タヒチ探偵局〜罪人どもの異空間〜
42.異変
「あれ、蝶野さーん?桔梗ちゃーん?」
優はゆっくりと家に入る。リビングには明かりが点いているが人のいる気配はしない。
「あれ、いないんすか?」
優は今までにない恐怖に襲われていた。明らかに今までとは違う雰囲気。おじいさんが殺された状況を思い出した。優は笑う膝を抑えながらゆっくり内ポケットの拳銃に手をかけた。とその刹那。
「ガチャ」
玄関の扉が開く音が後ろから聞こえた。優は一瞬で音のする方を向き拳銃を構えた。しかし、そこにいたのは蝶野さんと桔梗だった。
「あれ、扉開いてんじゃない。」
「本当ですね。鍵掛け忘れたのかしら。あ、若草さん!」
蝶野さんが拳銃を構えている優を見て驚く。2人の持っている買い物袋を見て優は拳銃をしまう。
「なんだ、買い物行ってたんっすか。マジビビったっすよ。」
「...!」
「俺はてっきり2人が誰かに襲われたのかと。」
「...。」
「あれ、どうしたんすか。」
「あんた、後ろ...!」
「え!?」
桔梗の言葉に後ろを振り返ったその瞬間、優の顔は大きな手に掴まれた。
「ぐっ!」
「煩わしい。黙れ。」
知らない男のボソボソとした声が聞こえた。何が起こってるのかわからない。優を掴んだ腕はそのまま上空へと伸びた。
「ゔっ。」
強く掴まれて息ができなくなる。優は咄嗟に拳銃を構え自分を掴んでいる腕に銃弾を命中させた。腕が一瞬怯む。優はその怯んだタイミングで力尽くで手から逃れ、リビングの床に受け身を取って着地した。
「若草さん!」
蝶野さんの声が聞こえる。その時優は顔を上げその男を初めて目で捉え、そして絶句した。
その男は中肉中背で青髪の短髪だった。こちらを無表情で見つめている。そして驚くべきことに、胸の中心から太く大きな腕が一本生えていた。通常の腕とは別に、胸から生える巨大な腕は宙に握り拳を作っている。
そして兎にも角にも、その男から放たれる威圧感に優は震えていた。自殺対策サークルで会った奴らとは違う、圧倒的な強者感。優は逃げ出したい気持ちを必死で堪え、勇気を振り絞って質問した。
「誰だ、あんた?」
「...。」
「おい、聞いてるのか。」
「...驚いたな。お前のような囚人が拳銃を持っているとは。」
「!?何者だ?」
「どこで手に入れた?売り物ではないだろう。」
「...それを訊いてどうする?」
「...何度も訊くな。煩わしい。」
男はそう言い放つと胸の腕を優に向かって振り下ろした。
「!?危ない!」
優は瞬時に逃げ、腕に向かって銃弾を撃った。腕は銃弾ではなくならないらしいが、どうやら一瞬だけ怯むらしい。そのタイミングを見切り、優は安全圏に逃げる。腕はそのままリビングのフローリングにぶつかった。家が少し揺れる。
「!?蝶野さん!桔梗ちゃん!」
優は玄関先を見た。桔梗に蝶野さんが覆う形で守っている。どうやら無事のようだ。優はもう一度男を見た。男はまだ無表情だった。
「...そんなに俺のことが知りたいなら教えてやる。俺の名は哀瑠(あいる)だ。」
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