藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

絶望への抵抗。あるいは悪夢の再現。

ギィンと鈍い金属音が響いて、平均程度はあるはずの俺の体は簡単に吹き飛ばされた。

「ぐッ!」

なんとか受け身を取る。手にはまだ痺れが残っている。なんとか刀を握りしめて、スズの教えを思い出す。

ライサ流は、自分より強い者に対する対抗手段。正面から受けるな、流せ、いなせ。

「らぁっ!」

声を上げたランは、その重力下にあるはずのその体躯をものともしないかのような膂力でこちらに詰め寄ってくる。

「てめっ、人間かよっ!」

刀同士がぶつかり合う。なんとか面を逸らして、直接はぶつかり合わなかったはずの力は、俺の手に重くのしかかる。
このままじゃ、あと1分も持たない。突然力を受け流せるようなご都合主義が起きるわけでもない。だから、使えるもんはなんでも使え。たとえ人でもなんでも。
相手と鍔迫り合いをする。とはいえ、相手の眼には残虐な、戦いを楽しむような様子が見て伺えた。本気など微塵も出していないことが、今は僥倖だった。

足を上げ、相手に向け突き出す。単調な蹴りは簡単に受け止められたが、目的は蹴りじゃない。
地面を蹴るように後ろに飛ぶ。距離を取り、顔を上げる。いまだ状況を飲み込めていない赤髪と緑髪、赤髪の女の方がセシリア、緑髪の男の方がルベリオ、と名乗っていた二人に、声をかける。

「おい!ボーッとしてたら殺されるぞ!自分にできることを考えて動け!時間さえ稼げばなんとかなる!」

俺の叫び声で体を震わせたセシリアは、少し震えを見せながらも杖を握る。どうやら、魔法を使う後衛のようだ。非戦闘班である以上期待はできないだろうが、いないよりマシだと思いたい。
そしてルベリオの方は……逃げ出していた。

「あっ、おい!」

俺の声は届かず、ルベリオは森の中に消えていった。その様子を見て、ランは歪んだ笑みを浮かべた。どうやら緑髪は一応見逃されるらしい。

「まあいい、あいつは後回しだ。まずはお前、そしてあの女の首を持って、獣人の女の前に立ってやろう。その後にあの甘ったれたギルドのやつらを皆殺しだ。ククク、ハーッハッハ!」

将来に想いを馳せて明るい笑みを浮かべている。物は言いようだなほんと。こいつを突き動かすものがわからない。分からないもんは不気味だ。

「——『燃えよ、灰と化せ』!」

セシリアが何かを叫び、杖が赤く煌めいた。どこか冷静さを欠いたようなその様子を見て、直感的に不味いと感じた。

「《ファイア》!」

杖から炎球が飛び出した。ランは予感していたようで、簡単によけてしまうものの、俺反応が遅れ服の一部がその熱により焦げた。

「あ……」

セシリアは魔術に夢中になっていたようで、ようやく自分がなにをしたのかを悟った。そして、また震え出す。
ああクソ、このままじゃ時間も稼げん。
励ましの言葉でもかけるべきだろうか、と重い言葉を紡ごうとしたところで、風を切る音がした。瞬間、なんとか屈むことで回避する。正体は、投擲されたランの刀だった。
間髪入れず、ランは俺に向けて蹴りを入れる。俺の刀もまた、手から弾かれた。
詰まるところ意味するのは完全な肉弾戦。
セシリアは、ほぼ戦意喪失。
状況は最悪と言ってよかった。

そのまま間を開けることなく、ランは拳をかざし、流れるような連打によって俺を追い詰めていく。

「がッ、ぐぁッ!」

拳による連打は、一撃一撃が明らかに重い。その細身のどこから、と思い、その理由に行き着く。魔力だ。
魔力によって、身体を強化する。ただそれだけの、簡単な話。
しっかりとガードしたはずの腕は青く腫れ上がり、痛みを訴える。その痛みに顔を歪めていると、ガードが間に合わず、回し蹴りが脇腹に突き刺さり、嘘のように吹き飛ばされた。

「ふん……あいつの弟子とはいっても、所詮はこの程度か。いや、私が強くなりすぎたのかな?」

醜い笑み。それを浮かべるランは、まるで猫が獲物をいたぶる様に、ゆっくりと歩いてくる。

体はもはや半分言うことを聞かない。殴られ慣れ始めたなんて言うのは幻想で、本気で殺しにくる相手から振るわれる本物の暴力の重さが、体に響いていた。吐き捨てるように暴言を吐いても、現状は変わらない。

「ぐっ……畜生……」

突然視界が高くなり、呼吸が苦しくなる。首を鷲掴みにされていた。地から足が浮き、ちょうどそれは宙吊りにされたサンドバッグと形容するのが似通っているだろう。

「無様だなァ!」

ガード……しなければ。思考が朧げだ。なんとか腕を上げようとしても、腕には力が入らない。ランが拳を振り上げ、鳩尾を穿った。

「がはッ……げほッ、ごほッ」

口から気持ちの悪い液体が逆流した。もう視界すらぼやけてきた。
そんな俺に構うことなく、何発も、無慈悲に、拳は振り下ろされる。

「ぐッ、がッ……ごふッ」

「助けを乞え。無様に頼み込んで見せろ。そうすれば命だけは奪わないで置いてやろう。」

愉悦に浸るランは、どこか虚しい劣等感の行きどころを探しているように見えた。そんな奴に、屈してやるかよ。最後の意地、ってやつだ。睨みつけてやると、ランの額には青筋が浮かび、気に入らないとばかりに表情が歪む。首を掴む力が強くなり、息が漏れ出す。まともな呼吸ができない。

ランが止めと言わんばかりに思いっきり腰をよじり拳を握り締めたのを見て、なんだかんだで結局下らない最期だったな、と思った。でもまあ、リィみたいな奴の代わりに死ねるのなら、まだマシな最期だろう。

……拳は、俺に向けて振り下ろされることはなかった。

なにかが叫んでいるのが聞こえる。

「あああああああぁッッ!」

ぱっと手が離されて、子供が飽きたおもちゃを放り投げるように、俺は地面に倒れ込んだ。げほごほと咳き込んで、何が、と顔を上げるとセシリアが吹き飛ばされているのが見えた。俺を助けようと、無理やり勇気を振り絞って、突撃してきたのだと理解する。

「まずはこいつから殺すか。その後にお前だ。」

俺の方を指差し、セシリアを嘲笑う。
岩に打ちつけられたセシリアは、華奢なその体に砂埃をつけていた。気を失ってはいないだろうが、脆く細い体では、動くのも精一杯だろう。

「ククク、一時期は三属性を扱えるトリプルとしてあれだけ持て囃されていた第三皇女ともあろうお方が、事もあろうに物理攻撃とは。そんな体たらくだから追放されるのだ。」

ランの言葉の節々には、まるでそう言いながら自分について語っているようにすら思えた。
やはりある程度ギルドにいたからだろうセシリアについてもランはある程度の知識があるようだ。
二属性を扱えるだけでも凄いとされる世界において、三属性を扱える。そんな彼女がなぜ非戦闘班に居るのか。色々と問題を抱える訳ありだけが集まるギルド、とは聞いていたが、その内情はより複雑そうだ。まあそんなことを考えたところで、今の状況は打開できないが。

「はぁっ、はぁっ。わ、私は。」

何かを弁明しようと、言葉を紡ごうとするセシリア。それを踏みにじるように、ランは言葉を遮った。

「目の前で幼馴染みが殺された時、お前は今みたいに眺めていることしかできなかったんだろう?あの時と同じだよ。お前はそこで這い蹲って、こいつが死ぬところを見てると良い。」

そう言って刀を拾うラン。さっきと同じように俺の首を握り、持ち上げる。もう助けに来る奴はいない。リィもまだ間に合わないだろう。

「がッ……ぎ……」

なんとか腕を外そうにも、もはや俺に力はないに等しい。外せるはずもなく、鋭利なその切先が俺に向けられた。

「やめて!!!」

セシリアが叫んだのが聞こえて、凶刃は俺の体を貫いた。













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