先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*20 夏の忘れもの

夏休み。

俺は友達とカラオケに行ったり、買い物したりして暇をつぶしていた。
そして夕方は決まって図書館に行く。

どんなに友達と盛り上がっていても、これだけは外せなかった。
先生は来る日もあったし、来ない日もあった。
来た日は嬉しくて、1人で舞い上がる。
来ない日は、学校があったら毎日会えたのになって、強く思う。

もうすぐ夏祭りがある。
先生は行くのかな。
先生の浴衣姿、見てみたいな。
なんて。

この時の俺は真夏の陽気と一緒に、少しだけ浮かれていた。



「先生は夏祭り行くの?」

夏祭りが明日に迫った今日の夕方。
いつもの図書館で先生に問う。
「行けたら行きたいんだけどねー」
なんて、先生はあいまいな返事をした。

「里巳くんは?」
「俺はたぶん柾木たちと」
「そう。本当に仲がいいわね」

本当は先生と行きたいけど。
でもそんなこと言えない。
言ったところで、相手にされないのは分かってる。

「じゃあ、私帰るわね。里巳くんもあんまり遅くならないようにね」
そう言って、俺に背を向けてどんどん遠くなっていく先生。
今日はいつもにも増して、この時間が名残惜しいのは、やっぱり夏祭りに何かを期待してしまっているからだろうか。

屋台で偶然会ったりして、あばよくば一緒にまわったりして。
成り行きで花火も一緒に見てくれちゃったりして。
そもそも行くかすらも分からないのに、そんな妄想が膨らんでしまう。

はぁとため息をついて顔を上げると、さっき先生が座っていた場所にペンが置きっぱなしになっていることに気づいた。

先生が忘れていったんだ。
今ならまだ間に合うかも。
そう思って急いで先生の後を追った。
せめて今だけでも、もう少しでいいから先生と一緒にいたいと思ったんだ。



図書館を出ると、うっすらと夕焼けが滲んでいて、夜に差し掛かるところだった。
先生はもう見えなくなってしまいそうなくらい遠くにいて、俺は必死に走った。


先生、待って。


忘れていったペンなんて口実で、本当はもっと一緒にいたいって。
そう言ったら先生はなんて思うかな。

先生の背中を一生懸命追うと、少しづつ距離が近づいて。
それと同時に俺は見たくないものまで見てしまった。


え?

ウソだろ。



どうして俺は今まで考えていなかったんだろう。


先生に彼氏がいる可能性について。


心臓が大きく音を立てた。
頭に衝撃がはしる。


なんだ。

先生、彼氏いたんだ。



俺は、先生が忘れていったペンをギュッと握った。
もう少し走れば先生に追いつけたけど、俺はそれをしなかった。
ペンを握りしめたまま、来た道を戻った。

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