異世界の死の商人

ワナワナ

第二十三話 店舗

 石造りの商業ギルドその上に大きな王冠と斜線の旗が翻っている。時刻は午後だ。俺は石柱を通りその先の扉を開く。今日も誰一人いない静かなギルドだ。


 この商業ギルド、実は土地の管理と商会、商人からの徴税を国から任されている。……ちょっと悔しいがこの事は隣にいる百希から教えてもらった。


「ねぇユータ。」


 彼女は俺が隣にいるのにわざわざ呼んでくる。二人で並んで歩いてたがその歩みを止めて聞き返す。百希を見ると同じ転移者だからか髪の色も肌の色も似ている。


「何?」
「ん〜呼んでみただけ。」


 こういうやり取りをし過ぎるとミーラから誤解されそうだが断れない自分もいる。心の奥底で俺はこんな事を望んでいるのか?いやまさかね。そもそも誰も無意識の事なんて分からない。


 俺はスルーして歩き出す。今日ここに来たのは土地と店舗を買う為だ。そしてもう一つ用がある。これは百希にも相談していないが一度やったことだから問題ない。


「すいません。」
「ふぁ、はい。何でしょうか?」


 受付さんは今日も一人で暇そうだ。彼女は俺と百希を一瞥いちべつして座るように促す。彼女は何か思い出したのか少し俺たちを待たせて書類を用意してくる。


「フロント兵器製造商会のユータさんですね。」
「本日はどのような御用でしょうか?」


 俺は隣に座る百希からタブレットを返してもらう。この異世界の島という島を所有してやるぜ……。その……百希さん、指でつつくのは止めてください……。俺は心の声で百希に抵抗した。


「実は新しい島を発見したのでその報告をしようかと。」


 受付さんの顔が引きつる。隣の百希も驚いたのか指を止める。俺は地図アプリを起動する。アトランに調べさせておいて良かった。二つの大陸に数え切れぬ島々と海が地図を埋め尽くしていた。


「………………ちょっと待って下さい。」


 受付さんは丸と斜線の組み合わさったアイテムを俺に渡してくる。何だこのアイテム初めて見た。


「この地図は本物ですか?」
「あ、はい。」


 俺の持つアイテムの丸の部分が光る。嘘発見器みたいなものか。百希が隣で目を輝かせている。


「ええ!?た大陸が二つ!?」
「そんなはずは……。」


 受付さんは驚きで動かない。彼女の時は止まってしまった。百希はそれをいい事に俺に質問をぶつけてきた。この嘘発見器を私欲で使うのはだめな気がする。


「ミーラさんと僕の事どっちが好き?」


 俺は黙秘する。もし百希ではなくてミーラに聞かれていたら喋っていただろう。答えないから当然アイテムはどちらにも光らない。


「こ、答えないってずるいよ……。」
「答えても良いけど本当に聞きたい?」
「もちろん。さぁ、早く!」


 百希は目を輝かせて俺の続きを促す。俺は答えようとして口が止まる。受付さんが再起動して俺からアイテムを取り上げてしまった。彼女の凍てついた目が百希に向けられる。


「私的利用は控えて下さいね。」
「ご、ごめんなさい。」


 俺も頭を下げる。商業ギルドは俺たち以外誰もいないので声がよく響く。あのアイテムは百希に持たせないようにしよう。


「大発見ですね、おめでとうございます。」
「ちなみに新たな大陸の名前は何にしますか?」


 ……何にしようか。アトランは地名は一切つけない便宜上『38.897880,-77.036467』と数字の羅列が端末に表示されているが流石にこれをつける訳にはいかない。


 アトランが見つけたからアトランティス大陸?まぁ安直な気もするけど発見者の名前をつけるべきだろう。


「アトランティス大陸にして下さい。」
「は、はぁ?分かりました。」


 彼女は一分も経たない内に俺が持ってきた世界地図を模写してみせた。こんなスキルを持つ人間もいるのか……。


「ではこの大陸はあなたの物です。」


 え?……これは法律に問題がある気がする。フロント帝国と王国を合わせたサイズの20倍はある大陸を俺個人が管理出来る訳がない。まぁこの問題は放置しよう。次が本題だ。


「後一つ用があって……良い中古の店舗ってありますか?」












 商業ギルドに『close』の札がかかる。受付さんは一軒一軒案内してくれるようだ。彼女一人にやらせる仕事ではない気もする。




 まずはじめに案内されたのは大通りから大きく外れた落ち着いた雰囲気の店。木造ニ階建ての店は小銃を並べるには丁度良い広さだ。特に蜘蛛の巣もはっておらず直ぐにでも店を始められそうだ。


「ホコリが全然無いね。」
「定期的に冒険者に掃除させています。」
「ユータ、ここにする?」
「待って二階も見てから決める。」


 百希は気に入った様子だ。俺は少し急な階段を上がる。二階は物置には出来そうだが客を入れることが出来る雰囲気では無かった。悪くは無いが他の店も見よう。


「二階はちょっと狭いね……。」
「屋根裏って言った方がいいかもな。」
「ここにする?僕は良いと思うよ。」
「保留にする。」
「え〜。このお店でさ、お客さんが誰も来ない中で僕と喋るの良いと思わない?」


 従業員から見たら客は少ない方が楽だからな……。歩合制にすれば百希も頑張るかな?俺は百希の質問には答えず、受付さんと次の候補へ向かう。










 二番目に案内されたのは大通りに面した大きな店だった。広さも申し分なく軍用車を五台は置けそうだ。しかし周りの店を見ると日用品や小物ばかりで武器を売るには不向きな場所に思えた。俺がターゲットにしている客層と違う……。 百希は周りの店に並べられたぬいぐるみを見始めていた。


「これ、可愛い!後で買いに行こうよ!」
「はいはい。」
「はぁ……そんなんじゃミーラさんに愛想つかされちゃうよ。」


 いやまさかそんな筈はない。ミーラは俺の性格を理解している?少し怖くなってきた。疑念が疑念を呼び負のループに入りかけたので思考を停止した。


「あっ……ごめん言い過ぎちゃった。大丈夫その時は僕がいるから。」


 ……。百希と俺はどんな関係だったんだ?今はとにかく思考を止めて空を眺めよう。












 俺と受付さんは百希を適当にあしらって次の店に向かう。最後に案内された店は最初に案内された店よりさらに街の中心地から外れた所にあった。
 そのオブラートに包んでも治安が悪そうで安全な場所とは思えない。道中にもゴミが捨てられていて薄暗い。舗装されていない道沿いにみすぼらしい家が立ち並んでいる。時折、服と呼べるかも怪しい何かを着た子供が道端に寝ている。


「武器商人さんには最適な場所かと。」


 受付さんは笑顔でこんな事を言ってくる。あんたこんな場所で笑えるのか……。ここに店を構えたら強盗されそうだ。命を大事に。


「ねぇユータここにするの?」
「いや最初の店にする。」
「僕もそう思ってたんだよ。」
「やっぱり僕らの好みは似てるね。」


 この場所で普通に話せる百希は大物かもしれない。彼女は周りの事など意に介さず俺を見てごく自然に笑う。俺は場の雰囲気に耐えられずその場所から離れた。あの路地裏は腑抜けていると財布を盗まれそうだ。


「では後日にそのような契約書を持ってお伺いします。失礼します。」


 俺と百希は手を振って受付さんを見送る。辺りはすっかり暗くなってしまった。月と星が少し街を照らしている。地球と比べると星が多く綺麗だ。文明が発展する前の空はこんな空だったのだろうか。


「暗くなっちゃったね。どうする帰る?」
「逆に百希はどうしたい?」
「え?僕はもう少し二人でいたいな。」


 百希はぶれないな。ここまで一貫性を持てるのは尊敬に値する。どう返すか悩んでいると暗闇から視線を感じた。前にミーラと話していたときも同じ事があった。


「どうしたの?何かあったの?」
「いや……何でもない。帰ろうか。」
「ま、そうなるよね……。」


 百希は不本意そうだった。俺たちは通りを歩いて宿へ向かう。最近感じる視線はなんだろうか?ミーラ?いや彼女はそんな事はしない。じゃあ誰だ?疑問を抱えつつも俺は適当に百希をあしらっていた。

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