥香が城で孤立しつつあることには気がついていたらしい。
王妃は立ち上がると、エリーゼの手を引いて立ち上がらせた。
「エリーゼ、あなたはもうじきお勉強の時間でしょう」
途端に不満そうな顔をする娘をなだめて部屋から追い出すと、王妃は遥香に向きなおって小さく微笑んだ。
「わたくしが何かしなくても、おそらくもう殿下が手を打っているかもしれないけれど、あなたのそのおとなしすぎる性格は、美点でもあるけれど、欠点にもなるかもしれないわね。でも、嫌いじゃないわ。まるで……、前王妃様を見ているみたい」
懐かしいわね、と昔を思い出すような目をしながら、王妃はエリーゼを追って部屋を出て行った。
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