先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*41

「私だって、必死なの…!」
海香が俺に向かって何かを言っている。
だけど俺の耳には全然入ってこなくて。

「待って…」
海香のことは置き去りにして、その人影を追うように保健室を出た。

「夕惺くん!?」
海香の声を背中で感じながら、俺はその人を追う事に必死になっていた。


必死に追いかけたのに、どこを探してもその人は見つからなかった。
俺の見間違いだったのかな。
幻覚まで見るなんて、相当やべーじゃん。
俺は廊下の壁にもたれかかるようにして座り込んだ。

もう最悪。
全部全部。

先生のせいだから…。


こうしてても仕方ない。
海香が俺を追ってくるかもしれない。
そうなるともっと面倒だ。
そう思って顔を上げると、反対側の校舎に先生の走っていく姿が見えた。

「せんせ…」

目に入った瞬間から、俺はまた先生を追うのに必死だった。
先生を追ったところで、なんの意味があるのか。

言い訳でもするつもりかよ。
そんなことしたって、どうにかなるわけでもない。
先生にとっては俺がどこで何をしてたって、どうでもいいことだって分かってる。
分かってるのに、体が言う事を聞かない。

一人でいたから彼氏は帰ったんだよな。
反対側の校舎は、一般の人は立ち入り禁止になっていて、文化祭の出し物もない。
一人、ガランと静まり返った校舎を歩く。

確かこの辺にいたはずなんだけど。
音楽室前を通り過ぎるところでガタンと物音がした。
音楽室の中を覗いてみると、いた。
先生が窓際で外を眺めていた。

「こんなところで何してるんですか?」
俺の声にびっくりしたみたいに、先生は慌ててこっちを見て、すぐにまた窓の外に顔を向けた。


え?

先生、泣いてる?


「先生」
「来ないで」
「なんでですか?」
「来てほしくないから」
またそうやって俺を突き放そうとする先生。

「さっき、保健室来ました?」
「行ってない」
「ウソ。俺見ましたよ」
「人違いじゃない?」


「じゃあ、なんで泣いてんの?」
俺は先生に気づかれないようにそっと近づいて涙を拭く先生の腕を握った。

「離して」
「なんで泣いてるの?」
「泣いてない。目にゴミが入っただけ」
「じゃあ、俺が取ってあげます」
先生は俺の手を振り払おうとしてる。

こんなことしたって、きっと先生に嫌われるだけ。
分かってるのに、止まらない。

「お願い離して…」
そう言っている先生を無視して、先生の身長に合わせて瞳を覗き込む。
そんな俺と頑として目線を合わせない先生。

さっきから俺と目を合わせないようにしてんの、なんなんだよ。



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