藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

一方その頃。

先輩がいなくなってほぼ一ヶ月が経った。
私たちはこの世界の常識とか、そういうものをある程度つけて、戦うための訓練もした。

私の心に蟠ったものは消えなかった。先輩を突き放した罪悪感は、あの日からいつまでも私を蝕んでいる。

「凛、大丈夫?」

「あ、亜月先輩……、大丈夫です!」

朝食を食べずにぼーっとしていたら、亜月先輩から話しかけられた。きっと地球にいた頃ならすごい喜んでたはずなのに、どうにもそう思えるほどの元気がなかった。心配させるのも申し訳ないので、元気な女の子アピールをしておく。空虚なものだったけれど、それを見て少しは亜月先輩も安心してくれたらしい。そっか、といって立ち去っていった。多分、空元気だと気付かれていて、それを詮索されたくないことまで察してくれているのだろう。

こういう気遣いができるところは、杜撰な先輩とか大違いだなーとか、そんなことを考えてしまう。……なにをやっても、浮かぶのはあの目つきが悪くてぶすっとした、先輩の姿だ。

「凛、先に行っとくよ。」

「あ、はい!」

先に食べ終わった志波姫先輩に話しかけられて、我に帰る。あの日から、言い方は悪いけど共犯者として、私たちは関わり合っていくようになった。
正直怖い先輩だと思ってたから、こんな風になるなんて予想もつかなかった。その経緯は褒められたものではないけれど、仲良くなれた……と信じたい。

ふう、と息を吐いて、立ち上がる。次の時間は座学だったはず。ここ一ヶ月は、迷宮についての勉強を繰り返していた。

この世界の魔王とやらは、各地に“迷宮”なる魔物の沸く巣窟を作ったらしい。この王国の付近にも、『迷宮』があり、この王国の名を冠した「シュターナ大洞窟」という迷宮があるらしい。この付近の魔物は、ここからあぶれたものだそう。

……しかも、魔物、というのも私たちの世界とは認識が異なるらしい。ファンタジー世界におけるメジャーな敵として、そこらへんにうろうろとしているイメージが強いんだけど、こちらでは災害の一種のような扱いを受けてた。魔物は原則、迷宮付近、もしくは迷宮内でしか活動しない。なので、魔物が現れた場合、国やギルドが動いて、討伐しに行くらしい。

……じゃあなんでわざわざ私たちが迷宮攻略なんてことをするのか、というのは簡単で、魔王の住む場所の周りにある瘴気と呼ばれるバリアのようなものを解除するためには、迷宮の攻略が必要だ、という伝承が、この国の信じる宗教で語り継がれているからだ。信憑性がどれだけあるのかはわからないけれど、それ以外に選択肢がないのだから仕方がない。

柄にもなく、思考をぐるぐると回している。こんなふうに考え込むのは一体誰に似てしまったのだろうか。
とはいえ、私がこんな風にそわそわしているのには、他にも理由はあった。

「よし、頑張ろう。」

そういって、宿を出る。フリードさんと、四騎士の一人、ライズさんと、あとは精鋭グループの中から私、志波姫先輩、亜月先輩、そして野口先輩。このメンバーで、一緒に街を歩いて行く。

……野口先輩の顔は、できれば見たくもない。先輩のことを一番最初に殴ってるし、あの谷山先輩を従えてる人だ。

ならどうしてこんなメンバーで揃っているのかというと、今日が初めての迷宮探索になるからだ。私がそわそわとしていた理由でもある。団長であるフリードさんを中心に、まずは迷宮についての感覚を私たちが掴んで、他の人たちがパニックにならないように統率を取れるようにすることが目的らしい。正直後輩である私がいるのは居心地が悪いが、唯一の回復属性である私が抜けるわけにもいかなかった。

「来たね。それじゃあ行こう。」

フリードさんの言葉を皮切りに、宿から私たちは歩き出す。王国の外に出れば、シュターナ大洞窟はそこにあるらしい。とはいえ王宮とは真反対の位置にあるものだから、移動して宿をとって二日をかけている。シュターナ王国はかなり大きい国だった。

〓〓〓〓〓

大洞窟、という名前の割に、入口は普通の洞穴とそこまで変わらないように思えた。

入口には甲冑を着た番人のような人がいて、人の手で整理されているのを感じる。

「おお、フリード殿。迷宮探索ですかね?」

「ああ、選ばれし者たちを連れて来た。」

そのやり取りを経て、番人は私たちに視線を向けてくる。ここに来てから何度もみた、期待と羨望が入り混じった目だ。神に選ばれることを至高の喜びだと信じてやまない目。

「そうだったのですか。いやはや、名乗りが遅れて申し訳ない。シュタルテルト、と申します。この迷宮を探索するのならば、今後も見かけることになることと思われます。以後お見知り置きを。」

丁寧に頭を下げて、シュタルテルトさんは自己紹介をする。悪い人ではなさそうだ、と感じた。

私たちを代表してフリードさんが軽く挨拶し、会釈を交わして洞窟内へと入っていく。小さい入り口からは階段のようになっており、これもまた人の手が加えられている。

「思ったよりも人の手が加わっているというか……迷宮って感じがしないですね。」

「5層までは、人の手で整備されているからな。人間が達した層は9層まで。何層まであるのかはまだわかってない。」

砂を蹴るざっざっざという音を立てながら歩いていく。舗装された道からだんだんと岩肌が見えてくる。明かりが埋め込まれていて、光には困らないものの、不気味な雰囲気が漂っていた。

「……!」

フリードさんを除く、全員が息を呑んだ。荒い呼吸と、ふしゅるるるという獣独特の音を鳴らして、赤く爛々と目を光らせて、四足歩行の青いオオカミのような獣がその姿を顕にする。

「これが魔物。こいつはブルーウルフって呼ばれてる。一層の魔物だし、そこまで強い訳でもない。皆なら簡単に倒せると思う。」

その言葉を聞いて、我先にと前に出たのは谷口先輩。少し前から感じているが、あの人からは自己顕示欲ばかりしか感じない。少し苦手だ。

「うぉぉぉっらぁっ!」

野太い叫びと共に斧を振り下ろす。大雑把な動きでありながら、無茶苦茶な筋力によって、ブルーウルフは避ける前にその攻撃を避ける前に倒されてしまう。

両断された狼は黒い砂となって消え去り、その後には何かがきらりと光った。

「ブルーウルフの魔石が落ちたね。拾っておこう。」

魔石、というと、今の私たちの生活には欠かせないあれだろうか。シャワーなど、生活必需品にまで活用される魔石は、魔物から取れるものだとはわかっているものの、目の前で生物だったものが石と砂に変わるのは、奇妙な感覚だった。

「うん、一層は皆なら大丈夫そうだね。今日は2層まで進めたら一旦引こう。」

ゲームに出てくるダンジョンが実際にあるかのようで、少しワクワクとしている。RPGを少しかじっただけの私でも、その感覚はわかる。実際、勇者としてこの世界に来た私たちは、ゲームの中にいるようなものなのだろう。道中襲ってきた魔物も、他の先輩方には敵わない。

「私の出番、無いなあ……」

ぽつりと呟いた言葉に、黒金先輩が振り向く。

「怪我人が出たときにこそ、凛の魔術は役に立つ。役に立たないってことは平和ってことさ。」

慰めてくれる先輩の言葉は、少し聞き覚えがあって、なんだろうと頭の中を張り巡らせたら、暇な警官がよくいうセリフに似ていた。

「ありがとうございます。」

それが少し面白くてくすりと笑うと、安心したようにまた前へと振り向いた。

しばらく歩いて行く。一層はマップも完成しているようで、それを手にしながらの探索となった。魔物との戦闘は3度ほどあったが、そのどれも苦戦には値しなかった。

「ここが2層へ繋がる階段だよ。よし、今日は戻ろう。」

闇に繋がる階段を覗き込んで、踵を返す。これから私たちは、この大洞窟の最深部を目指していくのだ。

「ッ!」

とっさに横へ向く。反応したのだ、《負傷感知》が。
しかも、先輩の時に感じたような傷のつき方だ。かなりの重傷。そ嫌な予感がして、走り出す。

「あっ、凛!」

私の咄嗟の走り出しに、志波姫先輩が真っ先についてくる。私が目標の場所に着くと、そこには人型の醜い緑色の肌をしたモンスターがいた。巨体で、見ているだけで生理的嫌悪感が引き起こされるような。

その足元に、緑髪の、亜人の少年が倒れている。負傷感知は、彼に強く反応していた。彼には首輪がついていて、奴隷と呼ばれる身分にいるのだと理解する。奴隷については軽く習った程度だが、奴隷がいるなら主人がいるはずだ、と辺りを見回しても、主人はどこにも見当たらない。

「グォォォォォォ!」

化物は叫び声を上げて、腕を振り下ろす。

「ッッ!《瞬歩》!」

叫ぶ声が聞こえて、一閃。腕が切り落とされ、赤黒い血が吹き出る。剣を振り、志波姫先輩が険しい表情でその巨体を見つめる。

「《瞬歩》、《神閃》!」

スキルの連打。目にも留まらぬ速さで、魔物を切り刻んでいく志波姫先輩。焦ったように他の先輩方がついた時には、辺りに飛び散った血とその巨体は斃れ、砂へと化すところだった。

「オーク……?ここにはいないはず……。」

フリードさんは口元を押さえて考え出す。黒金先輩は焦りを顔に浮かべ、こちらへと向かってきていたが、構っていられない。倒れている少年のもとへ向かう。

「大丈夫!?」

呼びかけると、首を少し動かそうとするのが見える。意識はまだあるものの、状態はあの時の先輩よりもひどい。骨はところどころ折れていて、切り傷などの表面上のものだけで見ても多数。おそらくこの洞窟の岩などに体をぶつけて作った傷もあるだろう。

「『ヒール』!」

出番がないことに、今は感謝している。魔力が余っているおかげで、彼の回復に集中できる。

「『ヒール』!『ヒール』!」

各部位ごとに、魔力を集中させて、一回一回ヒールをかけて行く。魔力を半分ほど消費した頃には、かなり動けるようになっているはずだ。少年は、不思議そうに自分の体を見つめていた。

「え、えっと、ありがとうっす。今のはなんすか……?」

「回復魔術、だよ。」

少年は目を見開く。とても驚いているようで、その顔を見つめていると、フリードさんが駆けてくる。

「一人で行動するのは危険だから今後は慎むように。……この子は、捨てられた奴隷かな。迷宮だと、よくいるんだ。」

目を細めたフリードさんにそう言われ、罪悪感で少し顔を伏せる。今回の私の行動は、他の皆に迷惑しかかけていない、自分本位の行動だった。その後、フリードさんは、それでも、と続ける。

「一つの命を救えたことに違いはない。君がいなければ救えなかった命だ、誇っていい。」

フリードさんはそんな私の心情を知ってか知らずか、そんな言葉を投げかけてくれた。少しだけ心が和らぐ。

「あ、あの。」

少年がおずおずと声を発する。

「ありがとうっす、自分はディって言うっす。今は奴隷の身に落ちてるっす。面目ないっす。」

元気そうな彼を見て安心する。誰かを助けられた時の喜びに、私は笑みを浮かべた。彼もまた、緑髪と、その動物らしき耳をぴこぴこと揺らして笑っていた。他の人たちも、そこまで顔には出さずとも、優しい表情を浮かべていて、この後に何が起きるかも、何に巻き込まれて行くかも、私たちは予感していなかった。唯一、ただ一人を除いて。

















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