俺の天使は盲目でひきこもり
1.婚約破棄
俺はセトス・ミラドルト。
ミラドルト伯爵家次男、至って普通の男だ。
だが今人生最大のピンチに陥っている。
原因は目の前にいる我がまま婚約者、リリトアだ。
リリトアはいわゆる政略結婚で俺に与えられた婚約者で、レンガ色の髪と漆黒のつり目がきつい印象の見た目通りキツイ女だ。
「私、公爵家のメロディアス様と婚約したいからあなたとは別れるわ」
俺は19歳リリトアも18歳だ。
もう婚約者を変えることなど許されない年齢まで来ているのに……
こいつは何を言っている?
「私から別れると評判が下がるから、あなたから別れたことにするから」
そう言い捨てて去っていく元婚約者。
俺、なんか悪いことしたか?
その後双方の家同士の話し合いにより、婚約は解消された。
リリトアの家の方が少し力が強かったことや、俺に代わりの婚約者などを紹介することなど、条件を様々付けて。
色々あったらしいが俺の知らないところで全ては決まり、リリトアの代わりに、アンジェという17歳の女が婚約者になった。
会ったこともないのに婚約するというのは貴族ではよくあることだし、それは別に構わないんだが……
ディスカトリー伯爵家次女ということだが俺は存在すら知らなかった。
ディスカトリー家はほぼ同じ家格の家だし、17歳ならさすがに社交界デビューしているはずだが、なぜ?
まあ俺自身、リリトアのわがままに辟易していたし、代わりに紹介するのがめちゃくちゃ悪い女ということもないだろう。多分。
何はともあれ会わないと話は進まない、指定された日時にディスカトリー家を訪れた。
出迎えは執事1人。
なぜだ? 次女の婚約者が初めて訪れたのに出迎えが執事1人とは。
ディスカトリー伯はそんなに常識のない人ではないがな……
考え事をしている間に家の奥へと案内される。
ん?サロンで会うのじゃないのか?
たどり着いたのはおそらくアンジェ嬢の私室であろう部屋。
いくら婚約者といえど初対面の男を私室に入れるか普通!?
執事はノックすると返事も待たずにドアを開けた。
薄暗い部屋で何もせずただ座っている蝋人形のような少女、それがアンジェだった。
栗色のウェーブのかかった美しい髪は少しパサついていて、青い肌と相まって人形のようだった。
目は閉じていて、まるで眠っているかのよう。
「アンジェお嬢様は生まれつき目が見えませんので、いつもこのように過ごしておられます。ではごゆっくり」
こちらの返事も聞かずさっさと下がってしまう執事。
どうごゆっくりしろと?
茶を入れてくれる侍女を横目に見ながら、とりあえずアンジュに話しかけてみる。
「初めまして、アンジェ嬢。俺はセトス・ミラドルトです。聞いているとは思いますがこの度婚約しました。今後ともよろしく」
それに対してアンジェは軽く頷くだけ。
17歳と聞いていたが13歳くらいにしか見えない。
「いつもこの部屋にいるのかい?」
軽く雑談振ってみるも帰ってくるのは頷きだけ。
コミュニケーション取れなさすぎだなぁ……
茶を出してくれた侍女に聞いてみる。
「アンジェはいつも何をしてるんだ?」
「いつもこのように過ごしておられます」
??
「このようにとは?」
「座って何かを考えておられます。目が見えないので、歩くこともおできになりませんので」
それを聞いてアンジェがとても可哀想になった。
一日中この部屋で座っているだけ。
しかも見えないからかこの部屋にはほとんどなにもない。
誰も住んでないのではとは思うほど殺風景な部屋に、ひとりきりでなにも出来ずに座っている。
だけど今すぐ何かできるわけでもなくただお茶を一杯飲んで帰ってきてしまった。
アンジェが可哀想だと思っても何をしてやれば良いか分からない。
俺の知っている女はリリトアだけだが、リリトアと同じことをしてアンジェが喜ぶとは思えない。
かといってしかない文官でしかない俺に、女心はわからなくて。
グダグダ考え事をしているうちに馬車が家に着いた。
「セトスお兄様、婚約者様はどんな方でしたか?」
妹のティアリスが駆け寄ってきた。
リリトアは苦手にしていたが、兄嫁にはよく懐いているので俺の婚約者が気になるんだろう。
「ちょっと気難しそうだけどいい子だったよ」
あっそうだ!
アンジェはティアリスと年齢も雰囲気も近いし、何が欲しいか聞けばいいか。
「ティア、もし今何かプレゼントを貰うとしたら何がいい?」
「えっ、お兄様何かくれるの!?」
「いやアンジェに何をあげればいいかわからなくてな……」
「婚約者様、アンジェ様と仰るのね!うーん……私だったらお人形さんとかかなぁ?」
人形か、飾っても見えないからダメかなぁ……
いやぬいぐるみにしてふわふわした肌触りの良いものにすればいいか!
「ティア、ありがとう。買いに行ってくる」
「お兄様のお役に立てて何よりです。私にも何か買ってきてね!」
……余計な出費が増えたが、情報料だと思おう。
ティアがよく行くという雑貨屋教えてもらい、ひとかかえもある大きな熊のぬいぐるみを買った。
ティアにも手のひらサイズのうさぎの人形を買う。
兄や父の領地経営を補助する文官として働いている俺には週に1度休みがあるのだが、次の休みにアンジェの元を訪れるのが少し楽しみになった。
晴天の下、大きなクマのぬいぐるみを抱えてアンジェに会いに行く。
通されたのはまたアンジェの私室で、彼女は前回会った時と全く同じように座っていた。
「アンジェ久しぶり、セトスです」
見えない彼女は誰が来たのかもわからないだろうと思い軽い自己紹介をする。
「プレゼントを持ってきたよ。気に入ってくれるかな?」
そっと彼女の膝の上にクマをのせてみると、こわごわと手を伸ばしぬいぐるみに触れる。
小さな手が、くまのぬいぐるみの表面を滑る。
「ぬいぐるみだから少し強く触っても大丈夫だよ」
そう言ってあげると、熊の胴部分をぎゅっと握る。
しばらくクマをニギニギと触り続けていて、その様子は小さな子供みたいだとても可愛かった。
「気に入ってもらえたみたいでよかった」
そう言うと彼女はそっと顔を上げ俺の方を向く。
「…………ありがとう……ございます」
蝋のような頬を少し赤らめてそういうアンジェはとても可愛くて、妹にするようにポンポンと頭を撫でた。
途端に身体をビクつかせるアンジェ。
よく考えれば彼女は目が見えないわけで、今のは何かが頭に当たったとしか感じられない。
「ごめんよく考えずに触ってしまった」
「…………大丈夫」
お許しを貰えたみたいだしもう少しだけ触ってもいいかな?
そっと髪を撫でても今度はビクつかなかった、俺はアンジェの髪を撫で、アンジェはぬいぐるみをなでる。
不思議に心地の良い時間を過ごしたのだった。
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