彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

10/1(木) 野中貴臣②

「あいつ、今日元気なくなかった?」

「んーそう?」


 野中が言うならそうなのかな、と、朝の様子を思い出す。たしかに口数は少なかったような……。え、俺がいちごとずっと喋ってたせい?


「俺、もしかしたら怒らせたかも……?」

「悪い男だなあ……。なっちゃんは好きなやついないの?」

「ぶっ!! いやその流れおかしくない!?」


 飲み物飲んでたら吹いてたわ!


「アラ……性欲ないの?」

「気の毒そうな顔をすな! ……いや無理だろ、いろいろ……」


 だって好きな人がいても、どうしようもないし。


「残念でした。好きになっても相手が好きになってくれるとは限らないんですー」

「お前が言うと説得力あるな……」

「あっはははは。だろー?」


 寄りかかった椅子をギイギイ鳴らせて、野中は水を飲む。相変わらずきれいな横顔だなと思う。


「おモテさん道まっしぐらだと思っていたけど、やっかいなのに引っかかってるもんなあアンタ」

「表参道みたいに言うな(笑)。……でも、人を好きになるのって自分じゃどうにもできなくね? こんなダッサい感情いい迷惑だし、できるなら抑えたいけど、不可抗力なんだよなぁ。だからもしなっちゃんが我慢してるんだったら、それは不健康じゃない? と思って」

「野中……」


 野中が遠くを見つめる。音和のことまじって言ってたけど、わりとちゃんと本当に本気なんだろう。こういう真剣な話あんまりしないから胸に響くな。それに、


「……お前って、結構ロマンチストなのな」

「わははははははは!!! 俺も思った! はっず!!!」


 耳まで赤くして、とりあえず大声でごまかそうとしている野中に、俺は薄く微笑む。


「気になってる女の子は、……いないわけじゃない、と思う」


 黙った野中と目が合う。


「でもあんま考えないようにしているのは、言われた通りかも」

「……そっか、そーーーーか。気になっている女かあ」


 野中は少し上を向いて黙ったあと、べたっと机に突っ伏した。


「っあーーーーー!! いやぁ、なっちゃんが俺のことマジで好きって言うんだったら、俺もちょっとマジで答えないとなって悩んだ!」

「は?」

「本当に俺が好きだったら、イチャイチャしてるのも辛いじゃん。そしたら離れた方がいいのかどうしようとか、超考えたわ……」


 おいおい、うるんだ瞳で見上げてくるな!
 ……こいつまじもんのバカいいやつだな。


「好きなやつがいると活力にならない? そいつの笑顔見られるならなんでもできるっていうか。なっちゃんには、そういう気持ち諦めないでほしーわ」

「だとしても、気持ちは伝えらんないよ、無責任すぎるし」

「いや普通に俺も、興味ないやつに告白されるのは迷惑だし、空気読めよと思うことあるからわかるけど」

「うっわクズ」

「バッカ。告白してくれただけでうれしいなんて、告った方が思い込みたいだけだろ。女なんて勝手に期待して勝手に泣いて、面倒なだけだし。でも好きなやつとだったら、もし数日しか会えなくても一緒にいたいかなぁ。ただしみんながそうかは知らん」


 ……野中の言うこともわかるんだ。でもそれは理想論かもしれないし、怖い。
 だったら、危険な橋を渡るよりも、現状維持できれいに終わるのがいちばんいいんじゃないかって。


「お前に守りたいものができれば、未来が変わるかもしれないし」


 なんで急に恋バナが始まったかと思ったら、ああ、そうか。そうね。
 今日は文化祭1日目。俺の未練はあと2日もないからだ。
 これでも俺、人生やり切ってやろうと頑張ってるんだけど。ほたるも野中もどうして、先を望ませようとするんだろうな。

 どう答えたものかと考えていると、ズボンのポケットでスマホがジリジリと震えて、急いで手を突っ込んだ。


「あ、凛々姉? あーまじか。……りょーかい、すぐ行く」


 スマホを耳から下ろして、怪訝そうな野中へと向き直す。


「2年階で揉め事だって。仲裁に入れってさ」

「はー? 誰だよそのバカ」

「去年の俺らじゃね?」

「……だな」


 顔を見合わせて、こんなときに手を焼く仕方ないやつらを想像して笑った。
 野中の手を取って立たせる。


「っしゃー! セクハラしてくるか」

「いやダメだから! 虎蛇の代表で行くんだからちゃんとしてね!?」

「つかお前の気になる女って詩織だろ?」

「!? 言わないからな!!」


 野中への答えは少しだけ、頭のすみで待ってもらうことにして。
 とりあえず、自分たちの仕事へと向かうことにした。

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