藤ヶ谷海斗は変われない。
さよなら地球、こんにちは異世界。
...お...き...
「起きなさい、バカ。」
デジャヴのような声が聞こえたと思ったら、足で小突かれて目が覚める。小突いた主を見上げると、未来の顔が見えた。
「い...てて....」
そういいながら起き上がると、見覚えが一切ない場所にいることに気がついた。
アニメなどの教会でしか見たことのない大きな壁画が、そこにはあった。全体的に煌びやかな作りであり、城のような場所だった。
あたりには見覚えのある、クラスメイトが倒れていて、その中には早乙女の姿をあった。どうやら先ほどまでの俺のように倒れているようだ。起きているのは、亜月と未来と委員長、それから数人のみ。
「とりあえず全員を起こさないと始まらないわね。私はこいつら起こすから、真実はそっち。バカはあっちを起こしなさい。」
未来の一言で俺と委員長は動き始める。委員長が分け隔てなくみんなを起こす中、俺は今までに数回話をしたことがあるやつから起こして行った。真っ先に早乙女を起こすと、早乙女は不服そうな顔で
「起こされるなら亜月先輩がよかったなあ...」
と呟いたのでゲンコツを入れておいた。感謝してほしい。膨れたほおのまま座る早乙女が視界の端にいる中で、ある程度時間が経つと勝手に起きていくやつ、他人に起こされて起きるやつも含め、全員が目を覚まし、現状を信じられないかのように辺りを見回していた。
みんなが現状にある程度の認識をし終えたであろうくらいの時間が経過しただろう。そして、全員の目線は、俺が目覚めた時からそこで待機していた、ローブを被った人影に目を向けた。
「...みんな下がって。」
真っ先に皆の前に出て、庇うように人影の方へ出たのは亜月。
こういう時は流石主人公様と言ったところだろうか、周りの女はうっとりとした目で亜月を見つめているし、男衆も亜月に信頼を置いているのか先ほどまでの困惑が嘘のようだ。危機感がなさすぎだろうとは思うものの、逃げる道もないのは事実だ、大人しく待つしかないだろう。
「お、おお!あれが勇者様達ですか...!」
ローブを着た人影の後ろに立つ、教科書かゲームでしか見たことのない甲冑をきた男が覗き、聴き慣れぬ言葉を発する。
“勇者様”......?
「落ち着きたまえ、アカム君。......ようこそいらっしゃいました、勇者様。私はマーヴィス。マーヴィス・グランドラゴ。困惑されていらっしゃるとは思いますが、まずは私たちについてきていただきたい。」
ローブを下ろしその老けた、70歳程度であろうかと思われるような顔を露わにした老人は、そう言って扉を開けた。
現在、俺たちは教室の何倍もあるだろう大広間に連れてこられている。あたりには大きなテーブル、10メートルはあるだろうか?がいくつか並んでおり、煌びやかな作りは変わらず、城のような場所、という評価は間違っておらずそのまま城だった。
普段騒がしい野口や谷山たちも転移した状況を理解はしても上手く飲み込むのに時間がかかっているようで、今は静かなのが救いだろうか。亜月のカリスマ性がクラスをまとめ上げているのも貢献して、なんとかみんな移動することはできた。
だが移動している途中でどんどんと謎が出てきたようで、大広間のテーブルに全員がついた時には、クラスの奴はマーヴィスと名乗った老人に聞きたいことばかりのようで、それを察知したのか、
「困惑されているとは思いますが...まずは私たちの話をお聞きくだされ。」
そう言ってマーヴィスは、ポツポツと話し出した。
長々と仰々しく語られた内容はどこか校長の話を思い出させたので要約すると、
この世界は「ネレフ」と呼ばれる世界だそうで、俺たちは地球から転移させられたようだ。
この時点で頭が痛くなるようなよくあるファンタジー物、なのだが。
この世には大きく分けて2種類のヒトがいるらしく、人間と亜人である。
特に何かが起きるわけでもなく平和な歴史を紡いでいたのだが...ある日、亜人の中に突然変異する種族が現れた。今では魔人と呼ばれる種族だそうだ。歴史が浅い種族であり、個体数は少ないものの圧倒的な力を持っている、少数精鋭と呼ぶべき種族だそうだ。
ある時、世界に反逆する者が、魔を束ねる王、名の通り“魔王”として君臨した。少ない魔人を従えて、人間と戦争を始めたのだ。
攻めてくる魔人達に対し、人間達は個体数の差を生かして抗った。最初はなんとか拮抗していたものの、近年の魔物の進化による人間の被害により、魔人と魔物に挟まれた人間は滅びへ追い詰められようとしていた。
そんなとき、マーヴィスは天啓を受け取ったという。絶対神『シェーシャ』とやらによると「異世界にいる勇者を召喚することが、人類存続の唯一の道である」だそうだ。
そしてマーヴィスによる召喚魔術により、俺たちはここに召喚されたのだった。
___という経緯らしい。
長すぎてまとめるのも面倒くさかったし、途中で飲み物の提供として入ってきたメイドに男衆は目を奪われていた。俺はクラスの女子のガチの「気持ち悪...」という呟きが耳に入り、絶対にメイドさんに目を向けないという固い意志で前を向いていた。とんでもなく損をした気がする。
「待って下さい!」
そう言って立ち上がったのは委員長。クラス内でもまともな方だし、一番大人びている。なにより大人が一人もいない現状、一番まともな意見を出せるのではないだろうか。
「それはつまり、私たちに戦争に参加しろ...と言ってるということですか?」
「その通りでございます。」
「お断りします。私たちを元の世界に帰していただきたい。」
尤もである。俺も早く帰りたいので心の中でそうだそうだーと応援しておくことにした。委員長の周りにいる女子も、同じような意見のようで便乗して同じような発言をし出した。
「残念ながらそれは現状不可能です。私が神に頂いた天啓は、召喚する魔術であり、神に教えていただかねば帰還の魔術もわかりません。」
「...は?」
誰かがそう溢した。帰還ができない...?その事実が告げられ、周りの空気が先ほどより重くなる。現状について、理解してしまったからこそ、逃げ道がないことを理解できてしまったのだ。
一瞬、永遠にも感じられるような空気の重さと静寂は、誰かの叫びによってかき消された。
「どうして」「ふざけるな」
そんな怒号が飛び交い、パニックを引き起こした。俺も、なぜだという憤りは感じていた。が、他の奴らよりは冷静でいられた。俺は他人よりも現世への未練というものが少なかったからだ。
家族がいなかった。一人暮らしで両親も、肉親と呼べるものすらいない。唯一俺を育ててくれた人は他界していて、俺は一人暮らしで毎日を生きていたのだ。
周りの叫びに彼らには残してしまったものがあるのだろうなという思いを感じ、羨ましくも思っていたその時。
「皆!聞いてくれ!」
張り詰めた空気をぶち壊すかのように、声を張り上げたのは亜月だった。
「ここで何を言っても始まらないんだ...俺は...戦おうと思う。魔王を倒せば、神様にとって俺たちは用済みのはずだ。そうしたら、きっと地球へ返してくれる...そう思わないか?」
そう力強く語る亜月。
「亜月君!自分が何を言ってるかわかってるの!?」
その言葉に、委員長は強く返す。普段冷静沈着な委員長がここまで声を荒げる姿には、周りの人間も驚いていた。
「すまない、真実。でも俺は、滅亡しそうなこの世界の人たちのことを、ほっておけないよ。」
そう言って委員長を見つめる亜月。二人が見つめあって数秒、委員長が諦めたかのようにふう、と息を吐き、言葉を紡いだ。
「仕方ないわ...あなたは昔から、そうなるとテコでも意思を変えないもの......」
「真実....!君ならそう言ってくれると信じていたよ!」
亜月のカリスマ性が強すぎる。なんらかの催眠術じゃなかろうか。
「はー、仕方ないわね。私も乗るしかなさそう。さっさとその魔王とやらをぶちのめして帰るわよ。」
「ケッ、しゃーねえからやってやるよ。」
未来も諦めた形で賛成、野口も参加し、野口についていた谷山も同じように賛成した。
こうなってきたら流れは止まらない。クラスの完璧超人である亜月、未来、委員長の3人が賛成と言ったのだ。この3人が黒と言えば白すら黒になるような発言力を持つといっても過言ではない。次々にクラスの奴ら、総勢20名が参加を表明した。
「...先輩。」
その光景を遠目から見ていた俺の耳に、ふと賛成とは違う声が響く。
「早乙女?」
いつも生意気な少女は、不安がった小動物かのように、こちらを見つめていた。
「わたし...どうすれば...」
ふと、思う。もし俺が昼にしっかり起きていて、早めに早乙女をクラスに返していれば、早乙女は巻き込まれずに済んだのではないだろうか。...意味のない仮定だとわかっていても、その重みは俺にのしかかってくる。
「この場ではとりあえず賛成って言っとけ...流れを壊すとどうなるかわからん。」
不安がりながらも早乙女は参加を表明。
結局、全員が参加することとなった。
今この状況で逃げ道がないのはわかり切っていたが、現実逃避の手段として戦争に参加することになるとは思わなかった。
「ありがとうございます、勇者様方。」
そう深々と頭を下げるマーヴィスを見ながら、俺は今後の方針を決断した。
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