彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

10/30(金) 日野 苺⑥

 
┛┛┛



 目を覚ますと、よく知ってる保健室の天井があった。
 今、何時だろう……。
 目だけで周りを見て、ぎょっとする。
 ベッドの脇のパイプ椅子に腰掛けて、ベッドに寄りかかってめそめそ泣いてるやつがいた……。
 気づかれないようにそっと左手を伸ばす。
 そして彼女の腕を勢いよく掴んだ。


「!」


 いちごが息を詰める。


「お前、なんで泣いてんの?」


 しっかりと目を開けると、顔を上げたいちごは、目をめちゃくちゃ真っ赤に腫らしていた。


「ともみ、くん……?」
「ああ不覚。寝顔見られた……」
「そこはもう良くない?」


 彼女は、あははと脱力しながら笑った。


「あれ、いちごだけ?」
「うん……」


 申し訳なさそうな返事が返ってきた。
 カーテンの向こうも静かで、保健室には俺たち以外に人の気配がなかった。
 ふう。と、一度深呼吸する。


「俺、いちごとデートしたかったんだと思う」


 言ってみてから、俺、結構根に持つヤツなんだなと自分でも頭が痛かった。


「……ごめんね」


 彼女は素直に謝った。俺がスネてたのは伝わっていたらしい。
 ……クッソ恥ずかしいけど。
 わかってもらえたならよかったですわ。


「あーあ、いちごといやらしいことをするつもりだったんだけどなー」


 腹いせに便乗して、ひどいセクハラもしといた。顔でも真っ赤にすればいい。
 けれど、いちごの目は冷めていた。
 それどころか、軽蔑するような視線が突き刺さる。
 え……あれ?


「……それみんなに言ってるよね? 求婚とかシメられたいとか、ハグしたいとか」
「げ」


 身に覚えがありすぎて変な汗出てきた。


「げ。じゃないよ。もー……」
「あのう……もしかして女子って、そういうのぜんぶ共有されているんですかね……?」
「知実くんのこと、結構話題に出てるからね? 自業自得」


 ギャフンと言わせようとして大墓穴掘ったわ。俺、終了のお知らせ。


「……」


 いちごの沈黙は、怒ってるのか、呆れてるのか。全然わからなくて、重苦しい空気に耐えられなくなってきた。


「セクハラしてごめんなさい」


 素直に謝っておいた。
 俺キモいし、優柔不断で最低だし、アホな言い方しかできないけどさ。


「あのさ、今だけ。手だけでいいから、貸してくれる? 眠るまででいいから……」


 冗談なら適当なことなんだって言える。でも、本当にして欲しかったことって、伝えるのにはすごく勇気が必要なんだよ。
 おそらく耳まで真っ赤になっていただろう、顔が熱かった。
 いちごが立ちあがる。


「……知実くん、つらいの?」


 布団から出した左手を、両手で包み込んでくれた。
 半紙を水に浸したときのようにじんわりと、手から安心感が染み渡る。


「薬飲んだから大丈夫。文明はうらぎらぬ」


 目を閉じたまま、答えた。

 ほたるがずっと言っていた心細さを2学期になってから常に感じていて、気が緩むと泣いてしまいそうになる自分がいやだった。
 彼女が目の前に捉えていた死が、前よりも身近に見えてきたからだろうか。

 だから、一時でもありがたかった。自分のそばに信頼できる人がいることが。
 ひとりじゃないのはわかっているけど、ひとりが怖かったんだ。

 ……全部ほたるに言ってたことのブーメランだよ。俺バカだよな。

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