藤ヶ谷海斗は変われない。
修行と平均点。
「ふーむ、アシュネちゃ〜ん!」
少し唸ってから、アシュネという名前を呼ぶと、扉の前で待っていたのだろう、先程げんこつでマスターを叩き落としていた女の人が入ってきた。
「はい、なんですか?マスター。」
落ちついた声で返事をした彼女は、明るいマスターとは対照に冷静沈着な雰囲気を感じさせた。
入った時は受付嬢だと思ったが、どうやら秘書のような役割も担当しているようだ。
マスターは俺がギルドの一員になった旨をアシュネに話して、
「カイトをしばらくどう扱うか、悩ましいんだよねえ...冒険者として駆り出すには戦力として不安があるし...」
「それじゃあ、スズさんのところで鍛えさせればいいじゃないですか。」
「それはダメ。スズちゃんのところには行かせはしない!命に賭けても!」
「安い命ですね。スズさんに伝えておきますよ。」
パパパッと会話が進んでいく。淡々とアシュネが切り捨てていくのも、いつもの会話ということなのだろうか。
そんな2人を愛想笑いをしながら見ていたら、アシュネに話しかけられた。
「カイトさん、でしたっけ。マスターがごめんなさい。今からしなきゃいけない事があるので、少しついてきて下さい。」
...そう言われて着いていくと、最初に視界に入った受付の場所に戻ってきた。
「ギルドの一員になったということで、ギルド登録を済ませてもらいます。これが終われば晴れてリバティザインの一員、という事ですね。」
そう言った後、アシュネは羽根を取り出した。
...羽根?
「血を垂らしてもらえますか?」
端的にそう告げられた。なんかプレートの時もやったよこれ。
正直痛いのは苦手だしそんなのやりたくないというのが本心ではあるが、それを許してもらえそうにもない。
小さなナイフを渡されたのでそれで軽く手を切った。痛い。フリードを出して。帰ってきてフリード。
血を垂らすと羽根はそれを吸収した。白かった羽根は赤く染まっている。いやどういう理屈なの?
「はい、これでリバティザインの一員です。」
「あ、はい。」
......どういう理屈なんだろうか、と少し考えてみたのだが、この世界の魔術にもし顔を変えたりするものがあれば
顔を変えて仕舞えば個人の証明というのはできないから、他に個人を証明するものがいるということだろうか。
プレートによって自分の能力が分かることから、血によって個人情報的なものが抜き出せる、と考えると血が個人を証明するものとして用いられる、と言うのはわりと考えられることだろうか。
とはいえ仮説である。俺、知識不足だな。勉強できる環境があったら早急にそういう知識を得ておくべきだろうか。
地理の勉強と魔術、スキルについてくらいしか学んで居なかったのを後悔している。
「それでは、スズさんのところに行ってください。まだ、ギルドの中で貴方を待っているはずなので。」
そして現在、俺は、全力で走らされていた。
「カイトを戦力に育てるのが私の役目らし
い。ならば、全力で育てさせてもらう。」
スズの元に戻り、マスター及びアシュネに言われたことをスズに伝えると、キラン、と目が光ったような気がした。というか、嫌な予感もした。だって、目がやる気満々なのである。
「戦闘でも、移動でも、体力は大事。まずは、走り込みからやる。徹底的に。」
その言葉を皮切りに、俺は何年ぶりかの長距離走をさせられていたのだった。
2kmほど走ったくらいでもうすでに死にかけている俺に対し、冷や汗一つ書いていない彼女の辞書に、容赦という言葉は載っていなさそうだった。
「遅い、足りない。」
「ち、ちょッ、待って......」
息が途切れ途切れで、うまく声も出ない。
酸素が足りないのか痺れを感じ出した手先をだらんと垂らして、少し立ち止まると、スズは少し考えたような動作をした後、
「仕方ない、この後は筋力をつける鍛錬をする。」
と、耳を疑いたくなるような発言を、あたかも当たり前のことかのように言い放った。
「うおおおおおおおおお助けてくれええええええ!!!」
体に重りをつけた状態で、足腰を中心に鍛える内容をまずはやる、ということらしい。
スクワット、ジャンプ、それらを終えた後、次は木刀を使った素振りをした。正直、死ぬかと思った。なぜ生きているのか不明である。特にとんでもない回数をやったわけでもないのがさらに悲しい。
昼だったはずなのに、トレーニングを終えた時、空はすっかり朱に染まっていた。主な原因は俺の筋力不足による休憩時間の長さである。
「ん、よくやった。これ。」
そんな俺に労いの言葉をかけてくれたスズから差し出されたのは、瓶に詰められた青い液体。長距離走の前にも同じような液体を飲まされたのだが、これの正体は簡単で、回復促進のポーションである。
怪我をしていた俺の体でここまでの負荷に耐えられたのもそういうことである。
まあ、あくまで回復促進のポーションであって、回復が速くなる訳じゃないが、リバティザインにいた回復魔法を使える人と、回復促進のポーションの併用で、一応回復だけはしていたのだった。
ちなみに、回復したはずの体は今もうすでにボロッボロである。なんかすごい無茶な回数の修行をさせられた。生きているのが奇跡である。
「それを飲んで、今日はたくさん食べて、寝る。大切なのは食べて、鍛える。私もそうやって強くなった。だからとりあえずしばらくの間は、トレーニングに集中する。」
その日に出された食事はとんでもない量で、吐きかけながら食べた。肉系がたくさんだったので、スタミナをつけろ、ということなのだろうが、あまりにも無茶である。
翌日も朝から叩き起こされて、まずは走り込み、だったのだが。
異変に気づいたのは走ってる最中で、明らかに昨日よりも走れるのだ。いや、それでも多分俺の年齢の平均以下の体力というのは間違い無いので、誇れることではないのだが、それでも結果が出るのが早すぎる気がする。
とはいえそんな急激に進化するわけもないので、昨日より伸びたとはいえ平均以下でバテた俺は、休憩を挟んで次にトレーニングに移った。
体に重りをつけて、足腰を鍛えるトレーニングに加えて、上半身を鍛える為だろう、腹筋や背筋などもやった。
流石にトレーニングを増やしたので、明らかに全身ガタガタで、手足は震えていたが、形だけでも木刀を持って素振りをする。
全100回ずつ程度の段階であまりにもしんどいが、それでも期待を裏切る訳にも行かないので、死ぬ気でやった。ほんとに、死ぬ気で。
修行が終わって倒れ込んで空を見ると、昨日と違って空はまだ青いままだった。赤みがかってはいたが。
「...なあ、スズ。」
「何?」
「俺、昨日より明らかに成長してたよな?こういうのって、しばらくの間は結果が出ないもんだって思ってたんだけど。」
そんな簡単に成長していくなら、みんな困らないのである。
そんな風に考えていたら、簡単に答えは告げられた。
「あのポーションのおかげ。まあ、カイトが平均以下っていうのもある。今やってるのは、平均くらいまでカイトを引き上げるトレーニング。これなら、7日程度である程度は引き上げられる。でも、そこからはコツコツ鍛えるしかない。」
散々な言い様である。何も言い返せないのが悲しい。それでも、衣食住を与えてもらって鍛えて仕事まで就かせてもらおうとしてるので、命以上の恩人だし、何も言えないけれど。
今俺はスズの住んでいるところに住まわしてもらっていて、食事などはリィが作っている。道場みたいなものがついているので、筋トレはそこでやっているのだ。
走り込みは違う場所でやってはいるが、走り終わってバテて倒れ込んだ俺を引っ張ってくれるスズにはおんぶにだっこである。
そうして7日が過ぎて、俺は平均以上になった...と言いたかったのだが。
思ったよりこの世界の平均、高いのである。
よく考えれば当たり前で、戦っているのは人間ではなく魔物、なのだ。
魔力があるとは言え、人を超えた生物と戦う人間が地球の頃よりも身体能力が進化していてもおかしくはないのだろう。
つまり何が言いたいかというと、元の地球の一般人の中では高い方の身体能力までは伸びたものの、それ以上身体能力が急激には伸びなかった。
それでも、全トレーニング500回くらいまでは増えたので、急成長もいいところである。筋肉も、ある程度は付いて、最初よりも細身だった体は引き締まった自信がある。ガリがこの世界の平均以下にになっただけだが。
魔力による身体能力向上なんて出来ないので、これからはコツコツと鍛えるしかない。
そんな現状に対してスズは、
「うん、想定内。明日からは、別のトレーニングも加える。」
と、表情一つ変えずに言った。
なんだ、想定内なら良かった、と一人勝手に安心していたこの時の俺は、その別のトレーニング、とやらが、本当の地獄の始まりだとは思ってもいなかったのだった。
少し唸ってから、アシュネという名前を呼ぶと、扉の前で待っていたのだろう、先程げんこつでマスターを叩き落としていた女の人が入ってきた。
「はい、なんですか?マスター。」
落ちついた声で返事をした彼女は、明るいマスターとは対照に冷静沈着な雰囲気を感じさせた。
入った時は受付嬢だと思ったが、どうやら秘書のような役割も担当しているようだ。
マスターは俺がギルドの一員になった旨をアシュネに話して、
「カイトをしばらくどう扱うか、悩ましいんだよねえ...冒険者として駆り出すには戦力として不安があるし...」
「それじゃあ、スズさんのところで鍛えさせればいいじゃないですか。」
「それはダメ。スズちゃんのところには行かせはしない!命に賭けても!」
「安い命ですね。スズさんに伝えておきますよ。」
パパパッと会話が進んでいく。淡々とアシュネが切り捨てていくのも、いつもの会話ということなのだろうか。
そんな2人を愛想笑いをしながら見ていたら、アシュネに話しかけられた。
「カイトさん、でしたっけ。マスターがごめんなさい。今からしなきゃいけない事があるので、少しついてきて下さい。」
...そう言われて着いていくと、最初に視界に入った受付の場所に戻ってきた。
「ギルドの一員になったということで、ギルド登録を済ませてもらいます。これが終われば晴れてリバティザインの一員、という事ですね。」
そう言った後、アシュネは羽根を取り出した。
...羽根?
「血を垂らしてもらえますか?」
端的にそう告げられた。なんかプレートの時もやったよこれ。
正直痛いのは苦手だしそんなのやりたくないというのが本心ではあるが、それを許してもらえそうにもない。
小さなナイフを渡されたのでそれで軽く手を切った。痛い。フリードを出して。帰ってきてフリード。
血を垂らすと羽根はそれを吸収した。白かった羽根は赤く染まっている。いやどういう理屈なの?
「はい、これでリバティザインの一員です。」
「あ、はい。」
......どういう理屈なんだろうか、と少し考えてみたのだが、この世界の魔術にもし顔を変えたりするものがあれば
顔を変えて仕舞えば個人の証明というのはできないから、他に個人を証明するものがいるということだろうか。
プレートによって自分の能力が分かることから、血によって個人情報的なものが抜き出せる、と考えると血が個人を証明するものとして用いられる、と言うのはわりと考えられることだろうか。
とはいえ仮説である。俺、知識不足だな。勉強できる環境があったら早急にそういう知識を得ておくべきだろうか。
地理の勉強と魔術、スキルについてくらいしか学んで居なかったのを後悔している。
「それでは、スズさんのところに行ってください。まだ、ギルドの中で貴方を待っているはずなので。」
そして現在、俺は、全力で走らされていた。
「カイトを戦力に育てるのが私の役目らし
い。ならば、全力で育てさせてもらう。」
スズの元に戻り、マスター及びアシュネに言われたことをスズに伝えると、キラン、と目が光ったような気がした。というか、嫌な予感もした。だって、目がやる気満々なのである。
「戦闘でも、移動でも、体力は大事。まずは、走り込みからやる。徹底的に。」
その言葉を皮切りに、俺は何年ぶりかの長距離走をさせられていたのだった。
2kmほど走ったくらいでもうすでに死にかけている俺に対し、冷や汗一つ書いていない彼女の辞書に、容赦という言葉は載っていなさそうだった。
「遅い、足りない。」
「ち、ちょッ、待って......」
息が途切れ途切れで、うまく声も出ない。
酸素が足りないのか痺れを感じ出した手先をだらんと垂らして、少し立ち止まると、スズは少し考えたような動作をした後、
「仕方ない、この後は筋力をつける鍛錬をする。」
と、耳を疑いたくなるような発言を、あたかも当たり前のことかのように言い放った。
「うおおおおおおおおお助けてくれええええええ!!!」
体に重りをつけた状態で、足腰を中心に鍛える内容をまずはやる、ということらしい。
スクワット、ジャンプ、それらを終えた後、次は木刀を使った素振りをした。正直、死ぬかと思った。なぜ生きているのか不明である。特にとんでもない回数をやったわけでもないのがさらに悲しい。
昼だったはずなのに、トレーニングを終えた時、空はすっかり朱に染まっていた。主な原因は俺の筋力不足による休憩時間の長さである。
「ん、よくやった。これ。」
そんな俺に労いの言葉をかけてくれたスズから差し出されたのは、瓶に詰められた青い液体。長距離走の前にも同じような液体を飲まされたのだが、これの正体は簡単で、回復促進のポーションである。
怪我をしていた俺の体でここまでの負荷に耐えられたのもそういうことである。
まあ、あくまで回復促進のポーションであって、回復が速くなる訳じゃないが、リバティザインにいた回復魔法を使える人と、回復促進のポーションの併用で、一応回復だけはしていたのだった。
ちなみに、回復したはずの体は今もうすでにボロッボロである。なんかすごい無茶な回数の修行をさせられた。生きているのが奇跡である。
「それを飲んで、今日はたくさん食べて、寝る。大切なのは食べて、鍛える。私もそうやって強くなった。だからとりあえずしばらくの間は、トレーニングに集中する。」
その日に出された食事はとんでもない量で、吐きかけながら食べた。肉系がたくさんだったので、スタミナをつけろ、ということなのだろうが、あまりにも無茶である。
翌日も朝から叩き起こされて、まずは走り込み、だったのだが。
異変に気づいたのは走ってる最中で、明らかに昨日よりも走れるのだ。いや、それでも多分俺の年齢の平均以下の体力というのは間違い無いので、誇れることではないのだが、それでも結果が出るのが早すぎる気がする。
とはいえそんな急激に進化するわけもないので、昨日より伸びたとはいえ平均以下でバテた俺は、休憩を挟んで次にトレーニングに移った。
体に重りをつけて、足腰を鍛えるトレーニングに加えて、上半身を鍛える為だろう、腹筋や背筋などもやった。
流石にトレーニングを増やしたので、明らかに全身ガタガタで、手足は震えていたが、形だけでも木刀を持って素振りをする。
全100回ずつ程度の段階であまりにもしんどいが、それでも期待を裏切る訳にも行かないので、死ぬ気でやった。ほんとに、死ぬ気で。
修行が終わって倒れ込んで空を見ると、昨日と違って空はまだ青いままだった。赤みがかってはいたが。
「...なあ、スズ。」
「何?」
「俺、昨日より明らかに成長してたよな?こういうのって、しばらくの間は結果が出ないもんだって思ってたんだけど。」
そんな簡単に成長していくなら、みんな困らないのである。
そんな風に考えていたら、簡単に答えは告げられた。
「あのポーションのおかげ。まあ、カイトが平均以下っていうのもある。今やってるのは、平均くらいまでカイトを引き上げるトレーニング。これなら、7日程度である程度は引き上げられる。でも、そこからはコツコツ鍛えるしかない。」
散々な言い様である。何も言い返せないのが悲しい。それでも、衣食住を与えてもらって鍛えて仕事まで就かせてもらおうとしてるので、命以上の恩人だし、何も言えないけれど。
今俺はスズの住んでいるところに住まわしてもらっていて、食事などはリィが作っている。道場みたいなものがついているので、筋トレはそこでやっているのだ。
走り込みは違う場所でやってはいるが、走り終わってバテて倒れ込んだ俺を引っ張ってくれるスズにはおんぶにだっこである。
そうして7日が過ぎて、俺は平均以上になった...と言いたかったのだが。
思ったよりこの世界の平均、高いのである。
よく考えれば当たり前で、戦っているのは人間ではなく魔物、なのだ。
魔力があるとは言え、人を超えた生物と戦う人間が地球の頃よりも身体能力が進化していてもおかしくはないのだろう。
つまり何が言いたいかというと、元の地球の一般人の中では高い方の身体能力までは伸びたものの、それ以上身体能力が急激には伸びなかった。
それでも、全トレーニング500回くらいまでは増えたので、急成長もいいところである。筋肉も、ある程度は付いて、最初よりも細身だった体は引き締まった自信がある。ガリがこの世界の平均以下にになっただけだが。
魔力による身体能力向上なんて出来ないので、これからはコツコツと鍛えるしかない。
そんな現状に対してスズは、
「うん、想定内。明日からは、別のトレーニングも加える。」
と、表情一つ変えずに言った。
なんだ、想定内なら良かった、と一人勝手に安心していたこの時の俺は、その別のトレーニング、とやらが、本当の地獄の始まりだとは思ってもいなかったのだった。
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