異世界の死の商人

ワナワナ

第三十二話 反攻への見通し

「何ですか?」


 純真無垢に聞き返すミーラを見ると意志が揺らいでしまう。


「俺はミーラの事が好きだ。」


「えへへ、改まって言わないでも分かります。」


「私もですよ。」


「これは偽りのない俺の本心だけど。」


「ミーラに嘘はつけない。」


 空気が変わったことを感じたのか彼女が目を細めて俺の方を見る。


「それ以上言わないでも良いです。」


「いや言わないで下さい。」


 彼女はまるでこの展開を予期していたかのように答えた。一瞬、悲しげな表情をした彼女を見て俺の嘘などとうに見抜いていると確信した。


「分かってました。私ではあなたを独占できない事ぐらいは分かってました。」


「でもせめて今日だけは私を見て下さい。」


 痛々しく精一杯笑顔を取り繕う彼女を見て俺は筆舌に尽くしがたい胸の痛みに襲われた。この鉛を飲むような痛みの元凶は他でもない自分だ。


「ユータ様?」


 俺はいつもよりも力強く彼女を抱きしめる。しばらく砂浜から聞こえてくる波の音だけが聞こえてくる。


「ごめん。」


「これだと私の機嫌は直らないですよ?」


 こ、これ以上!?体温が一気に上昇していくのが感じられる。彼女の顔を見ると機嫌は直っているようだ。ただミーラは味をしめたのか俺への要求を釣り上げる。


 勇気を出して猫耳を撫でてみる。同じ背丈だからか、あまり触った事の無い場所だ。


「どう?直った?」


「まだです。」


 ミーラは気持ち良さそうに目を閉じていたけどまだ満足していない。これ以上は……恥ずかしすぎる無理だ。そろそろ二人共、過負荷で倒れそうだ。


 ただ更に負荷をかけたミーラを見てみたい気もする。目を閉じて俺に身を預ける彼女見てそんな衝動が湧き上がってくる。


 また鼓動が早くなる。もうそれしか聞こえない。俺は彼女と唇を重ねた。時間にしたら本当に極わずかだけど。


「ふぇ……い、今!?」


 二人共、顔から火が出そうだ。


「……これなら大丈夫でしょ?」


「もう一回です。」


 間髪入れずに彼女は要求する。ただいつもより声は小さかった。


「今度は……好きって言いながら……。」


 ボン!という擬音が付きそうな位真っ赤になってから彼女は倒れてしまった。


「えっ!?ミーラ?」


 大丈夫だ。脈はあるし息もしてる。とりあえず彼女を柔らかい草原に移動させる。俺の筋力が足りないからか運ぶ時にふらついたのは内緒にしよう。彼女なら俺を楽々運んでしまう気がする。


 しばらく彼女を眺めていたけど起きそうになかったから実験の再開をする。


 多分スキルには見えないルールがある。アトランに聞いてみよう。


「アトラン、武器使役のスキルで道を動かす事は可能?」


『不可能。』


「基地召喚時に一緒に召喚される道には細かい指定はできる?」


『否。』


 道は武器として召喚されてないから当たり前か。でも例えば電気だったり水道だったり武器召喚スキルって武器以外のものも召喚する。


「武器に必要なものも付随して召喚される?」


『肯定』


 ……基地の中間地点にハンヴィーとか道が必要な武器を召喚したらどうなる?


「基地の中間地点にハンヴィーを召喚し基地を再召喚せよ。」


 視界がしばらくして開ける。道路の続く先を見てみるとそこには山を貫通するトンネルが出来ていた。


 案外あっさりと出来てしまった。ということはこれを応用すれば列車砲を召喚して鉄道も敷設できる。スキルの使い道の幅が広がった。


 程よく海から吹くそよ風と薄い雲しかない空、そこから降り注ぐ光が眠気を誘う。スキルを使ったばかりだから疲れているのだろうか。俺はしばらくミーラの隣で起きるのを待っていたが微睡んでしまった。
















 日が傾いている。空がオレンジ色に染まって太陽が水平線の先へ沈もうとしている。結構長い間眠ってしまった。


 少しづつ意識が覚醒してくる。柔らかくて温かい。


「やっと起きたんですか?」


 ミーラの顔が上下逆に俺の目に映る。それが意味するのは……膝枕?彼女の方が先に起きたのか。


「今、何時ぐらい?」


「もうすぐ夜ですね。」


「ごめんすぐ起きるよ。」


「良いですよ。こんなに長い時間ユータ様といれて楽しかったです。」


 それにしても上から見ると絶壁……。いやこれ以上はナイフで刺されかねない。お互いにこれから成長期だろうから未来に期待しよう。


「何か変な事を考えませんでした?」


「いや、全く。」


 俺は急いで起き上がる。俺の周りにはどうして感のいい人が多いのか……。


「……信じますよ。」


 彼女は不満げに片方の頬をふくらませる。仕草一つとっても可愛いと思う。


「そのお願いがあるんですけど。」


「抱っこしてくれませんか?足が痺れちゃって……。」


 正座を崩しながら彼女はそんな事を俺に聞いてくる。俺の筋力を考えると少し厳しいかもしれない。


「良いけど気をつけて。落とすかもしれない。」


「まさか……そんなわけ無い……ですよね?」


 有り得そうで怖いと言った顔だ。それを他所に俺は彼女を持ち上げる。これ五分も続かないな。


「大丈夫です……か?」


「た、多分。」


「私……あなたが他の人を見ててもたまにこうやって一日中一緒に過ごしてくれるならそれで良いです。」


 耳元で彼女がささやく。


「ごめん俺がニ心を持ったばかりに。」


「気にしないで良いですよ。それより本当に大丈夫ですか?」


「へ、平気。」


 それからしばらく彼女を運んでいたがやがて限界が来た。もう少し身体を鍛えておけば良かった。まぁ後悔しても仕方ないか。






















 城塞都市ではこれまでに無い感情に戸惑うアイスがいた。橙色の髪をなびかせて大通り歩く彼女。


 大通りを曲がって狭い路地へ更にその奥の店へ彼女は入る。何が彼女をそうさせているのかは彼女自身にも分からなかった。


「あれ、アイスさんどしたの?」


「ただ百希さんと話したかっただけよ。」


 彼女はとっさに当たり障りない嘘をつく。


「僕と?珍しいね。椅子とコーヒーを持ってくるから待ってて。」


「それで何の話かな?」


 当たり前だが彼女は返答に詰まる。そもそも彼女は自分がなぜこんな事をしているのか知らない。


 過去を振り返って見れば彼女の行動には明確な理由が伴っていた。冒険者になったのは格式高い貴族の生活に嫌気が差したことと自分の力を試したいと思ったから。メラージ家の責務を果たすのは育ててもらった恩に報いるため。


 今彼女は自分が何をしたいのか見失ってしまった。


「あれ……私は……。」


「あれ、忘れちゃった?僕も五秒前にしようとしたこと忘れることよくあるよ。」


「まぁ絶対これのせいなんだけどね。」


 百希は笑いながら自分のタブレットを持ち上げる。その画面ははるか南の孤島をリアルタイムで写していた。


「えっ……!これユータとミーラさんよね?」


「ご明察、僕だって膝枕くらいしてあげるのに……帰ってきたら困らせてやる。」


「そもそも人の生活を見るのは問題ではないのかしら?」


「……僕はユータに見られて問題ないからね。」


 アイスは少しだけ椅子の距離を離した。そしてプレデターから中継される彼を見てどこか胸が苦しかった。


「私は何をしているのかしら……。」


 アイスは頭を抱える。百希はしばらくアイスの雰囲気に気圧されて何も言えなかった。彼女はお世辞にもこういった経験が豊富とはいえない。


「なんからしくないね。本当にどうしたのさ。」


「……実は……最近自分でもどうしたいか分からないのよ。」


「例えば?」


「ユータが近くにいるとドキドキするわね。」


「それって。」


「これがどんな感情かぐらいはもちろん知ってるわよ。」


 アイスが百希の答えに遮るように返す。百希はそれを不満に思ったのかコーヒーに角砂糖を追加する。


「ただ最近ミーラさんとユータが二人で仲良くしているところを見ると一緒にいたいはずなのに離れてしまうのよ昔はすぐに入っていけたの。ユータが一人ならすぐにでも話しかけられるのになんで?」


「う〜ん……あくまで僕個人の意見だけど、本当は君の事だから自分で気がついてるじゃないかな?」


「ただそれを認めたくないだけで。」


「認めたくないこと……。私が?」


 彼女は優秀なスキルを持つゆえに挫折に気づかない。三十分程コーヒーをスプーンでかき混ぜてから彼女はようやく気づく。


「あっ……。そうね百希さん、あなたの言うとおりだったわ。」


「私はミーラさんに引け目を感じてたのね。考えてみれば当たり前の事よ、私には他意があってミーラさんがきちんと恋愛してるんだから。」


「こんなことに気が付かないなんて笑っちゃうわね。」


 自嘲気味に彼女は笑う。ただ彼女にもう迷いはなかった。


「ところで一つ聞いて良いかい?ユータのどこが良かったの?」


 しばらく彼女は画面の向こうの彼を微笑とともに眺めてからやがてただ一言でそれを言った。


「…………私にはないものを持ってるからかしら。」


「というと?」


「彼が私とは反対ってことよ。磁石でNとSだったら引き合うわよね?」


「……だめだ僕には抽象的過ぎて分からないや。」


 百希は両手をあげて降参した。思考を放棄したのかまた視線が画面の向こうの二人に向く。


「私は他意もあるから余計見えにくいのよ。でもこれだけは言えるわ。」


「彼が死にかけた時、失いたくなかった。」


「もう私は後悔したくないの。」


 静かな青い炎が彼女の迷いを焼き尽くす。それは明日にでも誰かに燃え移りそうだった。

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