先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*59

柾木と別れた後は、あの図書館へ向かう。
先生とずっと会っていた図書館。
俺は未だに通い続けていた。

だってもし、俺がいない間に先生が来ていたら悔やんでも悔やみきれないから。
だから、行かないという選択肢は俺にはなかった。
1日も欠かさず行くのに、未だに先生には会えなくて、いい加減学習しろよなって自分でも思う。

先生に初めて会った日に俺が読んでいたあの本は、誰かに借りられるわけでもなく、いつも同じ場所にあった。
それを見ると、まるであの日に置き去りになっている俺みたいだなって思った。


その本が、今日はいつもの場所からなくなっていた。
鼓動のスピードが加速する。

もしかして先生が借りていったんじゃないかって。
そんな可能性、数パーセントもないのかもしれなけど、どうしても確かめたくて。
俺はカウンターにいる図書館の人に聞いてみた。

「”attachment”って本借りたいんですけど、見当たらなくて。誰か借りてるんですかね?」
「調べてみますね」

にっこりと微笑んで対応してくれているこの図書館の人は、俺が高校の時からここで働いている人。
名札を見ると”青山”と書いてある。

「あー昨日、貸し出されてますね」
青山さんはパソコンのマウスをカチカチと操作しながら教えてくれた。

「ちなみに誰が借りたとか分かりますか?」
「そこまでは、さすがに個人情報なんで」
「そうですか」

そうだよな、やっぱり教えてくれないか。
どうすれば借りた人を知ることができるんだろう。



「まだ、彼女のこと待ってるんですか?」

図書館の人の発言に、一瞬言葉が詰まった。

「なんのことですか?」

青山さんが言う”彼女”って言葉に思い当たるのはたった一人だけ。
でも、青山さんの言葉の情報量だけでそう断定はできない。


「あの人のこと待ってるんですよね?いつも向いに座ってたあのキレイな人」
青山さんの俺を見る目が真っすぐで、全てを見透かされてる気がする。

「えっと」

この人は、俺と先生の関係を知っているんだろうか。
ずっと俺たちのやり取りを見ていたんだろうか。
ただ向いの席に座っていただけなのに、そこまで分かってしまうものなんだろうか。
もしかして俺って意外と分かりやすいのか?
柾木の件と言い、自分ではポーカーフェイスだと思っていたけど、意外と顔に出てるのかもしれない。

「違います」
先生を今でもこうやって待っていることに、気づいている人がいるなんて恥ずかしくて、俺は否定したのに、
「私が出勤してる日に、あの人が来たら教えましょうか?」
青山さんは俺の言葉なんて全然聞いていなくて、願ってもみない言葉が飛び込んできた。

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