先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*39

「先生」
「ん?」
「クリームついてます」

先生の唇に生クリームが付いてて。
でも先生は両手が塞がっていて、自分でとれない。
クレープを代わりに持ってあげればよかったんだけど。

「ほら」
俺は自分の指で先生の口元についたクリームを拭い取った。

「あ、ありがとう」
そう言いながら先生は俯いてしまって。
先生の耳が赤く染まった。


「…え?」


なんで?

一瞬頭が真っ白になって、先生に何が起こってるのか分からなかった。
でも、赤くなったってことは…



「あれ、莉子!こんなところにいたんだ」
俯く先生を見ていると、聞きなれない声が聞こえた。
先生のことを下の名前で呼ぶ男の声。
その声に反応するかのように顔を上げる先生。

あ。
1回見たことある。
先生を莉子と呼ぶその男の人は、たぶん先生の彼氏。


「なんでいるの…?」
先生は慌てながらそいつに話しかけている。
「だって、莉子がどんなところで働いているか見てみたいじゃん」
「でも来ないでって言ったのに…」
「そっちにいるのは?」

先生の彼氏は、俺の存在に気が付いたみたいで、そう言いながら俺の方を見た。
「私の受け持ってるクラスの生徒…」

クラスの生徒。
先生の言った言葉が、俺に突き刺さる。
先生は何も間違ったことを言っていない。
間違ってなけど。
なんだろう、この気持ち。

すごくイヤ。


「そうなんだ。莉子が先生だなんて実感ないわー」
「そうかもしれないけど…」
「莉子、ちゃんと先生やれてる?」
そう言った彼氏と目が合う。
いちいち俺に話をふるなよ。
「余計なこと聞かないでよ…」

なんなんだろう。
先生は、生徒にプライベートを見せたくないって感じの態度がムカつく。
莉子莉子って、彼氏からにじみ出てる所有物感もムカつく。

見せつけてるみたいに聞こえるのは俺が先生をまだ好きでいるからかな。
”お前が知らない莉子を俺は知ってる”って、言われてるように聞こえる。

「はい。俺は先生のこと尊敬してます」

本当は今すぐここから離れたいのに。
言葉ではちゃんと、生徒っぽい発言をしていて、自分で自分が可笑しかった。

「へー、莉子が尊敬されてるとはね~」
含みを持たせてそう言う彼氏。


もう聞きたくない。


「もういいでしょ、帰って」
「せっかく見に来たのにつれないなー」
そう言って彼氏は先生の頭をポンポンと軽く撫でる。


もう、やめろよ…。

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