タヒチ探偵局〜罪人どもの異空間〜

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1.刑務所








 警察に捕まった。







 それはきっとほとんどの人には無縁のことで、あまり推奨されるようなことではない。僕もそれは所詮ニュースの中での話で、一生関わることのないイベントだとずっと思っていた。しかし、人生とは何が起こるのかわからないものである。僕はいつの間にか犯罪の当事者になっていた。


 実をいうと僕は逮捕された時のことをよく覚えていない。ただ留置所にいた時は周りに桜がいっぱい咲いていて春の匂いが充満していた。ああ、花見日和だなとか、近所の小学校では入学式やってんのかなとか、そんなことばかり考えていたのは覚えている。丁度今くらい、桜が咲き乱れる時期に、僕も入社式に行ったなあと思い出していた。


 そもそも僕は犯罪をするような人間ではなかった。どちらかというと、というかかなり、僕は真面目な人間だった。進学校に通い、受験も東京の第一志望の大学に進んだ。大学時代は単位を一度も落とすことはなかったし、奨学金を自分で支払う為に遊ぶのも控えてひたすらアルバイトに勤しんでいた。ボランティアにも参加したし、サークルではフォークソング同好会に入りひっそりとライブに出たりしていた。


 それが功を奏したのか、就活で困ることはなかった。業界ではかなり有名な広告代理店に入社し、営業課の期待の新人として業務をこなしていた。






 ーすべてが順調に進んでいると思っていた。 その時まではー
 





 率直に言うと僕はいじめられていた。はじめは軽い悪戯かと思い無視していたが、だんだんエスカレートしていき、そのいじめの空気は社内全体に広がっていった。その内容は陰湿なものからそうでないものまで幅広かった。書類を隠されたりするのは序の口で、醤油を一気飲みさせられたり、公園で裸になって踊るように命令されることもあった。僕が経理課の女の子に好意を持っているのがバレてからは、その子にストーカーめいたことをするよう指示されたりもした。具体的なことは思い出したくもない。ただ、僕はそれらのいじめに屈することはなかった。真面目な性格だった為か、それでも毎日出社したし、いじめの命令には忠実に従った。僕は決してくじけない。そう決めていた。しかし、心は音も立てず壊れ始めていた。そしてある日、ついに音を立てて崩れた。



 気づいたら僕はいじめた奴の車やパソコンなど、すべてのものを燃やしていた。若き日の尾崎豊よろしく、壊して回った。夢中だった。字の如く本当に夢の中にいた。そして警察に捕まった。


 器物損壊罪。それから公園で裸になって踊った時の公然猥褻。それに加えて経理課の女の子へのストーカー行為まで言及された。いじめの加害者は被害者面。弁護士も無能だった。示談の方法もあったが、人生に疲れきっていた僕は刑務所で何にも干渉されず暮らすのもいいかなと思い、実刑をくらった。僕は留置所の窓から花見を楽しみ、適当なタイミングで刑務所へ送られた。


 刑務所の扉の前まで行くと、そこには白髪混じりの刑務職員がいた。


 「お前が小島太一か。」


 「はい、そうです。」


 「今からお前は番号で呼ばれる。まずはこれを胸につけろ。」


 番号の書かれたワッペンのようなものを渡された。7番。言われた通り胸につける。あれ、日本の刑務所ってこんなのつけてるっけ。



 「日本と海外の刑務所の違いを知ってるか。海外の刑務所は刑罰を犯罪者に与えるものであるに対して、日本の刑務所は犯罪者の更生や社会復帰もその目的としている。」


 「はあ。」


 「いいか、7番。この刑務所に来たからには必ず更生し、社会復帰してもらう。」

 
 刑務職員の目に圧力がかかる。まじで怖い。よくわからない話が続く。


 「それはつまり、悪いカルマを精算するってことだ。カルマっていうのはな、仏教の言葉なんだ。因果応報って言うだろ?いいことをすればいいことが返ってくるし、悪いことをすれば悪いことが返ってくる。お前が社会復帰するためには今までの罪を背負って悪いカルマを清めないといけない。」


 「はあ、わかりました。この中で罪を償っていきますっ!」


 「違う違う、聞いていたか、俺の話を。この刑務所にいるだけじゃ駄目だ。今までの罪を精算できるくらい、良い行いをするんだ。人の役に立て。」


 「でも、刑務所の中でどうやって人の役に立つんですか。」


 「そういう具体的なことは看守に説明してもらえ。」


 刑務職員は微笑みながら言った。看守?刑務職員とは違うのか?そんなことを考えているうちにその職員さんは刑務所の扉を開けた。


 「うわっ。」



 眩しい。思ってたのと違う。その瞬間職員さんに背中を押され、刑務所の中に無理やり入れられた。知らない街が広がっている。なんだここ。本当に刑務所か?振り返ると扉はもうなくなっていた。僕は見たこともない異空間に足を踏み入れていたのだ。なるほど、やはり人生とは何が起こるのかわからないものだ。

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