藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

唯一の方法。


「すまなかった。」

あれから数日。いろいろな事件が片付いたおかげで、用事に追われに追われていたギルド内も、やっと落ち着いてきたというところで、俺に呼び出しがかかった。

正確には俺だけでなくリィ、セシリア、ルベリオと、既視感のあるメンツ、端的に行けば非戦闘グループの面々だった。

そんな俺たちに招集が掛かったかと思うと、開口一番にマスターは謝罪の意を述べて、それと同時に、頭を深く下げる。

「ちょっ、そんな!」

ルベリオはあわあわと忙しなく動いて、どうにか頭を上げてもらおうとしている。先日の話の中でも窺えたが、ルベリオはマスターのことを強さという面でも、それ以外の面でもかなり信用しているらしい。そんなルベリオにとってマスターが頭を下げるなんてあってはならないことだろう。

それでもマスターは頭を上げはしない。最初こそふざけた印象を受けたが、自分たちの中に敵がいて、そのせいで本来危険が及ばないはずの俺たちに危機が訪れたとなれば、責任を負うのはマスターになるのだ。

「仕方がないことだと思います。ランさんの変化も、私やルベリオでも、スズさんですら見抜けなかった。マスターだけの責任じゃないと思います。」

いろんな感情を飲み込んで、セシリアはそう言う。正しくて、賢い女の子だと思った。

すごく羨ましいとも。 

「セシリアの言う通りっす!マスターが謝ることじゃないっすよ!」

リィも続く。確かに、今回の件にマスターの非はないだろう。ランは、まるで何かに取り憑かれたかのような狂気を孕んでいた。初対面の俺ですら感じるような狂気を身に宿した彼女が、ここまでの信頼を勝ち取れるとは思えない。

それはつまり、狂気的な衝動を、何者かによって弄ばれた結果得てしまったと言うことだろう。

「ランさんは正気じゃなかったように見えました。一番関わりが薄い俺ですら、そう感じる程に。多分、彼女も本意じゃなかったと思います。」

その言葉の薄っぺらさには、自分でも笑ってしまう。言葉を紡いでいきながら、一番恐怖しているのは俺だというのに。

けれどマスターは、その言葉を聞いて少しでも心が和らいでくれたのか、頭を上げ一言、ありがとう、と告げた。

俺もまた、恐怖をなんとか隠して、表面を取り繕って、会釈を返す。

リィ、ルベリオ、セシリアの3人もそれを見て安堵したようで、溜飲を下げた。マスターはやはりとても信頼されていると、この一連の流れを見るだけでもわかる。

うまくいっている、と思った。

「リィとセシリアとルベリオは席を外してくれ。カイト、君にはまだもう一つ話があるから、少しだけ残ってくれると助かる。」

マスターの言葉を皮切りに他のみんなが立ち去っていく。その背中を見送ると共に、背後から咳払いが聞こえた。

話を切り替えよう、と言うことらしい。それにしても一番最初のふざけた印象は本当にどこにいってしまったのだろうか。

「それで、話ってなんですか?」

全員が立ち去ったのを確認して、俺から話を切り出した。

俺の言葉を聞いて、マスターの双眸に貫かれたと錯覚するように俺を見つめた。

「君を正式にリバティザインの一員として迎え入れることになった。これはセシリアやリィの推薦の結果だ。まずはおめでとう、と言わせてもらおう。」

内容は至極簡単なことだった。推薦の理由も、なんとなく検討はついている。あの化け物(この世界ではオークと呼ぶらしい)を倒したと、セシリアやリィから報告があったからだろう。

目標にしていたはずの正規メンバー入りだというのに、感情はそこまで動かなかった。どこか冷めた目で自分を見つめている自分がいるような感覚がしている。

「ありがとうございます。」

こくり、と軽く頭を下げて、俺とマスターは握手をした。鍛えられたずっしりとした重さを伴う手を握る。目の前の男が、強者であると雄弁に語っていた。

「君には名前を告げたことがなかったような気がするね。改めて、この場を借りて名乗らせてもらおう。リバティザインのギルドマスター、ギルドレイト・チャンドラだ。マスターと呼んでくれたまえ。」

マスターが身に纏う厳かな雰囲気に、思わず息を飲む。皆が口を揃えてマスターは強いと言っていた意味を肌身で感じて、ぞくりと鳥肌が立った。

「やっぱ性に合わないことはするもんじゃないね。気難しい話はこれで終わり。仲良くやって行こう!」

——と、見直そうとしていたところで、彼の雰囲気は一転する。ふぅー、と重荷を下ろした時のように息を吐いたと思うと、ガラッとマスターに対する印象が変わった。最初に出会った時と同じように、フランクで軽い。

誰からにもその力量と人柄を信頼される理由がわかる。何者からも守ってくれそうなほどの力を持ち、それでいながら自分を対等な友か何かのように扱ってくれるのだ。

「ええと、正規メンバーというと、依頼を受けてそれをこなす、って感じですよね?」

「そうだね、リバティザインは依頼クエストギルドだから、依頼を受けてこなすというのがメインだよ。」

依頼クエストギルド、と聞いて、なんとか記憶を呼び起こそうと考えながら、頭を下げる。

「わかりました、ありがとうございます。」

「君には無理を強いてしまったから、暫くの間は休暇とするよ。そうだな、1週間くらいで良いかい?」

ギルドマスターから出た言葉はありがたいことだった。自分の身に起きた変化をまとめないままに依頼をこなすのはあまり気が乗らなかったので、この休暇を使って変化についてある程度調べられるのは思いがけない幸運だ。

「よし、それじゃあ今日はここで解散にしよう。」

そう言ってお互いに立ち上がり、俺は部屋を出て行く。頭を下げて、ぎいとなる木の扉を閉めた。

ある場所へ向かいながら、王宮で覚えたことを思い出す。

そもそも冒険者として登録されている俺だが、冒険者、というのは昔の御伽話における勇者をなぞらえたものだそうだ。

勇者は迷宮に潜り探索しながら、地上では民の依頼に答えた。だから、冒険者というと迷宮に潜る探索者シーカーと依頼をこなす頼叶者クエスターに分かれるそうだ。

その中でも依頼クエストギルドは後者の頼叶者クエスターが集まるギルド。

もちろん、一攫千金に憧れて探索者シーカーを目指す探索シーカーギルドもあれば、勇者と同じように両方をこなそうとする冒険者ギルドもあるようだ。

探索シーカーギルドは一攫千金を目指すようなやつじゃなきゃまず所属しないらしいし、そのせいもあってか未だにこの世にある7つの迷宮のうち一つも踏破されたことがないと聞いている。

踏破されない理由は複数あるが、大きな理由の一つに、ごく稀な例を除いて迷宮は割りに合わないというのがあるそうだ。

迷宮内に単純な金銀財宝から歴史的にも名の知れた武具などが『ドロップ』することもあるようだが、そんな一攫千金の事例は本当にごく僅かであり、基本モンスターを倒して取れる魔石は、モンスターを倒すリスクに見合う価値で売れることはごく稀。

生まれが貧しくて一攫千金でしか成功に手を伸ばせないものが集まりやすい都合から、俺の頭にイメージする荒れた酒場、などは探検シーカーギルドにありがちのようだ。

その一方、俺が所属する依頼クエストギルドは、収入が安定しているようで、治安も探索シーカーギルドよりも基本的には良いようだ。

「フリードには感謝だな……」

ぼそりと、この場にはいない爽やかな男の顔を思い浮かべる。

そうして着いた目的地。
扉を開けて、奥へと進む。

奥の部屋で椅子に座る彼女は、にこりと俺に笑いかけた。

「帰ってきたんだね。」

左腕が布で無理やりに巻かれている彼女の笑顔を見る度に、心臓を掴まれたかのような苦しさがこみ上げる。

「……ああ。」

なんとか返事を捻り出す。無表情だったスズが笑うようになったのは、あの日のオークの一件依頼だった。

スズが変わってしまった。表情がわかりやすくなったなんて楽観的に取れるほど、俺は馬鹿じゃなかった。

俺たちに気を使って表情を和らげるスズは、優しくて、見ていてとても辛かった。
あの日から数日、俺とスズとリィは、こんな上辺のやりとりを繰り返している。

「腕はやっぱりダメらしい。軽く処置はして骨はなんとか見えなくなったけど、もう自然治癒能力だけじゃなんともならないって。」

スズはもう一度笑う。 

「……そうか。」

絞り出す声が震えたのを感じた。それをスズも感じたようで、少しだけ静かな間が訪れた。

「ただいまっすー!」
 
そんな空気を壊すように、ぱたぱたと足音を立ててその声の主がやってくる。

俺より先に帰っていたと思っていたが、あの後、ギルドに残って何かをこなしていたのだろうか。

「おかえり、リィ。」

俺がきた時と同じように、スズは微笑む。
その様子には、まだリィも慣れないようで、息を詰まらせていた。

「ッ、た、ただいまっす!」

ふとなにかに引っ張られるのを感じて後ろを見れば、俺の裾をくい、とつまむリィの手があった。

不安を隠しながら、リィもまた明るく振る舞う。

——一つ、わかったことがある。この世界に回復魔法は例外を除いていない。伝説の属性として扱われているのだ。

そして俺はその例外を知っていた。

スズの腕を治す方法は、おそらくそれ以外にないだろう。それを為す為の交渉材料をどう集めるべきか、俺は頭を回していた。














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