ゲーム実況配信者にガチ恋してたけど目が覚めたからもういいや。
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『リオールさん、てぁどろさん、まいまいさん、1000ビットありがとうございまーす』
『えーこれどっから行けばいいんだろ、右のフェンスのほうってなんかあったっけ』
『待って! 待って待って待って! 無理無理無理しぬしぬ! あー! 死んだー!』
『はー、くっそ、もうちょいだったんだけどな』
『「今日雑魚エイムですねw」ちょっ、やめてよ、んっふ、もうさー』
『じっぱーさん、1000ビットありがとうございます』
『はー、今日もう終わろっかな、終わるわ。じゃあおつかれーっす』
ギィ。
赤いゲーミングチェアが軋む音がして夏来なつきくんはヘッドホンを外した。
午前一時六分。外からは救急車の音がする。
「終わったよ、ゆいちゃーん!」
「お疲れ。ちょっとここ座って」
「え? なになに?」
夏来くんは「あんゆき」という動画配信チャンネルのグループの一人だ。
あんゆきのチャンネル登録やフォロワーはン万とかン十万とか、再生数もサブスクライブも化け物みたいな人気グループ。
メインはゲーム実況。
やってるのはFPS系ばっかりなのにフォロワーはほとんど女の子。
理由は簡単。ゲームは下手でも顔がいいから。
「なんか怒ってる? 俺なんかした?」
「怒ってはないなあ」
「ええー、怒ってる顔してんじゃん」
言ってしまえば
夏来くん以外のメンバーも(あったことないけど)みんな顔はいいから信者の入れ食いなのは本当で、SNSの裏垢のDMは女の子からのメッセージばかり。
メンバー間のメッセージにはDMのスクショが貼られていたりして。
「次いつ会える?」
「今日、私があげた服着てたね♡」
「げーむばっかでもったいなーいだって~彼女いるのにね~?笑」
「来週の土曜日は空いてます!」
「そろそろ会いたいな~」
私もその中の一人だったんだと気づいてしまった。
「ゆいちゃん?」
「これこの部屋の鍵ね、これこの間もらったネックレス、これ鞄まだ未開封だからこれと、あとこれも」
「は?」
おそろいのストラップからまあまあいいお値段のアクセサリーまで。
ずらっと並べるとなかなか壮観だ。定価で言えばン百万くらい。人気実況者は稼いでいるだけある。
「これ返すね」
「え? なになになに待って、待って話が見えないんだけど」
「だから返すって」
DMやメッセージまではさすがに見たわけじゃないけれど、この間運悪く「あんゆき垢」の女の子のアカウントを見てしまってその子の最新ポストが『彼氏にもらっちゃった♡だいすき♡』という匂わせポスト。
ご丁寧に相手の顔が映らないアングルでおててつないでペアリングである。
私がもらったのと同じやつ。
私があげた腕時計つけた手首。
あ、夏来くんだ。
前までだったらたぶん、メンヘラ全開でなにこれ! 私たち付き合ってたんじゃないの⁉ ねえ! どういうこと⁉ とヒスって迫って泣きわめいて殺人未遂だったと思う。
それこそ「だる、こわ、ブロック」三段活用のいい例だろうけど、っていうか今までも何回かそういうことあったけどそのたびに飲み込んできた。
むかつくむかつくむかつく夏来くんは私のなのに私の彼氏なのに私だけの夏来くんなのに。
だめだよもう不安だよ死にたい夏来くん私のこと好きじゃないのかもどうしよう捨てられちゃう。
そのポストを見たときなんかが切れた。ブツッて感じで。
あれ? 私たちそもそも付き合うとか話してないけどもしかして私セフレ? え? セフレだったとしたらなんで私こんな我慢しなきゃいけないの? 無理くない?
人間、ストレスを溜めれば疲れるしメンヘラは軽率に病むけれど、度を過ぎるとメンヘラってることがばからしくなるらしい。吹っ切れた私の中からあらゆる感情が引いていった。
「あ、これは担降りだな」と。
たかだか認知のためだけに毎配信サブスクして貢物して、もらって数秒『ちゃんゆいさん、せん……いちまん⁉ えっ、ありがとう~!』みたいな反応のために万単位サブスクしてた。あほか。
そのお金もどうせほかの女の子たちに流れていったのだ。
別にそれ自体はいい。なんなら寝てくれたことに感謝すらしてるけど、なんていうかそう「冷めた」。
そりゃもう盛大に。え? どこがよかったの? 顔? よく見たらそうでもなくない? みたいな。
「俺にはゆいちゃんだけだよ」
「そういうのいらない」
「なんで? 俺のこと好きでしょ?」
「ごめん、担降りするから」
「…………は?」
夏来くんは本来「は?」とか言わない。王子様みたいな優しい話し方をするから人気があるのだ。
まあFPSやっててキチゲはたまらないのかと言われれば叫んでることはあるけど。
「ゆいちゃん、待って。俺さ、もうほかの女の子切っちゃったわけ。どうしてくれんの?」
「また裏垢再開すればいいと思うよ」
「ほかの女の子と俺が付き合ってもいいわけ?」
「え、うん、好きにすればいいと思う」
それは脅しのつもりですか? って感じで首を傾げたら夏来くんはさーっと顔を青くした。
プライドが傷ついた的な。やばい、にもつ後で郵送にしてこっそりブロックすればよかった。やらかした。
べつに都合のいいの一人二人いなくなっても困らないんだろうし。
「……俺って、彼氏じゃないの~~?」
「ええ⁉ 彼氏なの⁉」
「俺はゆいちゃんの彼氏だと思ってたんですけど! は? なに? まじで? めっちゃ彼氏面したじゃん無理無理無理死にそう、メンバーにもゆいちゃんの話とかしてんのに待って」
「オタク特有の早口、マジ無理」
「茶火すなよ! 待ってー……待って待って、ほんと、えー? そんなことある……?」
驚いたような顔をしながら頭を抱える夏来くんだけど、その反応したいのはむしろ私のほうである。
だってセックスはしたけど、デートとかいかないじゃん。私が家に来てるだけじゃん。
私がいようがいまいがゲーム配信してるじゃん。え? 彼女ってなに?
なんかもうそういう時期は終わってしまった気がする。関係もって半年くらいだけどまあ長かったねくらいの長さだといわれればそんなもんだ。
目の前でぶつぶつとなにかをつぶやく夏来くんを見てもあまり気持ちが動かなかった。
「俺のこと嫌いになったの?」
「嫌いじゃないけど別に好きじゃないかなあ」
「なにそれ、なんで? やっぱデートしたかった? 俺最初のころにゆいちゃんが外出るの好きじゃないって言ってたからそういうの嫌いなんだと思ってて」
「はぁ……まあ別に好きじゃないけど……でもほら、夏来くんほかの女の子とデートしてるわけでしょ実際」
「だからしてないってば! なんでそう思うの?」
SNSの「あんゆき垢」の彼女の写真を見せると夏来くんは「あー!」と叫んだ。
隣の部屋から壁ドンされた。
「これ春弥の服じゃん! 時計なくしたの俺! でもゆいちゃんには言いづらいじゃん、たぶん春弥が間違えて」
「まあ、別にいいけどそんなのは」
「よくない! だってゆいちゃん超塩じゃん! いつももっと夏来くんかまってよ~みたいな感じなのに」
ああ、それはあるなあと思いながらうなずく。
そりゃあまあかまってほしいときもあったけどいったところでかまってくれないし。
「本当に別れなきゃダメ?」
「別れるもなにも付き合ってないよ」
「だって、もうゆいちゃんと会えなくなんの? 無理、やだ、絶対やだ」
「ええー……次いこうよ」
「無理、絶対別れない」
ただの実況配信者、でその都合のいい女だと思っていた数分前をひっくり返したような状況にため息をついた。
何と言われようと無理なものは無理だ。嫌いじゃないけど気持ちがない。
「わかった、じゃあもうセフレでいいから、ほんとに、お願いします」
「え、絶対ヤダ。もう触ってほしくない」
「致命傷すぎる」
夏来くんのファンとか裏垢とか貢物とか様々あって、それらがつらかったのは本当だけど楽しかったこともあるっちゃある。
たとえばゲームとかまさにそうで、私はスマホゲーもろくすっぽやらないタイプだったけどあんゆき見始めてから自分もやるようになったりとか。
「あ、言いたいことあるんだった」
「なに?」
「エイムくそ雑魚」
「それ今日もう言われたけど!」
「マウスの振れ幅絶対あってないし、ていうか目線変えるだけでぐるぐるされんのまじ鬱陶しいから基礎からやり直せと思ってた。WASD移動もたつきすぎだしすぐジャムるじゃん絶対練習足りてないよ。あと配信実況なのに自信がないからって唐突に芋るのやめよ、絵面最悪だから。それと」
「ふられたとかなんとかもそうだけどめっちゃ落ち込むからもうやめてほしい」
「とにかく夏来くんとはもう終わり。じゃあ、そーゆーことで」
「勝手におわって帰んないでよ!」
そういわれても私から話すことはもうなにもないわけで。
一緒にいても仕方ないし、聞きたいことも別にない。
夏来くんがいまから何を言ったってたぶん私は「ふーん」って感じだと思うし。
「……メッセージ、ブロックしないでくれる?」
「うん、別にしない」
「俺から送ってもいい? 返事してくれる?」
「気が向けばね」
「まだ会ってくれる? 俺ゆいちゃんが好きだよ」
「気が向けば考える」
パソコンから目をそらしただけで夢が終わったみたいな感じがした。
なんかもういいや、めんどくさい。
コメント
ノベルバユーザー603848
最後まで楽しんで読み終えました。
読んで良かった。
ありがとうございました。