藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

消失と捜索と繋がった依頼

ここ最近は疲労で泥のように眠るのがいつものことだったので、久しぶりの自由時間には柄にもなくワクワクとしていた。

活発に動きまわるリィに引っ張られて街を移動している。商店街のような場所を歩いていくと、

「おっリィちゃん!今日も元気だねえ。ほら、リゴンだよ。」

店を開いている中年の男が、一つまんまるい赤の果物のようなものをくれた。というか林檎そっくりである。

「ありがとうっす!アプルの店のリゴンはいつも美味しいっす!」

貰ったばかりのリゴンを齧って、リィは人懐っこい笑みを浮かべた。
ああ、これは演技でもなんでもなく、素なのだろう。

「お、今日はスズちゃんと一緒じゃないのかい。」

アプルと呼ばれた男は、周囲をきょろきょろと見渡して、スズの不在に気付いたようだ。そうして俺の存在も認知したようで

「今日は男の子と来てるのかい。リィちゃんもそういう時期かあ。」

としみじみとしたように言った。なにやら面倒臭い勘違いをしている気がする。それを訂正しようとしたら、アプルはほら、とリゴンを俺に投げた。
少し焦りながらキャッチすると、アプルは笑顔をこちらに向けた。
その笑顔を見ていると、なんだか毒気が抜かれてしまった。

「ありがとうございます。」

軽く会釈して、リィを連れていく。齧ったリゴンは、少し酸っぱい甘さがした。



商店街を通り抜けたリィは、一文も使っていないのに両手に沢山の野菜や果物を入れた革袋を抱えていた。地球にもあったような食材から、地球では見たことのない食材まで。多種多様な食材を、リィの顔を見た店主たちは笑顔を浮かべながら少しずつ与えた結果だった。

「いつもこんな感じなのか。」

「そうっすよ!ここの人たちはみんな優しいっすから!」

むふふ、と満足げに皮袋を持ち上げて、リィは商店街の人達を自慢するようにそう言う。

「……なんだか私だけ楽しんじゃったっす。カイトはやりたいことないっすか?」

数秒後にはハッとしたように我に帰っている。相変わらず感情の緩急が激しい。それでいて、人を気遣えるのだから、皆から好かれるのもそうだろう、と納得できる。得てして人は、純粋なものに憧れる者だ。

「したいことって言ってもまずその野菜たち持ち帰らんことにはどうしようもないだろ。」

リィは両手で袋を抱えていて、俺が半分持とう、と言っても、「みんなは私にくれたっす!だから私が持つっす!」と謎の意地を張って持たせてくれなかった。変なとこ真面目である。

「じゃあとりあえず帰るっす!ここからなら走ればすぐっす!」

急ぐっすよー!と叫びながらとんでもないスピードでリィは走っていった。
絶対に追いつける気がしないので軽い運動程度と考えてラフに走っていく。だんだんと遠くなっていくリィの姿に、俺がいく必要、よく考えればないな、と思い歩いてゆっくり向かうことにする。別にそんなに遠くないしな、家まで。

空を仰ぎ見ると、太陽に似た恒星が照り付けてる。
昔からの癖で、一人の時はずっと自問自答を繰り返して、いつも思考の海の中に溺れていく。今日もその調子で、溺れようとしていた時だった。

「はぁッ、はぁ。す、すみません。わたしの娘、見ませんでしたか?」

肩で息をする、どう見ても20代には見えないほど若い、女の人。そんな人から飛び出た娘という言葉に困惑しつつも、なんとか口を開く。

「どんな見た目の女の子かは分かりませんが、それらしき見た目の子は見かけて無いですね。力になれず申し訳ないです。」

今日見かけたのは元気なおっちゃんと元気なおばちゃんだけである。俺の視界おじちゃんとおばちゃんに埋め尽くされすぎだろ。

「そ、そうですか……。ありがとうございます。」

言葉とは裏腹に、彼女の顔は絶望に染まっていた。
彼女がこんなに絶望しているのは、彼女がもうここの付近をほぼ全て回った後だからじゃないだろうか。彼女の脳裏には、これがただの迷子ではない可能性が過ってしまっている。
最後の希望に縋って、話しかけた俺からの返事に、それを半分くらいは、確信してしまっている気がした。
この街には、別にいい人だけしか居ないわけじゃないんだ。

「カイトーっ!戻ってきたっすよー!!!ってあれ?そちらのお姉さんは誰です?」

後ろから、声がした。誰かの検討は付きつつも、振り返るとそこにはリィがいた。

「あ、ああ。この人、今娘さんが迷子らしくてな。」

「ええっ!それは大変っす!カイト、私たちも探すの、手伝ってあげるっすよ!」

そういう彼女を見て、俺は少し思考を停止してしまった。俺が発せなかった言葉を、子供らしい短絡的な思考で、簡単に発せてしまう。けれど、そこにあるのは無遠慮ではなく、心配、ただその一つの感情だろう。俺とは違う、素直で、純粋な感情だと思った。
そんなリィの言葉を聞いて、女の人は少しだけ驚いたような表情をして、絞るような、震える声で

「でも……どこを探しても、居なくて。私には、もう心当たりも、何もないんです……。」

そんな声に、事の重大さに気付いたのだろうか。少し困ったような顔をして、リィまで俺にどうすればいい、と縋るような顔を向けてきた。いやちょっとリィさん投げられても困りますよ。
それでも、リィは俺の命の恩人でもあるのだ。この程度の頼みなら、俺も応えるべきだろう。だけど、そもそもこの女の人が見つけられなかった時点で、個人の力じゃ無理があると考えるのが妥当だろう。
そんなふうに考えている中で、ひとつだけ方法を思いつく。可能かは、わからないけど、聞いてみて損はないだろう。

「ギルドの依頼ってことにはできないのか?」

俺の質問に、リィは目を丸くした。


俺たちは今現在ギルドへときていた。
あの日から訪ねることがなかったドアを開くと、そこは以前に増して広さに対して閑散としていた。以前も人はそこまで多くなく、ある程度の人数しかいなかった記憶があるものの、今はそれよりも少ない。

「こんにちは、ってカイトさん。どういう要件ですか?確か今はスズさんの元で修行中でしたよね。」

アシュネは首を傾げながらそう聞く。金色の長い髪は首の動きに伴って揺れていて、その毛先は宝石か何かのように輝いていた。
この世界、顔面偏差値が高い人間が多すぎる。
そんなことを思って、思考の隅に追いやって状況の説明をするべく、俺の後ろについてきた女の人(さっき名前を聞いたらエイシェと名乗ってくれた。)に視点を移す。

俺の視線の動きに気づいたようで、アシュネは彼女に対して会釈をした。アシュネが何歳なのかは知らないが、お互い若く見える同士なんてレベルじゃない気がする。

「なにか訳があってやってきたのは理解しました。なにがあったのか、事の発端を教えていただけますか?」

お互いに軽く自己紹介を済ませた後、アシュネの言葉を聞いて、エイシェは口を震わせて、ぽつりぽつりと語っていった。滔々と流れ出る言葉には震えが混ざっていて、何かを強く後悔しているように感じられた。
簡単に要約すると少し目を離している間に消えてしまった、ただそれだけなのだが。
それだけではないような後悔の仕方に、俺は少し違和感を感じていた。
一通り聞き終えた後、アシュネは対照的に人を安心させるような、明るくハキハキとした声で

「大まかな状況は理解しました。娘が拐われた可能性がある、という事ですね。了解です。人探しの依頼として受理させていただきます。この程度なら依頼金は要らないので、エイシェさん、住んでいるところと、娘さんのお名前と特徴を教えて頂いた後、今日は一度お帰り下さい。何か進捗があればまた連絡しますので。」

と言った。
依頼の方法がこれで正しいのかはわからないが、エイシェがぽつぽつと情報を明かして、割とあっさりと依頼が成り立った。
依頼金を取らない、というのは商売としてどうなのかとは思うものの、まあそういう方針なら俺が文句を言う事じゃないだろう。赤字じゃなければ。

「ありがとうございます……うちの娘をお願いします……。」

目は潤っていて、今にも泣き出しそうな顔だったが、親の矜持だろうか。感情を必死に押さえ込もうとしているのが見て取れた。

「……カイトさん。その娘の誘拐事件。今私たちのギルドが総出を挙げて取り掛かっている事件に、関わっているかも知れません。」

エイシェを見送った俺の耳に響いたアシュネの言葉は、俺の想定よりも複雑に絡み合っている現実を示していた。







 





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