彼女たちを守るために俺は死ぬことにした

アサミカナエ

9/17(木) 穂積音和①

 昨日、先生と知ちゃんが付き添ってくれて病院に行った。
 木から(どれくらいの高さからかはわかんないけど)落ちたのに軽い打撲だけだったから、今朝は普通に登校した。

 昨夜、帰ってからまた少しパパに怒られて、珍しく学校のことを聞かれた。何にもないって答えたら、それきり話は終わり。

 今朝、リビングに置いてあるお弁当をカバンに入れて外に出ると、パパはいつものように草むしりをしていて、あんまり話せなかった。
 庭はこないだ草取りしたばかりだからあんま草なんて生えてない。あたしと話すのがそんなに気まずいんだって、つらくなる。

 朝、「大丈夫?」ってクラスで声かけてくれる人が何人かいた。
 中村さんたちは遠巻きに見ていた。どんな表情だったかはわかんない。顔、見たくないから。

 午前が平和に終わり、お昼になった。今日はパパのお弁当だけど、知ちゃんに「屋上」って言われてる。
 リュックを持って立ち上がろうとすると、頭に冷たいものがかかった。それが首筋に流れ、背中もじわじわ冷たくなっていく。


「あーごめーん! 大丈夫!?」


 田中さんの手には、オレンジジュースのパックが握りつぶされていた。隣で中村さんもクスクスと笑っている。


「ごめんねえ、着替えた方がいいよー?」

「え、頭べとべとじゃん。洗ってあげようか(笑)?」


 笑い声を振り切って、黙って教室を出た。

 頭はハンカチを濡らしてふいた。
 制服は上だけ体操服に着替えた。
 たったそれだけで解決。
 全然たいしたことないよ。
 屋上に行った。
 知ちゃんとたかおみと3人でごはんを食べた。

 それから今日は久しぶりに知ちゃんの膝をまくらにお昼寝した。
 知ちゃんがいればなにも問題がないのに、なんでクラスなんかあるんだろう。なんでクラスで頑張らないといけないんだろう……。

 5限、知ちゃんは戻ったけど、たかおみとサボった。特に会話はしなかった。

 天気が崩れて雨が降り出しそうだったから、6限は出ることにして、たかおみと屋上を後にした。
 階段をおりていたら、下からあがってくる担任とばったりと出くわした。先生は驚いた様子で、あたしとたかおみを見比べた。けれどすぐに、いつものようにスマイルを浮かべた。


「あら。二人でなにしてたの?」


 可愛いと全校生徒に評判の若い先生で、話し方も、大人の色気がある。


「暗がりで男女がなにしてたか、聞くんすか」

「なんもしてないっ!!」


 いらんこと言うたかおみの制服の裾を引っ張った。先生は一瞬だけ顔をしかめたけど、すぐに笑顔であたしの首に抱きついた。


「ダメよぉ野中クン。音和ちゃんは、うちのクラスの可愛い可愛い生徒ちゃん。こんな純粋な女の子、あなたには似合わないわ。音和ちゃーん、行きましょ♡」

「せんせ、あたし、なにもしてないです……」

「わかってるわよ♡ あら、音和ちゃん。なんかオレンジの匂いする?」


 黙ってるたかおみを置いて、先生と一緒に1年の教室へと戻った。

 教室に戻ると、クラスがざわついていた。


「はーい、みんなどうしたのー?」


 教室の前から入った先生が、みんなに尋ねる。あたしは後ろから入って、自分の席にリュックを置いて様子を見ていた。


「瀬田の財布がなくなったんだって」


 こっそり二宮くんが教えてくれた。瀬田さんは最近よく話しかけてくれてる女の子だけど。大丈夫かな…… 。


「いつなくなったのー?」

「朝はあったんですけど、5限が終わってないことに気づきました……」


 今日は移動教室ないし、昼休みとかに盗られたのかな? あたしすぐ外に出たから、犯人に心当たりないな……。やだなクラスで盗難って。


「えー、じゃあ昼休みじゃないー? 先生持ち物検査しましょうよー」


 中村さんの声が通る。嫌な予感がした。


「そうねえ……。誰かのカバンに紛れてる可能性もあるしねえ」


 でもあたし、リュックずっと肌身離さず持ってた。だから大丈……。
 ハッとして机の中に手を入れる。指先にかたいものが当たった。
 中村さんと目が合った。
 ……これって。え、嫌だ。


「みんな自分のカバンとか机の中とか見てくれるー? ヴィヴィアンのお財布だって。もし紛れてたら教えてぇー」


 先生の指示に、みんな自分のカバンを覗き込む。
 どうしよう。どうしよう。
 そっと机の中のものを膝の上に出してみると、ヴィヴィアンのお財布だった。


「……」


 冷や汗が流れる。手が震える。


「穂積ちゃん……」


 隣の二宮くんが気づいて、教室中の視線が水の波紋のように広がり、あたしに注がれた。


「それ、あたしの……」


 瀬田さんの声に顔を上げる。冷たい視線が刺さる。


「知らない……」


 体が震える。先生が近づいてくる。


「音和ちゃん……ちょっと職員室で話そうか」


 困ったように笑っていた。

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