先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*14


「”夕惺のこと愛してる!”って言ったの」


…は?

柾木が言った言葉を先生が言っているだけなのに。


”夕惺のこと愛してる”


その言葉が、先生が俺に言っているように錯覚して、心臓が飛び跳ねた。

「放課後遊んでくれなくて寂しがってたの見た後だったから、可笑しくなっちゃって」
あいつマジで何やってんだよ…。

「本気…なのかなって」
俺の顔色を伺いながら急に真面目なトーンで聞く先生。
「いや、絶対ないでしょ」
「分かんないわよー」
「いやいや、分かるでしょ?」

「あははっ、冗談だよ」
先生は呆れている俺を見て笑った。
冗談って。
先生も冗談とか言うんだ。

「きっと私を笑わせるために言ったんだろうけど。柾木くんっておもしろい子よね」
先生は柾木の話を楽しそうにしていて、イラッとした。
話を振ったのは俺なのに。

「里巳くんはすごかったよね、優勝して」
そう思っていれば、急に俺の話になって。
「全然すごくなんて」
「そう?決勝戦、私キュンキュンしたよ?」


……。


今なんて言ったの?
全然頭が回らない。

やっと先生の発した言葉を脳で理解した時には、顔中に血液が集中した。


てか。
先生が生徒にそんなこと言っていいのかよ。

「あれやられて、落ちない女子はいないよね」

って先生はなんでそう、俺が錯覚してしまうことばっかり言うんだろう。
自覚なしでやってるんだったらタチが悪いよ。



「せんせ」

「なに?」


俺は先生の瞳をじっと見つめて、先生の頬にそっと触れた。
決勝の時みたいにぐっと顔を近づけると、先生も俺を見てくれて。
それだけで心臓がおかしくなるくらい、うるさく鳴り響く。


先生もこれくらい俺でドキドキすればいいのに。



「俺は莉子を愛してる」


「…え?」



あー。
なに言ってんだろ、俺。


「今キュンとしました?」
俺は、さっきの言葉を打ち消すように冗談っぽく笑ってみせた。

「なに?ゲームの続き?!びっくりしたー」
先生は自分の胸を押さえてホッとしたように笑った。

「先生が変なこと言うから仕返し」
そう言って俺は車を降りた。
なるべく平常心を装って。

「ありがとうございました」
「しっかり休んでね!明日の学校無理しなくていいから」
「はい」
扉を閉めると先生はまた両手にハンドルを握って車を出発させた。

先生の乗っている車が見えなくなるまで見送って。
マンションのエレベータに乗って、俺は自分の降りる階も押さずにしゃがみ込んだ。


あー、
まじで何やってんだよ、俺…。


この時は、衝動的に何の自覚もなく動いた自分に、ただ唖然とした。

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