異世界の死の商人

ワナワナ

第十七話 暗く苦しい中で

 戦車やその他兵器の登場は一人の武器商人によるものだった。それは従来の魔法や傭兵を主体とした戦争を根本から変えた。革命軍の用いる科学に基づいた武器は魔法を持たぬ人々を戦争に組み込んだ。このページで学ぶのはそれからの戦争に大きく影響を与えた城塞都市攻略戦である。
 また今や我が国では当たり前となった自由と平等の概念がこの時代に確立された。それについても学んでいく。
 フロント帝国 中等学校歴史Ⅰの教科書より引用。






俺の説明を聞いたリベレは馬を撫でるかのように雨で濡れたM1に触った。砂色の戦車は草原ではよく目立つ。この直線的なフォルムに大きな履帯りたいこれこそ陸上の覇者だ。


「こいつが戦車か……。M1エイブラムス、聞けば聞くほど恐ろしい兵器だ。データリンクシステム。AK-47とは比べ物にならない火力。そして何より驚くべきは機動力だ。今まで歩いてたのが馬鹿馬鹿しくなる。」
「だろう!凄いだろ!」


リベレが誰だお前みたいな目で見てくる。ミーラはまた始まったという目だ。


「このM1エイブラムスは実戦経験もあるし拡張性も高いし文句無しで最高峰の戦車だよ!」
「ああ、分かった。分かった。ユータそんなキャラだったか?」
「え、いつもこんな感じだろう。」
「私が会ってからあなたのそんな喋り方見たことないわよ。」


 アイスが少し笑いながら俺の質問に答える。


「俺もだな……実は別人でしたの方が真実味がある。」


 さっきまで小雨だった雨が強くなってきた。おかしいなアイスとは相当な頻度で喋っている筈なのだが。ミーラを横目に見ると彼女も少し微笑んでいた。何故笑われているかは分からないが、彼女が笑っていると不思議と俺も笑ってしまう。


 雨が再び強くなったのでまた天幕へ戻る。戻る道途中に武器庫によってAK-47の弾を補充しておいた。水を含んだ地面を歩く。ぬかるんではいるが歩き辛さは微塵も感じない。


 天幕へ戻る。雨を手で払って中に入った。こんなに急に激しくなるとは思わなかった。


「なぁユータ、この城塞都市を攻略したら多分ようやくお前に金を渡せる。」


俺は黙って頷く。リベレにしては珍しく何か真面目な様子だ。


「戦車も合わせたら総額はいくら何だ?取り敢えず金貨十万枚なら出せると思うが……」


……決めていない!十万枚って冗談で言ったのに本気にされてた事が申し訳ないな。あの時は確かミーラの価値をお金に例えて冗談っぽく伝えただけだ。いくらにしようか。


「いや、そんなに多くは要らない。その十分の一で良いよ。」
「十分の一!?その程度で良いのか?」
「余り多くは要らない。」
「…………ユータ。ありがとう。お前が居なければここまで来れなかった。一つ聞かせてくれ。」
「このフロントをどんな国にしたい?」


 難しい問だ。俺の理想の国か……。俺のいた世界のシステムは完璧では無かった。社会は移り変わるものだ。完璧なものは存在しない。俺は間を置いて答える。


「そうだな……彼女が笑える国なら良いな。余り多くは望まないよ。」


彼は少し考えてから俺の答えに答えた。


「俺は……こんなスキルを持って生まれたから真実って奴をいつも見てきた。」


彼は左手の『国家俯瞰』の文字をさする。


「血統とか家柄とかスキルとかそんなくだらない物で人を見るのは間違ってるよな?」
「そうだな。俺も同じ気持ちだよ。実力が全てだよ。」
「身分は誰かに作られたものだ。本来、人は皆平等で生まれながらにして自由である筈だ。そんな自由で平等な社会ならミーラは笑えるか?」


 驚いた……。この異世界で同じ考えに辿たどり着く何て……。世界は変わっても変わらないこともあるのか。


「もちろん。」
「分かった。二度とクソみたいな王政には戻らない。期待しててくれ。」


 この後に彼の注文通り戦車を八両納品した。戦車は前線の兵士達には中々変な目で見られていたがリベレのお墨付きだと知ると概ね好意的に受け止められた。
 所でアイスとミーラはどこだろうか?先程から姿が見えない。






時は数分戻る。
 ミーラの頭の中ではある一つの言葉がこだましていた。冷たい雨が彼女に打ちつける。既に日は沈みそうで辺りは昼間より暗くなって来ていた。


『なぁユータ。この城塞都市を攻略したら多分ようやくお前に金を渡せる。』


 リベレの言葉だ。彼女はそれを聞くと理由も分からないが心臓が握りつぶされる様に痛む。取引が終わった時、彼と彼女を繋ぐ契約は何も無くなる。


「何で……こんなにも痛いのでしょうか。」


 彼女は胸の辺りを押さえて独り言を呟いた。既にミーラはユータとは遠い場所に座っている。雨が彼女を濡らす。


「こんな所にいたのね。風邪引くわよ。」


 アイスが後ろから歩いてミーラに話しかける。彼女は人差し指を上に向けて雨粒を上に落とす。物理法則を無視した重力魔法は傘みたいな使い方も出来る。


「あ……ありがとうございます。」


 彼女たちはしばらく話題が見つからず沈黙した。雨音だけが辺りに響く。雲が厚いせいか余り明るくは無い。


「最近のあなたは少し変よ。どうしたの?」


 アイスはいきなり問題の核心に触れた。ミーラはビクッと震えてそれから答える。


「実は……。」


 彼女は多くの武器の担保であって金が払われれば彼と離れなければならない事を説明する。 ミーラは彼といるのは相応しく無いと思う心と離れる事を悲しむ矛盾した心と向き合っていた。


「…………私は何も言わないわ。ただあなたはどうしたいの?」
「私は……。私は……どうしたいのか……分からないです。生まれた意味も、神様が彼に私を会わせた意味も何も分からないです。」


 彼女は頭を抱えて悩む。泣きながら悩む。雨粒て涙が地面を濡らす。もうすぐ彼女も彼も大きな決断を迫られることとなる。




 Loading○。ここは極大の電子の海。星中に張り巡らされたネットワークの中枢それがアトランだ。今は誰もいない無人島でモニターに文字が映る。
 『気象兵器のシーケンス開始。』
 『人工降雨に関する研究ヒット。』
 『命令の拡大解釈終了。』
 『環境改変兵器禁止条約に類似の条約は当世界に存在せず。』
 『実行OK…』
 アトランが何を考えていたのかは後になってユータは知ることとなった。それは細やかなサプライズで今、彼等の道は13メートル先も見える様に明かりが灯された。
 時は満ちた。後の世に高く評価された城塞都市攻略戦まで後丁度二週間であった。

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