ウ〇コ時間に読めるショートショート

けったいん

こういうコンビいいよね。【4月5日をテーマにショートショート】


「ここ、新子焼きあるんですね!」

壁のメニューを見るなり、思わず声が出た。

ここは、新宿の思い出横丁にある小さな焼き鳥屋だ。
新子焼きとは、俺の地元、北海道の旭川発祥の料理で
手羽付きの鶏肉をこんがり素焼きしたものである。

ふらっと入った店に、馴染みのメニューがあり
ついテンションが上がってしまった。

「すみません。とりあえず生ください。」
椅子に腰掛けながら、ご主人らしき人に注文する。

年齢は七十代くらいだろうか、職人のような雰囲気だ。

「あいよ。」
ご主人は小さくつぶやくと、ゆっくりだが無駄のない動きで
瓶ビールとコップをカウンターにおいてくれた。

店はカウンター席のみで8席ほど、お客さんは俺以外に
2人で来ているサラリ―マンらしき人たちだけだ。

「ここ、新子焼きあるんですね。」
さっきより声のトーンもボリュームも一段階落として質問してみた。

「あるよ。お兄さん、北海道?」
「そうなんです。旭川出身なんでつい懐かしくて。」
「食べるかい?」
「あ、じゃあお願いします。」

ご主人はまた無駄のない動きで、手羽を網の上に乗せた。

「女房が北海道出身でね。」
網の上にある串たちを回しながらご主人が言う。

「へぇー。そうなんですね。奥様もお店にいらっしゃるんですか?」
と聞くと、
「もうすぐ手伝いに来る。」と、ご主人。

ビールを飲みながら旭川のことを思い出していると
いつの間にか、目の前には焼きたての新子焼きが置かれていた。

うん、とても美味しい。

ふいにご主人が、
「新子焼きっつうのは、若鶏を焼くから新子なんだよ。」
そんなことは俺も知っていたが、
「へぇー!そうなんですね。」と返した。

ちょうどその時、ガラガラと店の扉が開いた。
「お待たせ~。」の声に振り返ると、
そこにはなんと、丸坊主のおばさんが立っていた。

・・・正直、結構驚いた。

丸坊主の女性、特におばさんは見たことがなかったし、
あの厳格そうなご主人の奥さんがと思うと、
なんというか、うまく言えないが、ものすごく意外だった。

数秒の出来事だが、数分に感じたほどだ。

あまり見るのも失礼なので、
ご主人のいるカウンターの方に向き直る。

カラッカランと、音が聞こえた。
見ると、ご主人が串を床に落とし、
俺の何倍も驚いた表情で立ち尽くしていた。

えっ、まさか初?初お披露目のタイミング?
と俺は思ったが、ご主人の言葉を待つ。

しかし、ご主人は驚きで声が出ていないようだ。
彼はこの数秒を数時間に感じていることだろう。

店内が静寂に包まれる。
横丁の賑わいが、より大きくなったように聞こえる。

坊主の奥さんがカウンターまで詰め寄り、
何か言ってほしそうなキラキラした目でご主人を見ている。

「・・・なんだそれは。」
ご主人が声を絞り出す。

「坊主デビューしてみたの!」
「この歳でか。」
「そう、いいでしょ!アイコニックちゃんがしてたのよ。」
「モデルだろ、彼女は。しかも十年以上前だし。デビュー当時の話だし。」

・・・笑いそうだ。

静寂で二人の声しか聞こえないのも、
ご主人が妙にアイコニックに詳しいのも、
奥さんに飲まれて会話のテンポが上がっているのも、
すべてが面白い。

笑わないように膝をつねる。


「飲み物お代わりいりますか?」

いつの間にかカウンターの向こう側に立っていた奥さんに
そう聞かれ、「あっ、はい。」と答える。
よく見ると、似合っていなくもない。すこし若く見える。

やはり、女性はいつまでも新子でいたいのかもしれない。

奥でご主人が、サラリーマンたちに盛大にビールをこぼしていた。


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4月5日は、
横丁の日
新子焼きの日
ヘアカットの日
デビューの日

これらをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました。

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