夢の中でも愛してる
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バスで駅まで出て、電車で一駅のところに、遥香が今月から勤めはじめた藤倉商事はある。
遥香は本社勤務で、十一階建ての自社ビルの三階の営業部が勤務先だ。
エレベーターを利用してもいいのだが、朝の混雑時は階段の方が早いので、三階まで階段で昇っていく。
自動販売機がおいてある、小さな休憩室の前についた遥香は、社内の雰囲気がいつもと少し違うなと感じた。
なんというか、いつもよりザワザワしている。
社員の――特に女性社員の、落ち着きがないというか、妙に挙動不審というか、とにかくいつもとどこかが違うのだ。
首をひねりながらオフィスの方へ向かおうとした遥香は、背後から、少し高揚した声で呼び止められた。
「あ、秋月さん!」
呼び止めたのは、遥香と同じ年で社員の坂上由美子だった。
肩までの髪にふんわりとパーマをあてて、ばっちりメイクに、桜の花びらの模様をあしらったネイルまで施した、雑誌に出てくる今どきのオシャレなOLさんをそのまんま切り取ったような由美子は、遥香が入社した初日から親切にしてくれる女性社員の一人だった。
「おはようございます、坂上さん」
年は同じでも社歴は違うし、派遣社員と正社員の差もあり、話すときは敬語を使うのだが、由美子はそれが少し不満らしい。「ため口でいいって言ってるのに」と一言文句を言いつつ、話したくて仕方がない話題があったのだろう。うきうきとした口調で喋りはじめた。
「ねえねえ、知ってる? 今日から一人さ、海外事業部から転勤してくる営業さんがいるんだけどねー」
「海外事業部って、八階の?」
「違うわよー、ニューヨーク支社よ」
遥香はパチパチと目を瞬いた。入ったばかりの遥香でも、ニューヨーク支社がどれだけの精鋭ぞろいの支社であるかくらいは耳に入っている。藤倉商事は現在海外進出に力を入れており、その中心を担っているのがニューヨーク支社だった。
当然、出世が約束されているそのニューヨーク支社のエリートたちに憧れを抱く女性社員も少なくない。
だが、そのエリート部隊から、何だって本社に転勤なんてしてくるのだろう。
ますますわからなくなって首を傾げていると、由美子はとびっきりの情報を出すかのように、ふふふ、と笑った。
「なんでもさ、のちのち経営陣に入るんじゃないかって噂よぉ。そのためにまず本社に移動して、数年営業部で勤務したのち……ってねー。すごくないー? わたしも名前しか知らないんだけどさ、八城弘貴って言ったら有名よ? 今年三十らしいんだけど、達成した偉業は数知れずーって。ちょっとー、遥香ちゃーん、今フリーでしょー? 狙っちゃえばー?」
最後は茶化して片目をつむり、由美子は遥香の腕に腕をからませた。
遥香は困ったように眉を下げて首を振った。
「や、わたし、今は誰ともつき合う気ないし、そもそもわたしなんか、相手にしないと思いますから……」
「えー、もったいなーい。まあ、狙ってるのは、ほかにもいっぱいいそうだけどねー」
経理部に二つ年上の彼氏がいる由美子は、悪い笑顔を浮かべた。
「イケメンだったら、わたしも狙っちゃうかもー」
「高橋さんに怒られますよ」
「んふー、怒った顔もまた素敵なのよー」
結局はのろけたいのか。
遥香は苦笑しつつ、始業時間まで由美子ののろけにつきあったのだった。
遥香は本社勤務で、十一階建ての自社ビルの三階の営業部が勤務先だ。
エレベーターを利用してもいいのだが、朝の混雑時は階段の方が早いので、三階まで階段で昇っていく。
自動販売機がおいてある、小さな休憩室の前についた遥香は、社内の雰囲気がいつもと少し違うなと感じた。
なんというか、いつもよりザワザワしている。
社員の――特に女性社員の、落ち着きがないというか、妙に挙動不審というか、とにかくいつもとどこかが違うのだ。
首をひねりながらオフィスの方へ向かおうとした遥香は、背後から、少し高揚した声で呼び止められた。
「あ、秋月さん!」
呼び止めたのは、遥香と同じ年で社員の坂上由美子だった。
肩までの髪にふんわりとパーマをあてて、ばっちりメイクに、桜の花びらの模様をあしらったネイルまで施した、雑誌に出てくる今どきのオシャレなOLさんをそのまんま切り取ったような由美子は、遥香が入社した初日から親切にしてくれる女性社員の一人だった。
「おはようございます、坂上さん」
年は同じでも社歴は違うし、派遣社員と正社員の差もあり、話すときは敬語を使うのだが、由美子はそれが少し不満らしい。「ため口でいいって言ってるのに」と一言文句を言いつつ、話したくて仕方がない話題があったのだろう。うきうきとした口調で喋りはじめた。
「ねえねえ、知ってる? 今日から一人さ、海外事業部から転勤してくる営業さんがいるんだけどねー」
「海外事業部って、八階の?」
「違うわよー、ニューヨーク支社よ」
遥香はパチパチと目を瞬いた。入ったばかりの遥香でも、ニューヨーク支社がどれだけの精鋭ぞろいの支社であるかくらいは耳に入っている。藤倉商事は現在海外進出に力を入れており、その中心を担っているのがニューヨーク支社だった。
当然、出世が約束されているそのニューヨーク支社のエリートたちに憧れを抱く女性社員も少なくない。
だが、そのエリート部隊から、何だって本社に転勤なんてしてくるのだろう。
ますますわからなくなって首を傾げていると、由美子はとびっきりの情報を出すかのように、ふふふ、と笑った。
「なんでもさ、のちのち経営陣に入るんじゃないかって噂よぉ。そのためにまず本社に移動して、数年営業部で勤務したのち……ってねー。すごくないー? わたしも名前しか知らないんだけどさ、八城弘貴って言ったら有名よ? 今年三十らしいんだけど、達成した偉業は数知れずーって。ちょっとー、遥香ちゃーん、今フリーでしょー? 狙っちゃえばー?」
最後は茶化して片目をつむり、由美子は遥香の腕に腕をからませた。
遥香は困ったように眉を下げて首を振った。
「や、わたし、今は誰ともつき合う気ないし、そもそもわたしなんか、相手にしないと思いますから……」
「えー、もったいなーい。まあ、狙ってるのは、ほかにもいっぱいいそうだけどねー」
経理部に二つ年上の彼氏がいる由美子は、悪い笑顔を浮かべた。
「イケメンだったら、わたしも狙っちゃうかもー」
「高橋さんに怒られますよ」
「んふー、怒った顔もまた素敵なのよー」
結局はのろけたいのか。
遥香は苦笑しつつ、始業時間まで由美子ののろけにつきあったのだった。
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