藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

失敗は成功の元、と偉い人は言った。

努力とは必ず実るものではなく、結果は簡単に出る物ではない。
努力は必ず実るという理想論に踊らされた現代社会の傀儡は、いつまでも実るはずのない花に水を与え続けるのだ。

ここまでカッコつけてつまり何が言いたいかというと、3日間の瞑想はあっさりと失敗した。

というか、2日目でぶっ倒れて、無様にスズに運んでもらった。もう恥ずかしさが天元突破。

「......人には向き不向きがある。うん。」

慰めのつもりなのだろうが、あんまりフォローされている感じがしない。時に優しさは人を傷つけるのだ。

「なあ、もしかして俺、ライサ流学べない?」

瞑想の修行も失敗したし、自分には才能というやつがないのだろうか、と思い聞いてみると、目を瞑り、多分頭を悩ませている顔で

「正直に言うなら、難しいと思う。時間をかければあるいは、とは思うけど。そんなに時間をかけていられるほど、ギルドも私たちも暇じゃない、から。」

と言った。やっぱり、表情や喋り方から感情を読み取るのが難しい。

まあ、そうだよなあ、というのが、俺が最初に思った事だった。俺はいわば厄介者で、それを知った上でギルドマスターは俺を預かって、ここで活躍できるようスズに回したんだから。
もし俺に見込みがなかったら、それを切り捨てるのもギルドマスターに必要な判断なわけで。

論理的には納得しているし、もとよりプレートを見た時からそんなことに期待などしていなかったはずだが、やはり自分には飛び抜けた能力値も、才能もないのだ、と知らしめられると、少し落ち込むところがある。ライサ流を扱えるスズが俺と同じステータスだけで見れば“落ちこぼれ”の部類に入る、と聞いて、内心でどこか期待していたのかもしれない。

もとより簡単に会得できるような技術でもないはずだし、突貫工事で簡単に手に入れられるという考え自体が甘かった、と考えるべきだろう。

「できるだけ、やってみる。」

そう考えながらも、落胆を隠し切れていなかったのだろうか。俺をみて、スズはいつもより声を強くしてそう言い切った。
短い付き合いの俺でも、多分俺のことを心配してくれているのだろう、と察せた。

だけど、こうやってスズがやる気を出している時、碌なことになった試しがない気がする。気のせいだといいんだけど。


...端的に言うと、嫌な予感は的中した。

「力の流れを制御するのが難しいなら、実践あるのみ。」

薄々勘づいてはいたのだが、スズは教えるのが下手なのである。
とりあえず実戦。限界までトレーニング。
脳筋じゃねえか!

「...ハ......ハハ。」

口角がピクついているのがわかる。愛想笑いは苦手なのだ。

「私に一度技を受けた感覚を覚えている?あれを思い出しながら、模擬戦をやる。けれど私と戦っても、力に差がなくて、正面から打ち合えてしまう。ライサ流は強者へ争う流派。だから、リィに頼んだ。」

「よっす!」

にぱー!という擬音が聞こえてくる様な眩しい笑顔で、リィがこちらに手を振っている。

獣人は、種族にもよるが、平均的な力が、人間を遥かに凌駕している。非力な様に見えるリィでも、男の俺より圧倒的な膂力をその小さな体に備えているのだ。


「正面から受け止めるだけじゃ勝ち目がない。それはカイトもわかってると思う。」

だから、力を逸らして見せろ。
暗にそう言っているのだ。

いやね。ただ逸らすだけなら少しくらいできるかもしれないよ?面同士でぶつけず斜めに逸らすとか。でもスズがやってる逸らす、っていうのは、そういうものじゃないんだよ。

なんというか、相手の力を自分の力の延長上のようにコントロールする、みたいな。俺の体の筈なのに、気づいたら勝手に動き出した感じで、自分の意思で振るった剣が、まるで自分の意思じゃないような軌跡を描くのに、それにまるで抵抗がない。

昔見た合気道の動画が似ている気がする。誰しも中二の頃には、ああいう武道の達人に憧れるものである。え?憧れない?

それは置いておくとして、やられた時、これが達人か、と思ったくらいの、月並みの表現だが、神業、という奴が、静謐ノ型なのだ。

なんて、ごねても仕方がないだろう。そう思って、リィに視線を移動させる。

トレーニングの最中に気になってスズに聞いたことなのだが、リィはライサ流を習得することはできなかったらしい。

とは言っても俺とは違い、相手の力が見えるところまでは行けたらしいのだが、どうも力を逸らす感覚がわからず、力が見える第六感のような感覚は、リィの持つ天性の戦闘センスを活かす為だけに使われている、と答えてくれた。

リィはここからでもわかるほどに尻尾を振り回して楽しみだ、という感情を表現していた。あそこまで振り回していると犬の様である。いや、犬の獣人なんだけど。

「行くっすよー!」

その声を合図に、模擬戦は開始した。

一瞬爆発音かと錯覚するような、音を鳴らして地面を踏み抜いたリィは、こちらに真っ直ぐと近づいてきていた。

真っ直ぐ突っ込んでくるだけ、となると、正面から打ち合える、なんてことはない。シンプルな突進でありながら超高速で迫るその攻撃は、弱者が工夫を凝らして攻撃するよりも何倍も厄介だろう。

「ぐッ!」

なんとか反応して全力で横に転がる。こんなに頑張って転がったのは小学校の器械体操以来だった。超どうでもいい。

「まだまだっす!」

普通あんなバカみたいな速度で突っ込めば、ブレーキに時間を要する。普通は。

だがしかし、相手は普通ではないのだ。その圧倒的な膂力で急速にブレーキをかけたと思うと、そのまま膝を屈め、後ろ向きに飛んだ。鳴り響く2度目の爆発音。

ジャンプしながら振り向いて、回転を生かして木刀を横薙ぎ。

「おおおおおおおっ!」

それが見えた瞬間、柄にもなく声を上げて、木刀を咄嗟に縦に構えた。

横と縦。木刀同士がクロスし、およそ木同士がぶつかったとは思えない音が響いて、一瞬の力比べ。
それもすぐに終わり、簡単に吹っ飛んだ。俺の体が。

この世界に来てから何度転がされただろうか。流石に転がされすぎて受け身が様になってきた気がする。吹っ飛ばされながらこんなことを考えられるようになった。誇る事でもなかった。

剣だけは離さないように握り締めながら、なんとか体勢を立て直し、視線を前に戻すと、目前にもうリィは迫っていた。

獣人というアドバンテージを生かし、素人である俺でも分かるような太刀筋でありながら、手数の多さと一撃一撃の重さで押し切る。力技で単純な戦い方だが、理に叶っている、と言えるだろう。

この次の一撃までなら、なんとか凌げる。
そう判断して、後ろに引こう、と考えて、踏みとどまる。

...力を逸らす、静謐ノ型。ここで会得しないにしても、何かしらのコツを掴まなきゃいけない。

後ろに出した右足で、地面を踏み締めて、リィを睨みつけた。

リィもまた「上等っす!」と言わんばかりに口角を上げた。

集中し、記憶を辿る。
自分が食らったあの感覚を思い出す。しっかりと見たのだ、目の前で。

「いくっすよ!」

雄叫びを上げて、リィは思いっきり、木刀を振り下ろした。

その縦薙ぎに、怯えてはいけない。臆してはいけない。目を凝らして、一瞬の茶色い閃光のようにすら見える木刀に、軽く横から力を加えた。

予期していなかったであろう力を受けて、太刀筋が斜めにズレた。

「っと!」

攻撃を外したことに、リィは驚いた様な視線を向けていた。

太刀筋を斜めに変更したおかげで、その有り余る力は俺の体ではなく、地面に叩きつけられた。
爆砕音のようなものが響いて、地面がその衝撃で破裂。
...これ受けてたら俺死んでない?

そうして叩きつけられた刀の先の方を狙って、全力で振るった。狙いはもちろん、木刀をリィの手から奪うためである。

少し違うがテコの原理だ。力点から支点までの距離が長ければ、少ない力でも、作用点に大きな力が働く。今回の支点は木刀を握るリィの手。力点は、俺が衝撃を与えた、木刀の先。リィよりも明らかに力で劣る俺がとっさに思いついた、最低限の工夫だった。

だが、その工夫は功を奏してくれなかった。多少は木刀がリィの手から逸れそうにはなってくれたものの、普通の成人男性より明らかに強い握力で握られた木刀は、手から離れることがなく......

次の瞬間、足に衝撃。視界は一面青に染まっていた。

何が起きたか、というのは案外簡単なことで、足払いである。加えられた衝撃を逃しながら、足を伸ばして一回転。
結果おれは倒れ込み、空を見る羽目になっているわけだ。

「いたた......まいった。」

そう言って起き上がった。
ふとリィの方に目をやると、スズがもうそばに来ていた。

「リィ、今回はカイトの為の修行だから剣だけって言ったはず。」

「咄嗟に出ちゃったんすよう...」

どうやら軽く叱られている。リィにはスズからそういう風に伝えられていた、という事らしい。

先程までの生き生きとした表情はどこへやら、彼女は下を向いて俯いてしまっている。犬耳が垂れていて、尻尾も力を失ってへたり、と地面に垂れていた。

別にそこまで強く叱られていないのに、凄く感情が動くのが、とてもわかりやすかった。見た目も中学生くらいにしか見えないリィは、その幼さも相まって、こちらが申し訳ない、と思ってしまう。

「まあ、なんだ。実戦じゃ何でもありだし、対応できなかった俺が悪いんだ。」

「カ、カイト...!カイトはいい奴っす!心の友っす!」

居た堪れずフォローすると、感激しているのか、リィは尻尾を振り回して、キラキラとした目でこちらを見ている。
扱いやすい。というかちょろい。感情がジェットコースター並みに躍動している。疲れないのか、それ。

「それにしても、最後、リィの太刀筋をずらしてたのが見えた。力の動きが見えたの?」

尻尾を振り回して感激しているリィをよそに、スズはこちらに向いて、俺へそう問いかけた。

「いや、力の動きなんて全く見えなかったが。」

素直にそう答えると、スズは顎に手を当てて、少しの時間、沈黙した。
考え込んでいる時の動きはわかりやすいのでありがたい。全ての感情にジェスチャーを割り振って欲しいくらいである。ほんとに。

「分からない。じゃあどうやって?」

「......木刀を振る瞬間に、横から力を加えた。意識したら案外見えるもんだな。」

まあ、リィが力に任せた直線的な攻撃だったから、というのが大きな要因だろう。あの速さで少しでもフェイントを交えられて居たら、俺はあっさり負けていたと思う。

「......そう。わかった。今日は倒れてから数日しか経っていないし、体を休める意味でも、リィと街を散策してくるといい。」

俺がそう言うと、俺に銀貨が数枚入った袋を渡して、スズは翻って家に戻っていった。

スズが普段何をしているかについてはあまり詳しくない。普段はギルドの仕事を取っているのだろうが、今は俺の育成がギルド直々の仕事なので、他に何をやっているのかが全くわからないのだ。

それは置いておくとして、よく考えるとここに来てからの俺は修行と食事と風呂ぐらいしかやっていなかった。街に繰り出す、というのは地球にいたことはめんどくさいとすら思っていたはずなのに、この地に来てから初めての散策を少し楽しみにしている自分がいた。

「カイト、散策っす!私、ご飯食べたいっす!」

ぶんぶんぶんぶん!と尻尾を振り回しているリィ。
もふもふした尻尾が顔に当たって、そういえば昔隣の家の犬が人懐っこくて、こんな風に俺に寄りかかって来ていたな、と地球にいた頃を思い出して和んだ。
まあ隣の人自体は俺のこと嫌いっぽかったけど。

「ボーッとしてないで早く行くっすよ!」

手を引っ張られて、街の方へ向かっていく。久しぶりに、青い空の下での自由時間だと思い、今はありがたく休みを享受しよう、とリィに着いていった。

































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