そこからはじまる恋!

成瀬瑛理

愛の面影1

――葛城が彼の退職届けを同僚から聞かされたその頃、阿川は段ボールを両手に持って、自分の私物を纏めて会社から去ろうとしていた。


 彼は最後まで葛城とは会わないつもりだった。いや、"会える"わけがないと彼自身もそう思い込んでいた。阿川は葛城を傷つけたことを酷く後悔していた。そして、二人はもう前みたいに戻れないことも――。


 阿川は葛城に対して複雑な恋愛感情を抱くと、淡い気持ちは彼の胸を締めつけた。そして、おもわず深いため息をついたのだった。



 これでいい、もうこれで…――。




 そう心の中に自分の想いをしまい込むと、彼は誰もいないビルの階段を下へと降りた。階段を降り終わると阿川はビルのエントランスへと向かった。そして、回転扉の前で立ち止まると、フと後ろを振り返った。

 一瞬だけ葛城の姿を瞼に思い浮かべると、自分が入社して間もない頃を不意に思い出した。それは、自分にとって凄く懐かしい気持ちだった。そこで様々な感情や、思いが、沸々と沸き上がっては、懐かしい気持ちになった。

 会社に入りたてで、まだ何も解らないことを葛城が自分の後輩として色々と面倒見てくれたことを思い出した。それと同時に彼に次第に惹かれていく自分を思い出したのだった。

 自分に厳しくて、たまに優しくて、人に弱さを見せない姿を知っていた阿川は、そんな彼にどこか惹かれていた。そして、それと同時にこの想いが“恋”だということも知った。

 だけど葛城には自分のこの想いを打ち明ける勇気はなかった。話せばきっとこの関係はなくなるだろうと、彼自身も心の中で恐れを感じていた。だから“先輩後輩”の関係でいようとずっと思っていた。そして、遠くから彼のことを見つめるだけにしようと。だけどその関係も自分壊してしまった。その後悔に阿川は、葛城への想いがただ募るばかりだった。


 瞼に彼の姿を思い浮かべると、阿川はそこに自分の想いを置いて断ち切った。そして、扉の前で頭を下げてお辞儀すると彼は静かにそこから去って行ったのだった――。


 会社から外に出ると和かな風が吹いていた。阿川はそのまま段ボールを両手に持ったまま、トボトボと歩いた。



 今頃、葛城さん。俺がいきなり辞めたから怒っているだろうな……。



 でもこれで良かったのかも知れない。もう彼の前からは消えよう、そしたら…――。



『阿川っ!!』




 その瞬間、後ろから誰かに名前を呼ばれた。



 名前を呼ばれて振り向くと、そこには葛城がいた。彼は息を切らしたままの姿で阿川の顔を真っ直ぐに見つめていた。


「葛城さん……」


 もう会えないと思っていたのに、そこに葛城が目の前に現れると阿川は意表を突かれた表情で立ち尽くした。葛城は顔をから汗を流すと、息を切らしながらも彼のもとに歩み寄った。その表情は怒っている様子だった。険しい表情で近づくと彼の着ているスーツの上着をグッと掴んだ。


「お前、阿川どういうつもりだ!?」


「かっ、葛城さん……?」


 上着を思いっきり掴まれると、阿川は驚いた表情をみせた。そして、葛城の手が僅かに震えていたことに気がついた。葛城はやっとのおもいで彼を見つけると、掴んだ上着をぎゅっと離さなかった。


「葛城さんそんなに強く掴んだら、俺の上着が切れちゃいますよ…――」


「阿川、話がある……! 俺と屋上に来い……!」


「えっ……?」


 「今この場で俺に殴られたくなかったら、屋上に来いと行ってるんだ……!」


 葛城はそう話すと目は本気だった。阿川は彼にそう言われると、その場で腹を括ったように返事をしたのだった。


「……いいですよ。じゃあ、屋上に行きましょうか?」


 彼がそう言って返事をすると葛城は阿川の上着を掴んだまま、強引に屋上に連れ出したのだった――。




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