タヒチ探偵局〜罪人どもの異空間〜

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11.無敵大介






 「ワシは早く出所せんといけんのや。」





 その男ーー囚人番号5番ーーは治療されている自分の腕を見つめながら言った。その男は淡々と自分の境遇を語り出した。






 彼は名を無敵大介と言った。無敵なんてなかなか珍しい名字だが、彼のいた山口県には少なからず同じ名字の人がいるらしい。そこで父と母と2つ歳の離れた弟と4人で暮らしていた。田んぼだらけの田舎暮らしで生活は貧しかった。それでも4人は仲良く暮らし、励まし合っていたおかげで心は貧しくはならなかった。




 しかし、彼の元に不幸が訪れる。彼が小学一年生の時、両親が交通事故に合って亡くなってしまったのだった。彼はまだ幼い弟と共にこの世に取り残されてしまった。その時彼は決意した。両親は救えなかったが、かわいい弟だけは何がなんでも守ると、そう心に決めた。




 その後2人は広島の親戚の家に引き取られる。その親戚はおばあちゃん一人暮らしで、足腰はしっかりしているがもう働ける年齢ではなかった。しかし、おばあちゃんの年金と、事故による慰謝料があった為暮らしはそれなりに困ることはなかった。そこで彼はおばあちゃんにお願いをした。



 「ワシは格闘技をやりたい!格闘技習わせてくれ!!」



 二度と大切な人を失わないよう、そして最後まで守り抜けられるよう彼は拳術を学び出した。彼にはいい師匠がついた。のめり込むように格闘の世界にはまり、小さな大会に出場したりもした。それまでガリガリに細かった体は筋肉に覆われ、中学に上がる頃には他の同級生よりも体格が一回り大きくなっていた。格闘技は心技体が大切である。どれだけ強くなっても喧嘩には使ってはいけない。それは弱者のすることである。本当に強い者は大切なものを守る為だけに拳を振るうのだ。




 彼が強くなり始めた一方で、弟の様子がおかしくなり始めていた。体に殴られた跡があったり、家に帰ってくる時は目を赤くさせていたり。ひょっとして虐められているのではないか。彼はそう思った。だけど弟は大丈夫、友達と遊んでて転んだだけだと言った。精一杯笑う弟を見て彼は言った。




 「なんか嫌なことがあったらなんでも言え。ワシが守っちゃるけん。」







 ...しかしまたしても不幸はいきなりやってくる。ある朝弟の起床が遅く、部屋に行ってみると、そこには弟が首を吊って死んでいた。自殺だった。彼は両親が死んだ時のことを思い出した。また守れなかった。そこから彼は徹底的に調べ始めた。近所の人や小学校の子供たち。弟はなぜ死ななければなかったのか...。





 やはり弟は虐められていた。広島の学校に転校してからだった。名字が珍しかったことや親がいないことが理由だったらしい。それでも弟はおばあちゃんやお兄ちゃんに迷惑をかけたくなくて誰にも言えなかった。どこにも逃げる場所を見出せないままついに首を吊って死んでしまったのだった。




 彼は虐めていた同級生を特定し、通学路で待ち伏せした。そしてーー、







 虐めていた同級生、虐めに加担した同級生4人組をぶん殴った。一番痛い場所に、一番痛い強さで。ただただひたすらに殴り続けた。その拳はあの時大切なものを守り抜くために使うと誓った拳だった。それは今にして思えば憂さ晴らしだったのかもしれない。両親も弟も亡くした彼に失うものは何もなかった。




 物音に気付いた近くの人の通報で彼は逮捕された。傷害致死罪だった。殴られた者の中には死亡した人も後遺症を伴った人もいた。彼はその時高校生だった為少年院に収容されたのだった。










 「そこからこの異京で何年も悪い奴と闘ってきた。ドラゴンだったり怪物だったり。じゃけど一向に出所できる気配はない。ワシは、早く出所してばあちゃんに謝罪せんといかん。礼を言わんといかん。けどばあちゃんは高齢だからのう、いつ死んでしまうか。だから、一刻も早く出所せんといかんのんじゃ。」




 
 僕は黙って聞いていた。途中から会社で虐められていた時の事を思い出していた。葵は途中から泣き出して鼻をすすっている。




 「無敵さん、わざわざ話してくださってありがとうございます。あのドラゴン、悪い奴なんですね。倒しましょう。協力します!」




 僕達は、共に戦うことを決めた。

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