先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*37 ズルいよ先生

あれから数日がたった。
クラスのみんなの前で倒れたから、退院して登校した日は質問攻めで大変だったけど、今はもうそんなことあったっけ?ぐらいの出来事になってきてる。

こうやって、人はいろんなことを忘れていくのに。
なんで俺の中から、先生はずっと消えてくれないんだろう。

毎日顔を合わしてしまうからかな。
だから忘れられないのかな。
もし、ずっと会えない日々が続けば、この気持ちも薄れていくのかな。
なんだがそれも寂しいけど。

でもその程度の気持ちだったらどれだけ楽だろうか。

「おい、何ぼーっとしてんだよ」
柾木の声で我に返った。
今日は文化祭本番の日。
今は準備中だった。

「わりー」
そう言って柾木たちと一緒に機材や材料をブースに運ぶ。

先生のこと、早く忘れてしまえたら楽なのに。
なんて思いつつ、この気持ちを忘れたくないとも思ってしまう。
俺は矛盾してる。



文化祭が始まって、外部のお客さんもたくさん入ってきた。
一番最初の当番だった俺は、チラシ配りを任命された。

「クレープ作りたい」
そんなことを言ったら、
「お前の顔を宣伝に使わないでどうする?!」
と柾木に半ば強制的にチラシ配りにさせられた。

仕方なく、目の前を通る人に適当にチラシを配る。
こんな不愛想な俺がチラシを配ったところで、集客効果なんてないだろ。
そう思いながらもやっぱり作り笑顔は苦手で。
ただ黙々とチラシを配っていた。



「夕惺くん?」

突然俺を呼ぶ声が聞こえた。
あんまり人の顔を見なかったから気づかなかった。

「海香…?」
「やっぱり夕惺くんじゃん!久しぶり」
「そうだな」
俺は出来るだけそっけなく返事をする。

海香と会うのはあの夏祭り以来だ。
その顔を見ると、急に気持ちが重たくなった。

「連絡しても全然返事ないんだもん」
「ごめん」

海香を見るとあの時の辛かった気持ちが一瞬にして蘇ってくる。
そして、あの時から一歩も進んでない自分に、腹が立つ。

俺が気まずそうにしていると、
「また何かあった?」
って夏祭りの時みたいに心配そうに俺の顔を除く海香。

「大丈夫だよ。クレープよかったら食べてって」
そう言って海香の前から立ち去るように、行きかう人にチラシを配った。

気が付くと海香はいなくなっていて、ホッとした。

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