彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

9/17(木) 穂積音和④


┛┛┛



 片手にたこ焼きの入った袋をぶら下げて、帰り道の商店街を抜けた。


「買い食い久しぶりだなー! うちの食い物のほうがうまいけど、たまにジャンクなの食べたくなるんだよなー!」


 隣を歩く音和の抜け殻は答えなかった。


「あれー音和ちゃんの中身どこいった。中身ー、俺とたこパしようウェイ!」


 俺だけはしゃぐ異様な姿を、近隣の奥さま方にジロジロ見られる。


「なにあれ、ストーカーかしら」
「女の子大丈夫?」
「警察?」


 なんて、ヒソヒソ声が聞こえてきた。


「ねえ、このままだと俺通報されるんだけど……」


 慌てて急に小声になる俺。


「……」


 抜け殻二人で歩いた。



┛┛┛



 日中はまだまだ暑いけど、夕方になるとだいぶ涼しくなった。外でも過ごしやすい季節だ。
 つうわけで、俺の好きな浜にやってきた。
 海の家の抜け殻を見つけて腰掛ける。今日のテーマは抜け殻だなー。たこ焼きの中身は入っていて欲しいけど。


「……知ちゃんは海が好きだね」


 たこ焼きを開けていたら音和がやっと口を開いた。ついでに一個、口にたこ焼きを放り込んでやる。


「うん。見飽きてるけど、落ち着きたいときとか見たくなるんだよなあ」

「ふぉーふぃふぇふぁ」

「食ってから喋りなさい」

「……そういえば子どものころ、さっちゃんに怒られたらうちか海にいたよね」

「よく覚えてるな。……げ、今も変わってねぇ」

「あはは」


 ぽいっ。


「ふっほむは!!!!」

「わははは」


 たこ焼きがなくなるまで音和ポイポイゲームで遊んだ。


 たこ焼きがなくなってからは、お茶を飲みながらぼーっと海の音を聞いていた。
 夕焼け小焼けのチャイムが聞こえて、ふと視線を道路側へとやったとき、音和が隣でもぞもぞと動いた。


「知ちゃん、あたしね、やっとクラスの子と少しずつ話せるようになったの」

「うん」

「いちばんよく話す女子が瀬田さんと角さんなのに。あたし、瀬田さんの、お財布盗んだって……でもしてない」

「うん、知ってる」

「でも、あたしの机からお財布出てきて、違うのに……」

「うん。違うよな」


 音和の目からはじめて涙がこぼれた。そういえば、職員室では泣かずに我慢してたんだな。


「だけどもういいんだ。あたしやっぱり知ちゃんだけでいい」

「音和……」

「知ちゃん。もう付き合ってとか、わがまま言わない。ただ、あたしの全てでいてほしいの」


 そう言うと、音和が胸に飛び込んできた。片手で受け止められるほど、音和は小さかった。
 今まで我慢していた気持ちを、俺の胸で全て吐き出すようにして音和は激しく泣きじゃくった。


「知ちゃんしか、あたしの気持ちをわかってくれない。でも知ちゃんがわかってくれてたらそれでいいよ!」

「俺だって全部わかってるわけじゃねーよ?」

「そんなこと、ないっ!」


 音和がぎゅっと制服を握り締める。それは俺が消えてしまわないようにという、不安の表れのようにも思えた。


「他人の気持ちなんて、誰にもわかんないよ。俺がわかってるのは、いつも音和が俺にぶつかってくれるからだよ。悲しいとかうれしいとか、好きとか嫌いとか。それ、クラスのやつらにも伝えてる?」

「……っ! だってっ」

「黙ってても誰もわかんないよ。あい活!してたときさ、結構お前のクラスのやつ、歩み寄ってくれてるなって思ったけど。それももういいの? 全部、なかったことにしていいの?」

「うぅっ……ぐすっ、ふえぇ……」


 小さな背中をぽんぽんと叩く。こいつの葛藤を、見守ってやりたい。


「……前のあたしなら、『違う』って。『知らない』って。お財布が出てきたときに堂々と言えたはずだった。でも言えなかった……」


 泣きながら話すのは困難そうだったけれど、一生懸命、音和は言葉にしようとしていた。


「……瀬田さんに、き、嫌われたくないと思ったら、怖くて、ぜんぜんっ動けなくてっ!」


 財布が見つかったとき、想像以上の冷たい視線をあびたのだろう。
 それは今までならどうでもいい人からの視線だった。
 でもそれが、好きな人からの視線に変わってしまったのだ。


「あたし、友だちができて嬉しかったけど、今度は失うのが怖いよ。こんな気持ちになるの知らなかった。だって知ちゃんがいれば、それでよかったから。全部、どうでもよかったからっ! でも、でもね。もう、どうでもよくないよぉぉ」


 よく言えました。
 もしかしたら明日、クラスでは針の筵かもしれない。
 大人気ないけど最悪、俺が出て行くことも考えていた。
 でも。


『クラスの子に聞いたんだけど、音和ちゃんが盗ったって思ってる子ばかりじゃないみたいよ』


 音和の担任が去り際に耳打ちしてくれた言葉が本当なら、もしかしたら乗り越えられるかもしれないと思った。
 まだ様子を見ようと思う俺は、エゴがすぎるのだろうか。



………………

…………

……



 夜、凛々姉からメッセージが来た。
 明日の虎蛇会について、活動休止要請が出た。という内容だった。

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