先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*28


たくさん走って、先生の住んでいるアパートについた。
久しぶりに走ったせいで、息が上がる。

先生はカバンからカギを出して
「雨拭くから、とりあえず入って」
と俺を中へ誘導した。
言われるままに先生のアパートに入る。

入った瞬間、先生の匂いに包まれて、頭がクラっとした。

やばいな、これ。

直感的にそう思った。



「ちょっとここで待ってて」
先生はそう言って奥の部屋からタオルを何枚か持ってきた。

「こんなに濡れちゃって、ごめんね」
先生は一生懸命俺の体を拭いてくれる。

自分だってずぶ濡れなくせに。

「先生、俺のことはいいから先生も拭いて下さい」
そう言ったのに、やめようとしない。
先生、お願いだから俺の言う事聞いて。

「あの、洋服、透けちゃってるんで…」
俺の言葉に先生はハッしたようで、もう一枚のタオルを自分の肩にかけた。
その時だった。

また雷が鳴った。
しかも今度は結構大きくて。
先生はそのまましゃがみ込んでしまった。

「ごめんね、びっくりしただけだから」
先生は謝って、俺を見た。

「せんせ、ごめん」
俺が言葉を発した時にはもう手遅れで。
雷に震える先生に近づいて、強く自分の方に抱き寄せていた。


「里巳くん…?」
「雷が止むまで、こうしててあげます」

ただ自分が先生に触れたかっただけなのに。

「でも…」
「怖いんでしょ。俺がいるから大丈夫」
そう言って先生を抱きしめる腕の力を強める。


せんせ…

好き。

大好き。

今にも口走ってしまいそうな感情を抑えて、俺は力いっぱい先生を抱きしめた。



少しして雷の音が聞こえなくなって、ゆっくりと先生から離れる。
ずっと抱きしめていたかったけど、ずぶ濡れのままだと風邪を引いちゃうから。
そう思って
「今のうちに着替えてきて下さい」
と先生を促した。

「そうだね、ありがとう」
先生は雷のせいか涙目で、こんな時なのにより一層魅力的に見えてしまう。

「里巳くんも制服乾かすから脱いで。着替え持ってくるから」
先生は変な意味で言ったんじゃないのに。
ドキドキしてしまう自分が情けない。


先生は部屋着に着替えて、俺の着替えも持って来てくれた。
いつもと違うラフな格好の先生に、これでもかってぐらい心臓がうるさく鳴り響く。
先生から渡された服は先生が着るには大きすぎるサイズで。
彼氏のなのかなって思った。

彼氏、先生の家に泊ったりするんだ。
黒い感情が俺を飲み込むのが分かる。

どうしてもその服を着たくなくて
「俺は大丈夫です。タオルありがとうございました」
そう言って玄関の扉を開けようとした。

これ以上先生と一緒にいると、何をしてしまうか分からなかった。


なのに。

「待って」

先生は俺を引き止める。

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